打ち上げっ!
無事歌い切った…。
終った…。
トイレに駆け込んだのが、何とかバレずに済んだ…。
二度のアンコールに答えた後も、いつまでも鳴りやまない拍手と歓声。
三人はそれぞれの安堵感を胸に、繋いだ手と手を高々と頭上に掲げ、会場を見渡した。
みんなの顔が輝いてる。
健人のファンも当麻のファンも、少ないだろうけど雪見のファンも
ここにいるすべての人が、一つの絆で強く結ばれてる!
そう実感すると、お互い顔を見合わせ嬉しそうに笑った。
それから会場に向かって手を繋いだまま深々とお辞儀をし、もう三人が
再びステージに戻ることはなかった。
「えー、皆さんのお陰で、ツアー初日を無事終える事が出来ましたっ!
ほんっとに、ありがとうございますっ!
あと四ヶ所、この勢いのまま突っ走りたいと思うんで、どうかよろしくお願いします!
じゃ、お疲れ様でしたっ!カンパーイ!!」
「カンパーイッ!お疲れぇ〜!」「お疲れっ!」
健人が代表して挨拶した後、今宵の宴が札幌ススキノにステージを移して始まった。
場所は大きな割烹居酒屋。宴会ができる広い個室の掘りごたつには床暖房も完備され、
雪を踏み締めやって来る客にとっては、ホッとくつろげる空間だろう。
今日は思う存分北海道の美味い物を堪能し疲れを癒やして、明日からの鋭気を養おう。
「二日連チャンのススキノって、なんか贅沢な感じだねっ!ひっさしぶりのオフな気分!
このウニ、激ウマっ!ホタテもヤバイ!東京で俺が食ってんのって何なの?」
健人が、新鮮な刺身の舟盛りに真っ先に箸をつけ、はしゃいでる。
当麻はと言うと、スタッフ一人ずつと乾杯したあと自分の席に戻り、最後にみずきと
「お疲れっ!」と小さくグラスを合わせた。
部屋の中いっぱいに広がる笑い声とニコニコ顔。
安堵や達成感、心地よい疲労感やら冷めやらぬ興奮を一緒くたにして、
同じ時を過ごした仲間同士の絆が、ここでも強く結ばれていた。
そんな光景を、雪見はただボーッと頬杖ついて眺めてる。
目の前のご馳走にも、なんと酒にも口を付けずに…。
「おいおい、どうしたっ!なんでお前がまだ一杯もビールを飲み干してないんだっ!?
腹でも痛いのか?さては、すでに飲み疲れかぁ?」
たまたま遠くの席から雪見の様子を目撃した今野が、慌ててジョッキを片手に
雪見の隣りへと割り込んで来た。
「え?あぁ、別にどこも痛くなんてないですよ。
今、ブログの内容を考えてたんです。飲む前に更新しようと思って。
飲み出しちゃうと書きたい事、忘れる可能性があるから。」
「おっ!さすがだねぇ!だったら安心した!
お前さんが飲んでないとみんなが心配するから、チャチャっと更新しちまえ。
で、健人はもうブログをアップしたのか?」
今野は、さっそくケータイを取り出して打ち始めた雪見を横目に、
その向い側に座る健人を見た。
「え?」
健人は、たった今運ばれてきた北海道の冬の味覚、「タチ天」と呼ばれる
真鱈の白子の天ぷらに目が釘付けで、今野の話などまるで聞いちゃいなかった。
「お前、ライブでファンと約束しただろっ!
今日からブログを閉める三月いっぱいまで、毎日更新しますっ!って。
いきなり約束破る気してんのかぁ!?食ってないで、とっとと更新しろっ!」
「もう少ししたら、やろうと思ったのにぃ。」
健人は、「早く宿題をやりなさーい!」と叱られた小学生のような言い訳をして、
渋々ケータイを手に取った。
健人は言葉を発信する時、とても時間がかかる。
インタビューもそうなのだが、質問や自分の思いを伝える事に関して、
慎重に言葉や言い回しを吟味する。
決して難しい文学的表現をするわけでもないし、活字にすると何のことはない
普通の言葉だったりするのだが、それでも安易に口にはしない。
それは自分の発した一字一句が、周りに多大な影響を与える事を知っているから。
だから、ほんの数行のブログであっても、本当に時間がかかるのだ。
特に今日はツアーの初日。伝えたいことは山ほどあって、とてもじゃないが
とっとと発信なんて無理なのだ。
「だからホテルに戻って、ゆっくり更新したかったのに…。
打ち上げで二人揃ってケータイいじってたら、みんな白けちゃうよなぁ…。」
ブツブツ言いながらも、健人は必死に言葉を選び指を動かした。
一方雪見は、その時の感情やインスピレーションで、ポンポン言葉を打ち込んでいく。
ブログは鮮度が大事!と思っているので、その時思ってる事をひたすら文字に置き換える。
なので健人に比べると、文字数は多いし格段早い。
その時も、健人が「うーん…。」と言ったきり指が止まったところで、
雪見が「出来たーっ!」と万歳した。
「うーん!スッキリしたぁ!これで心置きなく飲めるぅ!じゃ、いただきまーす!」
それから雪見は遅れを取り戻すかのように飲んで食べて、当麻やみずきとお喋りした。
だが、一人ぽつんとケータイとにらめっこしてる健人が可哀想になり、
そっと健人の隣りに席を移動する。
「ねぇ?まだかかりそう?」
「うーん、あと少しなんだけど…。
今の気持ちをみんなに伝えたいんだけど、うまい表現が見つからない。」
健人は、すでに気の抜けたビールを一口だけ含み、また「うーん…。」と唸った。
「どれどれ?」雪見が健人のケータイを覗き込む。
『ありがと、みんなっ!』
無事、ツアー初日の札幌公演が終了!
今、打ち上げでススキノ来てます。
ウニがうまっ!ホタテに泣きそう!!
北海道民は毎日こんな美味いもん食ってんのかぁぁぁ!
ちょっと嫉妬。
けど凄いパワーで応援してくれたから許す。
っつーか、これがパワーの源なのね。かなり納得。
次は大阪行きます、2月10日です!
お好み焼きパワー全開で応援してや!待ってんでぇ!
「健人くんらしいよ、すっごく!あとは写真で表現すれば?
私が写メしてあげる!当麻くんとみずきも一緒に入って!写すよー!」
そうして写した写真と共に、無事健人のブログも更新された。
写真は時に言葉よりも饒舌だ。
たった一枚の絵の中に、今のすべてが詰め込まれる。
プロのカメラマンとプロの役者が表現した今の気持ちは、きっとみんなの心に
届いたことだろう。
まぁ、ブログを読んだ北海道のファンは、今頃健人に向かって
「毎日ウニなんて食べちゃいないからっ!」と突っ込んでるとは思うが…。