おじいちゃん達への報告
「おはよう!おじいちゃん。元気だった!?」
辺りがまだ完全には明るくなり切れない朝七時。
雪見と健人は手をつなぎ新雪を踏みしめて、宿泊したホテルから徒歩五分あまりの
雪見の祖父母宅を訪れた。
二人が尋ねて来る事を前日知った祖父は、まだ夜も明けきらない頃からいそいそと、
玄関周りを雪かきしていたらしい。
八十過ぎた年寄りに、いや年寄りでなくても冬の除雪は重労働できつい仕事なのだが、
雪見の祖父は年齢の割には見た目も身体も若く、雪かきを冬の運動と割り切って
楽しんでやってると以前言っていた。
声に振り向いた祖父は血色も良く、元気そうでまずは一安心する。
「おぉ、雪見!よく来たね!寒かっただろ。さ、早く中に入りなさい。
斎藤さんもどうぞ。」
「あっ、は、はいっ!お邪魔しますっ!」
健人が挨拶するよりも先に「斎藤さん」と呼ばれ、初対面の挨拶をしそびれた健人は
少々バツ悪かった。それと同時に、自分の事を何て説明してあるんだろ?
と、不安がつのる。
雪見は我が家に帰って来たかのように、さっさとブーツを脱ぎ、たたっと中へ入って行く。
その後ろを健人が、遠慮がちにそろそろとついて行った。
「おばあちゃん、おはよう!ごめんね、朝っぱらから。元気だった?」
「相変わらずの病院通いだけど、それなりに元気だよ。
いらっしゃい、斎藤さん。いつも雪見がお世話になってるそうで、ありがとねぇ。
さぁさぁ、そこに座って!朝ご飯は食べたの?今、コーヒーを入れるから。」
「ご飯はホテル戻って食べるから、コーヒーだけでいい。
あ、おばあちゃん!健人くんのも牛乳入れてね!私と同じでいいから。」
「はいはい。」
ソファーに雪見と並んで腰を下ろしたところへ、雪かきを終えた祖父が居間に入って来た。
とっさに健人が立ち上がったので、隣の雪見がびっくりして顔を見上げる。
「あの、斎藤健人といいます!初めまして!雪見さんとは父方のはとこにあたります。」
外で言いそびれた初対面の挨拶を、今度こそはタイミングを逃すものかと、
勢い込んでる健人の顔が雪見は可笑しかった。
「これ、つまらない物ですが、お酒がお好きと聞いたので良かったらどうぞ!
あと、こっちは東京で今人気のお菓子です。食べて下さい。 」
「あぁ、すまんね!ありがとう。有り難く頂くよ。まぁ座りなさい。」
そう言いながら健人から土産を受け取った祖父は、居間に続いてる仏間に行き、
仏壇にお菓子の箱を上げて、チーンチーンと鈴を鳴らした。
「なに緊張してんの?天皇陛下にでも会ってるみたいな顔して。
普通のじいちゃんとばあちゃんなのに。」
クスクス笑いながら雪見が隣の健人を見る。
「だって、早くあの話を…。」
「い、いや、いいのっ!それは後で…。」
来て早々に結婚話をするのかと、慌てて雪見が健人を止めた。
だが健人の言う通り、長居もしてはいられない。
八時の朝食までには戻ると、今野に伝えて出てきたのだから。
なんせあと十二時間後には、雪見たちはステージの上に立っている。
そんな緊張感溢れる朝なのに、この場所にはそんなことお構いなしの、
穏やかで緩やかな空気が流れていた。
一通りお互いの近況報告や世間話を済ませたあと、雪見はそろそろ例の話に移らねばと
チラッと壁の時計に目をやり、まずは健人の紹介を手始めにする。
「ねぇ。この人、テレビに出てる人なんだけど、見たことない?」
祖父母は、もちろん今どきのテレビドラマは見ない。
が唯一、大河ドラマだけは欠かさず見てた記憶がある雪見は、去年健人が初めて出演した
大河ドラマの役名を口にした。
「おおっ!見てた見てた!いや、さっぱり気付かんかったなぁ!
テレビじゃ汚い顔してたけど、実物はえらい男前だ!」
祖父が目をまん丸にして健人を見つめた。
「あははっ!いや、そうですよねっ!あの役は毎回顔を汚してたから。
でも見ていただいて光栄です!また大河に出れるように頑張りますっ!」
少し緊張がほぐれたらしく、嬉しそうに健人が笑顔で言った。
それをきっかけに、祖父と健人のあいだで大河トークが弾む。
良い感じに健人が馴染んだのを見計らい、いよいよ雪見が本題へと口火を切った。
「あのね、おじいちゃん。あ、おばあちゃんもそこ座って!
私たちね…結婚することになったの!」
「ええっ!けっこんっ!?雪見とこの人がぁ?」
想像以上のビックリさ加減に、雪見は二人がそのまま倒れてしまうのではないかと焦った。
そんなにも孫の結婚話は意外だったのか?
もしかして、もう諦めていたとか…。
「そんなに驚かないでよ!私だってもういい年なんだから、お嫁に行ってもいいでしょ?」
「いや、お前はいいさ。けど斎藤さんはいいのかい?まだそんなに若いのに。
それにテレビじゃ人気者なんだろ?雪見なんかで本当にいいのかい?」
祖父の目は真剣だった。
いつまでも驚いてる場合じゃなく、孫の結婚相手を新たな目で真剣に見てみようと、
健人の返答を待ちつつ隅々まで眺めた。
その隣りの祖母の瞳には、すでに涙が浮かんでいる。
「雪見さんじゃなきゃ…雪見さんじゃなきゃ、だめなんです!
僕の事、心配されるのはよく解ります。
けど、絶対に雪見さんを悲しませたりはしません!幸せにします!
だから、僕たちの結婚をどうかお許し下さい っ!」
そう言って健人は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「まぁ座りなさい。もう二人とも立派な大人だ。
周りがとやかく言う事は無かったな。いや、すまんすまん。
斎藤さん。何のお役にも立てない孫かもしれんが、気持ちだけは優しい子だ。
どうか雪見をよろしくお願いします。」
祖父も立ち上がり健人に頭を下げる。隣の祖母が、そっと涙を手で拭った。
「じゃ、またねっ!今度来る時は花嫁衣装の写真を持って来るから。
それまで元気にしててよ!」
玄関先で名残惜しそうに手を振る二人に、角を曲がる直前再び頭を下げる。
健人と雪見は一仕事終えた安堵感に浸りながらも、肩に舞い落ちる白い雪に
ここがツアー最初の地、北海道であることを思い出した。
だが不思議と心は穏やかで緊張感からは解放され、徐々にお腹の底から
やる気がみなぎってくる。
「よっしゃ!じゃ一丁やりますかっ!何か早く歌いたくなってきた!」
そう健人が言ったあと、返事のように雪見のお腹がグゥーッと鳴った。