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母の嬉しい説教

それっきり、みずきはその件に関して、一言も話そうとはしなかった。

「とにかくお母さんの所へ行って来て。」と繰り返すばかり。

もっと詳しい話を聞き出したかったが、この時刻の新千歳発羽田行きは満席。

斜め後ろにみずきがいるのに、話すことは叶わない。


『一体何が見えたんだろう。母さんに何があったのだろう…。

ただごとでない事だけは確かだ。でも心当たりがな…い?

あ…!! えっ?まさか…?』


たったひとつだけ心当たりが見つかった時、雪見は思わず口を押さえた。


『そんなはずはない。いや違う。考え過ぎだ。

無理矢理心当たりを絞り出したから思い出しただけで、あれからもう十年は経っている。

でも、もし私の嫌な予感が当たってたとしたら…。』



「ゆき姉?ゆき姉!どうしたの?具合でも悪い?」


その時、ふいに健人に声を掛けられ一旦我に返った。

口を押さえてる雪見に、隣りの健人が心配そうな目を向ける。


「い、いや大丈夫。なんでもない。ちょっと眠るね。」

そう健人に告げて、目だけはつむってみせた。


眠ることなど毛頭出来るはずもない。

だが今は、健人の声さえもシャットアウトして、もっと一人で頭の中を

整理する必要があった。


『取りあえず良かった…。健人くんに相談しないで。』


バスの中では心がパニックになって、早く健人に助けを求めたかった。

飛行機に乗ったら、すぐに話そうと思っていた。

だけど可能性がゼロではない心当たりを発見した時、健人に話さなくて良かったと安堵した。


『どんな内容であれ、母さんに会って確かめてから健人くんに話そう。

いや…事の状況によっては黙ってた方がいい。

余計な心配を抱えたまま、ニューヨークへは行かせたくない。よし、決めたっ!』


自分の中でそう決着がつくと、不思議と心が落ち着いた。

雪見はそのまま何事も無かったかのように、スーッと本物の眠りに引き込まれていった。




到着した羽田空港には、相変わらず大勢のファンと報道陣が詰めかけている。

今日のマスコミの狙いは、ツアーに帯同したみずきと当麻のツーショットらしいのだが、

どこかのTVリポーターだけは、並んで歩く健人と雪見にマイクを向けて聞いてきた。


「札幌でのお忍びデートはいかがでしたか?」


一瞬、健人の表情は大きく変わったことだろう。

だがマスクに黒縁眼鏡、大きなキャップ姿の表面からは、その下の表情まで

伺い知ることは出来なかった。

無言を通す健人を諦め、今度は雪見にマイクが向けられる。


「斎藤さんと過ごされた札幌の夜は、いかがでしたかっ!?」


もしもこの質問が昨日されていたなら雪見は狼狽し、しどろもどろになり、

慌てふためいたことだろう。

しかし今、マイクを向けられたところで雪見の心は一つも動じない。

なんせ、母の事で頭がいっぱいなのだから。

行く手を阻むマイクがうっとうしくて、ついつい不機嫌そうな顔になってしまった。


報道陣の質問には一切答えず、だがファンには笑顔を振りまいて、

当麻たちは迎えの車に乗り込み、一旦事務所へ。

そこから自分のマネージャーの車に荷物を載せ替え、それぞれの仕事場へと散って行く。

ツアーの余韻に浸る間もなく、たった今からまた慌ただしい日常との戦いが始まるのだ。




「ただいまぁ…。」


人気グラビアアイドルの撮影を終え、マンションに戻った雪見。

ツアーの荷物とカメラバッグをなんとか玄関に押し込み、ガチャリと鍵を閉めると

ブーツを脱ぐ気力も無く、へなへなと座り込んでしまった。

精も根も尽き果てたとは、こんなことを言うのか…と雪見はぼんやり思う。


にゃーん…。にゃーん。

めめとラッキーが、二日ぶりに聞いたご主人様の声に返事した。


「おいでー!めめーっ!ラッキー!」

雪見は、今出せる精一杯の声を張り上げて二匹を呼んだ。

転がるように寝室から駆けてきた二匹を、よしよし!と撫で続ける。


「いい子にしてた?二人でいたら寂しくなかったでしょ?」

いつもは留守中の世話を真由子たちに頼むのだが、二泊三日ぐらいなら

もう二匹でも大丈夫だろうと、餌と水をたっぷり用意し置いていった。


二匹を撫でる手のひらから、癒やしのパワーが吸収される。

ちょっと硬い大人猫の毛の感触と、まだ滑らかに柔らかい子供猫の感触は、

雪見の指先を刺激し心に安らぎを与え、徐々にエネルギーさえも満たしていった。


十分ほども撫でていただろうか。

金縛りから解放されたように、フッと身体が軽くなった瞬間があった。


「ありがとねっ!充電完了したみたい。よし、やるかっ! 」

そう言いながらブーツを脱いで部屋に入ると、まずは二匹に新鮮な水と餌をやり、

ツアーの荷物もそのままに電話をかけ出した。



「あ、もしもし、母さん?私。元気だった?」


健人はまだドラマ撮影の真っ最中のはず。だが、いつ帰ってくるともわからない。

今のうちに母に電話して探りを入れておかなければ、と気が焦って早口になる。


「ねぇ、いつ仕事休み?札幌からお土産買ってきたんだけど。

久しぶりに母さんの顔も見たいしさ。

そういや最近体調とか、どう?どっか悪いとことかない?

あ、おじいちゃんもおばあちゃんも、元気だったよ!」


「あんたっ!健人くんと結婚するって、ほんとなのっ!?」


「えっ!?」


どうやら、じいちゃんが母に電話を入れたらしい。

順番的に当然知ってる話だと思って、「良かったな!おめでとう!」と

ご丁寧にもお祝いまで送ったようだ。

勿論何も話を聞いてない母の憤りたるや、相当なものである。


「あんたのせいで、大恥かいたわよっ!

娘に結婚話も聞かされてないのか!って、親子の仲まで心配されちゃったでしょ!!」


「ごめーん!帰ったら母さんにも、報告に行こうと思ってたんだって!

泊まったホテルが、たまたまおじいちゃんちの近くだったから、健人くんが

挨拶に行こう!って言い出して。

日を改めて札幌行くのも大変だから、あっちが先になっただけで、

別に深い意味はないから!」


「ならいいけど。健人くんちも驚いただろうねぇ、あんたが嫁になるなんて…。

母さんはあんたに驚かされっぱなしの人生だから、もう慣れっこだけど、

本当にビックリしたと思うよ!斎藤家の人たち。」


「あ、あのね…。まだ…言ってないの、斎藤家には…。」


「なっ、なにやってんのぉぉ!あんたたちぃぃぃ!!」



胸騒ぎを確かめるための電話だったのが予想外の展開になり、いい年して

延々と説教をくらった。

だがその勢いある説教は、母が元気でいる証しのような気がして、

いつまでもニコニコと聞いていた。


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