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お忍びデート

「あー、飲んだし食ったぁ!もう腹いっぱい!あとはホテル帰って寝るだけだぁ!

今野さん、明日は何時に出発でしたっけ?」

打ち上げ会場の入ったビルから外に出た途端、ぶるっと身震いしながら当麻が聞いた。


「明日は朝八時にホテル出発だ!みんな、遊びすぎて寝坊しないように!

遅れた奴は置いてくからなー!じゃ、各自解散ッ!お疲れぇ!」


「お疲れ様でしたっ!さ、ホテルに帰ろう!さすがに疲れたぁ。」

当麻はみずきと共に、一番最初にタクシーに乗り込む。

その後に今野と当麻のマネージャーが続き、四人はホテルへと戻って行った。


あとに残ったスタッフたちは、まだホテルには戻る気がないらしい。

いくつかの固まりに分かれ、次にどこへ行こうかと相談中のグループもあれば、

早々と「俺、いい店知ってる!可愛い子がいっぱいの店!」「いいね、いいね!」

とワイワイ歩き出すグループも。

その中でも若い男性スタッフグループが、まだ外に出て来ない健人を待つ雪見に

声を掛けてきた。


「雪見さん!雪見さんも一緒に行きませんか?どっか歌えるとこ。

雪見さんに歌って欲しい歌、いっぱいあるんだよなぁ!

俺、すすきのマップってゆーやつ貰ってきたから…。」

酔ったスタッフたちが、しきりに雪見を誘ってる。

それを雪見は一生懸命断るのだが、酔っぱらいとはしつこい人種で、

なかなか諦めてはくれなかった。


「ごめんね!今日はもう歌えないや。ライブで張り切り過ぎちゃったから、

これ以上歌うと喉がヤバイかも。みんなで行って来て!」


本当はまだ一晩中でも歌えそうな気がするが、今この人達と歌いに行く気は毛頭ない。

それに、歩道の真ん中を占拠してワイワイ言ってる彼らは、周りの酔客からも

白い目で見られ始めた。

健人が外に出て来る前にここから移動させないと、健人も騒がれちゃう!

色々言い訳を並べて雪見は、スタッフの背中をグイッと押した。


「ほら、早く行かないと朝になっちゃうよ!

あんまり遅くなんないでホテルに戻ってね!じゃ、いってらっしゃい!」

みんなを送り出し、やれやれと思ったところへ、やっと健人が外に出てきた。


「おっそーい!何やってたのぉ?もう凍え死ぬかと思ったぁ!」

雪見が口を尖らせて文句を言う。


「ごめんごめん!さっき飲んだ酒の中にさ、めっちゃ美味かったのがあったから、

お店の人に聞いてたの。

なんかすげぇ珍しい酒らしいんだけど、今度捜してゆき姉のじいちゃんに

送ってあげようと思って。」


「えっ?うちのおじいちゃんのために、わざわざ聞いてくれた…の?」


思いも寄らぬ健人の言葉に、雪見は感動した。

美味しいお酒を飲んで、真っ先に酒好きなおじいちゃんを思い出してくれたなんて…。


「健人くん、大好きっ!!」


嬉しくなった雪見が健人の腕に、ギュッとしがみつく。

健人は、いつもの黒縁眼鏡にオシャレなニットキャップを目深に被っていたが、

誰かに見つかりはしないかと、ヒヤヒヤしながら左右を確認した。


だが、ここは札幌。夜中の十二時半を回ったところ。

東京と違い、自分たちの生活空間に芸能人などいない設定で暮らしてる人達は、

たとえ隣りに立つ人がイケメンだとしても、よっぽど顔丸出しのオーラ全開でいない限り、

その人が芸能人だとは考えもしない。

無論健人も、誰に気付かれることもなく、その場にたたずんでいられた。


「ねっ!デートしよう!東京じゃ出来ない普通のデート!」


「えっ?普通のデート?」

雪見はニコニコして健人の顔を見上げてる。


「そっ!健人くん、こないだどっかの雑誌のインタビューに答えてたでしょ?

普通のデートがしたいって。こんな時間だから、買い物や映画は無理だけど、

人目は気にせずに、手つないで歩けるよ!ほら、行こう!」

雪見はサッと健人の手を握り、「あったかーい!健人くんの手!」と、

はしゃぎながら歩き出した。


普段は何にも言わないけど、ちゃんと俺の記事とか読んでくれてるんだ…。

それが雪見らしくてクスッと笑ったら、なんだか胸がキュンとした。

よしっ!誰にも邪魔されない、念願のデートを楽しもう!


健人はお酒の勢いもあって、そうと決めたら結構大胆に振る舞った。

つないだ手を自分のコートのポケットに入れ、信号待ちで立ち止まると

後ろから雪見をギュッと抱き締める。

そうかと思うと雪玉を作り雪見の背中にぶつけたり、人の途切れた隙を見て

素早くキスしたりした。


雪見はそのたびに、誰かに気付かれはしないかとドキドキするのだが、

健人は一向にお構いなしで嬉しそうにしてるので、喜んでくれてるなら

それでいいや!と思うことにする。


歩きながらじゃれ合いながら、二人はたくさんおしゃべりをした。

今日のライブのことや、次に行く大阪のこと。

特に、四月に行くニューヨークへの思いを健人は、目を輝かせ熱く語った。

やっと念願が叶う!と。

そしてもちろんお互いの未来の話も照れずに出来たのは、

東京ではあり得ないシチュエーションの、真夜中デートのお陰だろう。



「ねぇ!ところで、どこに向かって歩いてんの?俺たち。」

健人が散々歩いた信号待ちで、今頃になって雪見に聞いてきた。


「え?ホテルに向かって歩いてるに、決まってんじゃない!

だって今からなんて行くとこないし、さっきのお店から真っ直ぐ歩いて

二十分もあればホテルに着くんだよ!

真冬のデートなら、それぐらいが丁度いいでしょう。」

雪見が何を今更!と健人を見て笑う。

が、健人は衝撃的な事を言った。


「さっきから、もう一時間は歩いてるけど?」


「え?う、うそっ!?ホテルは…?」

「ぜんぜん見えてこないけど…。っつーか、ここ、どこ?」



その瞬間、二人の頭の中には、あの竹富島でのアクシデントがプレイバックした。

あの時と同じ状況になぜか陥ってる。

いや、『なぜか』という表現は適切ではない。理由ははっきりしてる。

雪見はそういう人だから。方向オンチだからに他ならない。


ただ一つあの時と状況が違うとしたら、それはここが極寒の地、北海道だということ。

前回は迷子になろうとも、せいぜい虫に刺されるくらいで命には別状なかったが、

たまたま目にしたビルの温度計は、なんとマイナス10度を表示していた。



「う、うそだろーっっ!!」


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