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それぞれの想いを歌に込めて

お酒の力は偉大なもので、カラオケボックストークと歌のコーナーは、

会場も一体となっての大盛り上がりである。


ファンはまるで自分達が健人や当麻、雪見と親しい友人であり、三人と一緒に

プライベートでカラオケボックスに来てるかのような、リアルな錯覚を覚えていた。

だが健人らは、あまりに盛り上がりすぎて時間の配分を忘れてしまった様子。


「あいつら、いつまでカラオケやってるつもりだ!もう時間が押してきてるぞ!

おい!もう閉店だからって伝えてこい!」

そう言って今野が、さっきの黒服スタッフの背中をドンッと押した。


「えーっ!もう閉店なのぉ!?この店、閉まるの早くね?」

少し酔った当麻が、スタッフに文句をたれる。


「そうおっしゃられても、店長が…。」

いつの間にか今野は、このカラオケ店の店長になったらしい。

二人の芝居がかったセリフに、会場中がドッと湧いた。


「しゃーないよ、当麻!じゃ、あと一人一曲ずつで次に行こ!

まず俺が歌っていい?ラストソングはこれにしたっ!」


健人が選んだのは高橋優の『ほんとのきもち』だ。

「君が好き」と言う歌詞に、聞いてるファンは自分が言われたような気がして、

思わず胸がキュンとする。

それは雪見も同様で、健人からのメッセージだと思ったら、「私も大好きっ!」

と、後ろから抱き付きたい衝動に駆られた。


歌い終わってホッとした表情でソファーに戻った健人が、次に雪見を指名する。

「なに歌うの?決まった?」


「うーん、そうだなぁ…。よしっ!あれにしよう!」

そう言いながら雪見がボタンを押したのは、いきものがかりの『ありがとう』だった。


その歌に健人への今の想いをすべて託し、心を込めて歌う。

二人の仲を知ってる者は、雪見の愛の大きさを改めて思い知り、何も知らない観客は、

ただただ雪見の歌声に魅了され、感動の涙を浮かべていた。


この歌が雪見からのメッセージだと解ってる健人は、涙をこらえるのに必死で、

きっと挙動不審だった事だろう。

しきりと天井のライトを見上げたり、雪見の歌など聞き飽きた風を装って、

首を回したりしてるのだから。

それに気付いた当麻は、必死に笑いをかみ殺していた。


歌い終わり、割れんばかりの拍手に笑顔で答えながら、また健人の隣りに腰を下ろす。

「あー気持ち良かったぁ!え?なに?もしかして健人くん、また泣いてんの?

なんでいっつも私の歌で泣いちゃうのよ!しょーがないなぁ、まったく。」

雪見は笑いながら健人の頭を、よしよし!と撫でてやる。


お酒が入ってなければ健人をかばい、泣き顔を隠す配慮をする雪見だが、

缶チューハイをほぼ全種類制覇してしまった今の雪見に、そんな気配りはない。


「あのねー、みんな!健人くんってね、一見クールそうに見えるけど、

ほんとは映画見ては泣くし歌を聴いては泣くし、結構泣き虫さんなんだよっ!

それにねぇ、甘え…」


「ストーップ!!」

これ以上バラされてはたまらん!と、慌てて健人が雪見の口を手でふさぐ。


「はいはい!当麻が歌う時間なくなるだろっ!いいからゆき姉は水飲んで、

少し酔いを覚ましなさいっ!まだ後半が残ってるっつーのに、まったく。

で、当麻は最後になに歌うの?」


「俺のラストソングはこれって、決めて来たんだ。」


ステージ上のモニタースクリーンに題名が映し出され、イントロが流れると、

会場中から悲鳴と拍手が巻き起こる。

当麻がこのコーナーの最後に選んだ一曲は、サザンオールスターズの

『いとしのエリー』だった。


健人はやられたぁ!と思った。次の大阪公演で歌おうと思っていたのだ。

まぁ仕方ない。そんな駆け引きも、このコーナーのお楽しみのひとつなのだから。


ステージ袖に目をやると、みずきはあと一歩でステージというギリギリ手前に立ち、

当麻の歌に聴き惚れてる。

勿論会場中も同じ状態で、健人は自分のファンまでもが当麻ファンになりはしないかと、

少々不安になった。


「やっぱ、当麻の歌には勝てないや…。」


思わずそんな言葉が、健人の口からぽろりとこぼれる。

それを雪見が前を向いたまま、静かにたしなめた。


「歌ってさ、勝ち負けじゃないと思うな。

どんなに上手に聞こえても、心がちっとも伝わってこない歌もいっぱいある。

当麻くんは今、みずきのために歌ってるから心に響くの。

健人くんの歌だって、ぜーんぶ私に届いたよ。ありがとねっ。

私は健人くんの歌が一番好き!みんなも絶対健人くんの歌が好きだよ。

だから…それでいいんじゃないのかな。」


そうか…。ゆき姉の言う通り、それでいいのかも知れない。

自分じゃずっと、歌に完全な自信なんて持てなかったけど、俺は俺でいいんだ…。

役者が一人ずつ違う演技をするのと同じで、歌もそれぞれ違っていいんだ。


健人は、またゆき姉が俺を救ってくれたと思った。

いつも最後にゆき姉は、霧の中で迷う俺の手を引いて、進むべき道へと

案内してくれる。

この人と共に生きてゆけば、どんな道が目の前に現れても怖くはないだろう。


「ありがと、ゆき姉!俺、やっとスッキリした!

なんかさ、ずーっとモヤモヤしたまんま歌ってたけど、ゆき姉のお陰で

この先はもっと堂々と歌える気がする。

よしっ!あと半分頑張って、美味い打ち上げの酒を飲みに行こう!」


「いや、私はもう飲めない!てゆーか、トイレに行きたーい!」


「え?ええーっっ!?」



スポンサーのために全八種類の缶チューハイを、味の解説付きで飲み干した雪見は、

低アルコール飲料だったお陰で大して酔ってはいないが、トイレの事まで

考えちゃいなかった。


だって、喉がカラカラだったんだもんっ!


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