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胸騒ぎの忠告

「マジでぇーっ!?またやっちゃったわけ!?しっかしお宅らも、懲りないねぇ!」


「シィーッ!!」


美味しそうな匂いが漂う、混み合ったホテルの朝食会場。

その一角にホテルの厚意で、健人達一行の特別席が設けられていた。

パーテーションや背の高い観葉植物で囲ったその場所には、朝の柔らかな光が差し込み、

だけど他の客からは見えないようになっている。

料理はすべてその囲みの中に、同じ種類だけ用意され、周りの視線を気にすることなく

思う存分札幌最後の朝食を楽しめた。


が、声だけは筒抜けで、睡眠たっぷり爽やかな顔した当麻の笑い声は、

確実に広い会場に響き渡ったはず。

隣でみずきが「静かにっ!」と人差し指を口に当ててはいるが、当麻同様

クスクス笑ってることに違いはない。

他のスタッフたちが二日酔いで、げんなりとコーヒーだけをすする中、

この四人が座ったテーブルは、今日も朝からにぎやかだった。



「声がデカイっつーの!俺だってまさかと思ったさ!

だって、じいちゃんちに遊びに来たら、ご飯も買い物も歩いて十分かからない

ススキノに行く!って自慢げに言ってたんだよ?

そのじいちゃんちはここから五分だし、ホテルとじいちゃんちとススキノは

直線上にあるんだよ?どう考えたって迷いようがないでしょ?

それをこの人は…。」

健人も半分笑いながら、隣で小さくなってる雪見を見た。


「だってぇ…。昼に見る景色と夜に見る景色じゃ、違って見えたんだもん…。

しかもこんな真っ白になってたら、ますます景色が同じに見えたし…。」

雪見がぼそぼそと、口先でつぶやくように言い訳をする。

こんな時、健人や当麻は、雪見を年下のドジな妹のように思ってしまう。


「違って見えたのか同じに見えたのか、どっちだっ!

っつーか、根本的にゆき姉は方向音痴なんだから、歩こうとか考えるのやめなさい!

酔って歩いて凍死でもしたら、それこそシャレにならんわ!」


「はぁーい…。」

当麻の説教が身に染みて、ミルクたっぷりのはずのカフェオレが、今日はやけに苦かった。


「けどさ、何にも知らないで歩いてる最中は、めっちゃ楽しかったよ!

二人とも冬仕様の完全防備だったから、そんなに寒さも感じなかったし

だーれも気付かないし、人目を気にしないで出来る普通のデートって、

こんなに楽しいんだ!って。」

健人がほんの六時間ほど前の出来事を、夢でも見てたかのような顔して話した。


「普通のデートねぇ…。果たしてホテルに戻ろうとして迷子になったのを

デートと呼ぶかは別として…。で、普通のデートって、手つないで歩いて

信号待ちで路チューとか?」

みずきが興味津々、目をキラキラさせて健人と雪見の顔を交互に見る。


「えっ…?」

なんで知ってるの!?的な図星顔をしてしまったと後悔したが遅かった。


「いいなぁーっ!私もそーいうの、してみたーいっ!!」

「シィーッ!!」


今朝一番のみずきの大声に、二日酔い連中の冷たい視線が注がれ、

四人は大急ぎで朝食を平らげて、部屋へと退散する事にした。


しかし…。

北海道と言えども、このメンバーで固まって歩いて、他の客が気付かぬわけがない。

あっという間にエレベーターホールは、大混乱となってしまった。

そこへ一歩遅れて今野が到着。『やっぱりなぁ!』という顔をしながら、

いつものように平然と人をさばく。


「はい、すいませーん!飛行機に乗り遅れるんで、通してやってくださーい!」



やっと乗り込んだエレベーター。

今野は八階から上のボタンを全部押し、止まる階を凝視してるであろう

ファンの目くらましをした。


健人ら三人はいつもの騒ぎと、何事も無かったかのように平然とした顔でいるが、

雪見は何度体験しても慣れることはなく、いつまでもドキドキしている。

まぁ雪見の場合、自分が揉みくちゃにされてるのではなく、他の三人の

とばっちりを受けてるだけなのだが。

それをわかってて、今野が静かに言った。


「早く雪見も、こいつらみたいにならないとな…。」


無理です!と言いたかった。実際どう考えても不可能だった。

「早く」の意味する三月いっぱいはおろか、一生かかったって無理です!

と反論したかった。

だが、今それを口にすると、健人との結婚さえ放棄すると捉えられる気がして、

雪見は各駅停車のエレベーターボタンを、無言で恨めしく見上げていた。



そんな重苦しい沈黙が十二階で吐き出された瞬間、みずきが「あっ!」と

一番後ろから小さく声を上げる。


「なにっ?なんか忘れ物でもしてきた?」

前を歩く四人が、一斉に振り向いてみずきを見た。


「な、なんでもない…。」


その時は別に気にも留めないで、再び部屋に向かって歩き出した雪見だったが、

後から考えると、すでにこの時みずきは見てしまったのだろう。

雪見に襲いかかる、嫌な胸騒ぎの原因を…。




「ゆき姉、東京に戻ったらすぐ仕事?」

「う、うん。まぁ…。」


新千歳空港に向かうチャーターバスの後方。

雪見が健人と並んで座ろうとしたら、みずきが「一緒に座ろう!」と

雪見の隣りにさっと座り、健人は当麻の隣りへと追いやられてしまった。

一瞬『あれっ?』と思った気がする。いつも当麻の隣りから片時も離れないみずきが…。


「…ねぇ。お母さんは元気?」

「えっ?うちのお母さん?元気だと思うけど…。なんで?」

「最近実家に帰ってないでしょ?お母さんが心配してる。仕事の合間にでも、

顔を見せてあげて。それから早く結婚の報告も…。」

みずきは雪見に聞こえるか聞こえないかの小さな声で、次から次へと喋り続ける。

それが徐々に雪見の恐怖へと繋がっていった。


「ちょっと待って!なにが見えたの?

みずき、何か見えたからそんな話するんでしょ?教えてっ!」


雪見の問いかけに、スッとみずきの視線が下がったのを見逃さなかった。

けれどみずきは、はっきりとは答えてくれない。

ただ雪見の瞳を真っ直ぐに見据えて、最後に一言だけ言い聞かせた。


「いい?東京に戻ったら、なるべく早くお母さんに会いに行って!絶対にね。」



『健人くん、助けて !!』


この恐怖から逃れるために雪見は、最後列に座る健人に救いを求めようと振り向いたが、

すでに健人は当麻と頭を寄せ合い、気持ち良さげに眠りについていた。


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