今野の作戦成功
事務所から結婚の許しをもらった帰り道、ずっと心配してくれてた当麻に
健人は真っ先に報告をした。
「もしもし、当麻っ?やったよ!俺たち、事務所に許してもらえたっ!
めっちゃ嬉しぃ!!」
健人の声は興奮気味に早口だった。
まるで宝くじの、一等一億円にでも当たったかのようなはしゃぎようで、
前でハンドルを握る今野が、運転に集中出来なくて困ってる。
「おい健人っ!頼むからもうちょっと、声のボリュームを落としてくれよっ!
真後ろからガンガン耳に響くわ!しかもお前、俺が一緒に乗ってること忘れてんだろ!」
今野の言う通り健人は、この空間に雪見と二人きりでいるような気分で話してた。
「ゆき姉が俺のために、また頑張ってくれてさ!
『健人くんは私が一生サポートして大物俳優にしてみせます!』って。
で、常務と今野さんに、『私が健人くんの人生の、専属マネージャーになることを
許可して下さいっ!』って頭を下げたんだよっ!?
カッコ良くね?そのセリフ。俺、感動してマジ泣きそうになったから!」
そう言いながら健人は、隣りに座る雪見の肩を抱き寄せ、頬にキスした。
「ちょ、ちょっと、たんまーっ!健人くん、少し落ち着いてっ!
今野さんもいるんだよっ!!もう、やだぁーっ!」
さっきはあんなに大人っぽくて、頼りがいある男になったなと思わせられたのに、
あれは俳優斎藤健人の演技だったのか?それともただの勘違い?
今ここにいる健人はやっぱり一回り年下の、大人だけど少年の健人であった。
「お前達。本当にこれはトップシークレットだって事だけは忘れんなよ。」
健人が電話を切り、騒ぎが収まったところで今野がおもむろに口を開く。
「事務所が許可したと言っても、許可したのは俺と常務だけだ。
残念ながら、当麻達とお前達とでは訳が違う。
当麻の場合は海外のみずき人気のお陰で、世界中からも注目される俳優になった。
事務所がこれを利用して、当麻の主演映画を世界同時公開に切り替えるぐらいだから、
交際発覚もうまい具合にプラスに転じたわけだよ。
だが、こんな言い方は雪見に対して失礼だとは思うが、今の時点で万が一にも
お前達の事がマスコミに知れたとしたら…。
間違いなくうちの事務所は、健人にとってマイナスとしか捉えないだろう…。」
「マイナス…。」
自分の中では充分理解してたつもりでも、改めてそう聞かされると雪見は
かなりのショックを受けた。
何か自分の存在意義を否定された気がして…。
黙りこくってしまった雪見を、健人と今野が慌ててフォローする。
「大丈夫だよ、ゆき姉!当麻にも口止めしてあるし、今までだってバレないで来たんだから!
あ!ニューヨークに着いたら先に式、挙げちゃう?
それとも明日にでも、こっそり婚姻届出しに行こうか?
事務所だって結婚しちゃった二人を、まさか引き離しはしないでしょ!」
「おいおいっ!親にもまだ挨拶に行ってないんだろっ!
親戚同士だからこそ、こういう事はきちんとしとかんと、後で気まずくなるぞ!早く行け。
頼むから、『昨日婚姻届を出して来ましたっ!』とか突然報告すんの、
やめてくれよなー!」
今野が眉間にシワを寄せて後ろを振り向き、「よしっ、着いたぞっ!」
とハザードランプを点滅させて車を止める。
雪見が車を降りる直前、今野が「頑張れよっ!」と声を掛けた。
「引退までに何としてでも、もっと有名になれ!
そして誰も文句の付けようがない、健人の嫁さんになればいい。
明日から、俺がもっと仕事を取って来てやる!営業部だけに任せておけないからなっ。
お前なら絶対出来るよ!だから頑張れ!」
まだ少し元気のない雪見に責任を感じ、笑顔を見せて励ます。だが雪見は…。
「あとたった三ヶ月も無いのに、これ以上有名になんて…。きっと無理です…。」
「ゆき姉…。」
困ったことに、目前に迫ったコンサートツアーにまで自信を失いかけてる様子で、
車のシートに身体を預けたまま、降りようともしない。
どうしたものかと思案する。いつまでも路上に止まってる訳にもいかない。
と、その時、今野が「そうだっ!」と大声を上げた。
「ブログだよ、ブログ!大至急オフィシャルブログを立ち上げよう!」
「えっ!?」
今野の発案によって翌日、さっそく雪見の公式ブログが開設される。
当初は『YUKIMI&』のオフィシャルブログとして、3月31日引退までの
期間限定開設を考えていた。
だが最近健人の仕事が忙しさを増し、健人自身ブログの更新が困難になってきたことを受け、
健人のブログを思い切って3月31日で閉鎖し、その後の健人の近況は、
雪見のブログの中で報告することとした。
こうすることで健人ブログの膨大なファンを、そっくり雪見ブログへと移行させ、
雪見の知名度をさらにアップさせようとの、今野の作戦だった。
これは想像以上の功を奏した。
健人のブログは常にランキング上位を占める人気だったので
ブログの閉鎖自体がニュースになるほどの話題を呼び、
それに伴ってそれを引き継ぐと発表された雪見にも、
一気に注目が集まったのだ。
ブログは引退後も続けられる事を考慮し、浅香雪見のオフィシャルブログとした。
今野からは、最低一年間は毎日更新することを義務づけられる。
「毎日ですかぁ!?お酒飲んで、忘れて寝ちゃった場合は…。」
「ばっかやろう!健人だって忙しいのに丸二年は毎日更新したんだぞっ!
酒飲んでる暇があったら、パソコンに向かってろっ!」
「はぁ〜い…。」
習慣になれば結構楽しくなるもので、連日コンサートのリハーサルで疲れ果てても、
パソコンの前に座るとシャキッとしてくる。
時々健人とお互いのブログに登場すると、その日のコメント数は一気に増え、
雪見はブログ開設からわずか一週間で、ベストテン入りするほどの人気ブロガーとなった。
コンサートツアー初日の25日まで、あと三日。
今野の作戦は見事に成功し、雪見のブログファンからチケットの問い合わせが
殺到したため、急遽東京と大阪公演を一日二回公演に変更した。
いよいよ五大都市ツアー&写真展
「YUKIMI&SPECIAL JUNCTION TOUR 2011 絆」の開幕だ!