札幌公演スタート!
開演十五分前のステージ袖。
当麻に健人、雪見を中心にして、このライブツアーに関わるすべてのスタッフが
肩を組み、大きな円陣を作って気合いを入れる。
それを離れた場所から、そっとみずきが祈るようにして見守っていた。
ふと顔を上げ、みずきの視線に気付いた雪見が、隣の今野に何やら耳打ちしてる。
すると、大きくうなずいた今野が組んだ肩を一旦解き、みずきに向かって手招きをした。
「おいでっ!みずきちゃん!当麻の隣りに入りなよ!」
「えっ!?私…が?私が入ってもいいんですか…?」
自分を指差したみずきは、今野の言葉が信じられなくてボーッと突っ立ってる。
「早く早くぅ!おいでよ、みずきっ!!」
雪見が笑顔で大きく手招きすると、周りのスタッフ達もみなニコニコしてみずきを見た。
「…うんっ!」
当麻の隣りに駆け寄るみずきは、笑顔が途中から半ベソに変わった。
雪見の心遣いが嬉しくて、みんなの笑顔が優しくて…。
そんなみずきを、当麻がよしよし!と頭を撫でる。
「なーに泣いてんのっ!みずきも私達のサポートスタッフでしょ?
しっかり当麻くんのメンタル面を、サポートしてくれなきゃ困るんだからっ!」
雪見が口調とは裏腹に、本当の姉のような眼差しでみずきの事をそっと包んだ。
「ありがとう、ゆき姉…。ありがとう、みなさん!」
みずきが涙を拭い、輪の左右に向かって頭を下げる。
そんな彼女を、みんなが温かい気持ちで迎え入れた。
一方、全員の視線がみずきを向いてる時、健人だけは隣の雪見を見てる。
こんな優しい素敵な人が、俺の彼女なんだ!と誇らしげに。
綺麗で可愛くて優しくて、料理がめちゃめちゃ美味くて家庭的で、だけどちょっとドジ。
才能があって賢くて、だけど決してそれを自慢しないし人を見下したりもしない。
行動力があって、いつも俺のために全力で尽くしてくれて、一緒にいると
素に戻れて癒やされて、ホッと安らげる人。
知れば知るほど、大好きで大好きで。
この人を嫌いな人なんて、この世の中にいるのだろうか?と思ったら、
急にそれが不安に変わった。
そう言えば最近、ゆき姉を見る男性スタッフの目が、以前とは違ってきた気がする。
ブログの人気も相当なものだし、このツアーが始まって、ゆき姉が日本中に
知られるようになったら、あっという間にファンも拡大することだろう。
今までは自分だけのゆき姉だったのに、これからは『みんなのゆき姉』になってしまう…。
そう思うと、ツアーを始めるのが怖くなった。
「どうしたの?健人くん。なんでそんな顔で私を見てるの?」
「い、いや別に…。何でもない。」
そう言った後、健人はハッと気が付いた。
もしかして…ゆき姉も俺に対して、ずっとこんな気持ちで毎日を過ごしているのか。
一番近くにいてお互い愛し合っているのに、完全には自分のものではない不安…。
だとしたら、なんて可哀想な思いをさせてるんだ、俺は…。
健人がそんな事を考えてようが何しようが、お構いなしに時は近づく。
みずきを加えた大きな円陣は、ツアー初日の成功をみんなで誓い合って
再び雄叫びを上げ、輪が解き放たれた。
とうとう、その時はやって来た!
『YUKIMI&SPECIAL JUNCTION TOUR 2O11 絆』の幕開けだ!!
真っ暗闇から息の合ったアカペラのハーモニーが聞こえる。
次の瞬間、一斉にライトがステージ上の三人を照らし出すと、ホールを揺さぶるほどの
悲鳴に近い大歓声が湧き起こった。
オープニング曲には、迷わずこの歌を選んだ。
三人の思い出の曲、絢香×コブクロの「WINDING ROAD」だ。
出だしこそ緊張気味で、少し硬いハーモニーになってしまったが、アカペラ部分を
歌い切ってしまったら、もうこっちのもん!
そのあとはカラオケボックスかのようなノリで、楽しそうに歌い上げた。
「初めましてー!北海道にやって来たよーっ!
めっちゃ雪が綺麗で感動した、スペシャルジャンクションの斎藤健人ですっ!!
しっかし、さすが北海道!寒いっす!みんなもこの寒さの中、外に並んで
待っててくれたんでしょ?ありがとねっ。
これから俺たちがみんなの心と身体を温めてあげるから、多少とちっても
広い心で受け止めて下さい(笑)」
お茶目な笑顔でペコンと頭を下げ、健人がトップバッターで挨拶をする。
「みんなに会える日を、本当に楽しみにしてましたっ!
スペシャルジャンクションの三ツ橋当麻です!
いや、健人も言ってたけど、ほんとさっすが北海道だよ。
札幌なんてこんだけの大都市なのに、雪がこんなに積もっても少しも騒ぎに
ならないんだから!東京なんてほんの二センチも降れば大混乱!
もう、とんでもない騒ぎだもんね。改めて北海道民に敬意を表します!
今日は雪かきで疲れた身体を、癒やして帰って下さい。」
当麻も無事一曲目を終え、ホッとしたのか饒舌に語って手を振った。
最後に順番が回ってきた雪見はと言うと…。
緊張感から解放されたのと、こんな大ホールが満席であることに感動し、
胸がいっぱいになって言葉がすぐには出てこない。
客席から「頑張れ!ゆきねぇ~っ!!」と大きな声援が飛ぶ。
その声に益々雪見の目が潤んだ。
健人と当麻が黙って寄り添う。雪見は一つだけ深呼吸をして心を落ち着かせたあと、まずは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます…。初めまして!『YUKIMI&』です。
ごめんなさいね、スタートからこんなグダグダで。
みなさんの顔を見た途端、もう胸がいっぱいになっちゃって…。
でも、ここからは頑張って行きたいと思います!
今日はみなさんの心にずっと残るような、素敵なライブをお届けしようと、
今まで三人で一生懸命リハーサルを重ねて来ました。
トークもたっぷり挟んでいきますので、どうか最後まで私達にお付き合い下さいね。
では二曲目は……」
どうやら無事にスタートを切れたようだ。
ステージ袖で見守るスタッフたちも、一様にホッと胸をなで下ろす。
みずきの大きな瞳は今度は涙ではなく、尊敬と感動の眼差しでキラキラと輝いていた。