親友への嬉しい報告
「う、うそだろーっ!? け、ケッコン!?お前がぁ?
いつ?どこで?誰とぉ!?」
「誰とぉ?そりゃ、ゆき姉に決まってんだろーが!アホかっ!」
雪見が健人からのプロポーズにOKした翌朝六時過ぎ。
健人は、どうしても一番に当麻に報告したいと、電話で当麻を叩き起こした。
「一応、式は六月に帰国する直前に、ニューヨークで挙げて来る予定。
こっちでだと、マスコミ対応が色々面倒だしね。
それに6月19日はゆき姉の誕生日だから、ちょうどその頃になるんじゃないかな?
え?19日前に挙げろって?ひとつ年が若いうちに?ゆき姉、ここで怒ってるぞー!
まぁ、詳しい話はまた決まったら連絡するわ。じゃ、取りあえずは報告まで。
起こして悪かったな!また寝ていいよ。おやすみっ! 」
それだけ伝えると、健人は満足そうに電話を切った。
「あーあぁ!当麻くん、寝てただろうに起こされて…。
きっと半分寝ぼけて聞いてたから、後で忘れてるかもよ!」
健人の向かいでカフェオレを飲みながら、雪見が笑ってそう言う。
「だって当麻は俺の相棒だよ?早く伝えておかないと仕事上マズイでしょ!
ニューヨーク行ってる間は『SJ』も活動停止しなきゃなんないし、
あいつには色々と迷惑かけるから。」
とか何とか、真顔を装って言ってるつもりらしいが、健人の顔は明らかに
嬉しくて嬉しくて、早く誰かに言いたくて仕方なかったという表情をしている。
久しぶりに見た気がする、健人のそんな浮かれた顔を眺めながら雪見は、
『私の決心は、間違ってなかったよね…。』と自分自身に再確認した。
と、そこへ、健人のケータイが突然鳴り出す。当麻からだ!
「もしもし?なに、寝たんじゃないの?」
「寝れるかっ!ブッツリ電話切りやがって!
そこにゆき姉いるんだろ?みずきが、ゆき姉と話したかったのにー!って怒ってるぞ!」
健人にケータイを差し出され、当麻かと思って出てみると、聞こえて来たのは
朝っぱらからハイテンションな、みずきの声だった。
「ゆき姉?結婚するって本当なのっ!?」
「あれっ?みずきさん。おはよう!ごめんねぇー、健人くんが起こしちゃって!
夜にかければ?って言ったのに、子供みたいに言うこと聞かなくて。」
笑いながら健人を見たら、健人はぷくっと頬を膨らませた。
「そんな事より!ねーねー、いつ決めたの?健人はなんてプロポーズしたのっ?
やだ!私、なんか泣きそうになってきた!めっちゃ嬉しいっ!
良かったねっ、ゆき姉!ほんとに良かった…。」
電話の向こうで、みずきの泣いてる気配がした。
「ちょ、ちょっと、みずきさん!なんで泣いてんのぉ!?」
「だって本当に嬉しいんだもん…。自分のお姉ちゃんの結婚が決まったみたいで、
私、本当に嬉しいんだよっ!」
「みずきさん…。ありがとねっ。私もそう言ってもらえると嬉しい。
でも、みずきさん達こそ、もう世間に公表してるんだから、あとはお式をして
婚姻届を出すだけじゃない!
私達はこれからが問題山積みで、ほんとはそんなに浮かれてもいられないの…。」
そう…。雪見と健人の目の前には、富士山…いやエベレスト並みに高い山があって、
まだ今はその麓に立ってるだけなのだ。
二人の幸せな結婚とは、この眼前の大きな山を二人で一歩ずつ登り切った頂上にある。
お互いの親兄弟や親戚への報告、事務所の説得や仕事の調整、マスコミ対応。
そして一番慎重に取り組まなくてはならないのが、ファンへの報告だ。
果たして、日本を旅立つ四月までに、その山の何合目まで登れることだろう。
その日まで、あと三ヶ月…。
時間はたっぷりあるようにも思えたが、実際はそうではなかった。
『SJ』と『YUKIMI&』がデビューしてから、日に日に忙しさは倍増してゆき、
プライベートな時間など皆無に等しくなった。
まずは親兄弟に話してから事務所に報告を、と思っていたのだが、そうも言っては
いられなくなり、まずは取り急ぎ事務所に報告するチャンスをうかがう。
コンサートツアーの打ち合わせで、みんなが事務所の大会議室に集合する今日。
1月25日のツアー初日まで、あと十日ばかりのこの時をチャンスと見て、
雪見と健人は朝から緊張した面持ちで、時間をやり過ごしていた。
夜九時過ぎ。
三時間近くかかったツアーの打ち合わせがやっと終り、みんな疲れ切った顔して
「お疲れー!じゃ、お先に!」と、順に会議室を出て行く。
当麻は、これから健人が挑む大仕事に対して、自分の事のように緊張し
一言「頑張れよ。」とだけ肩越しに囁いて会議室を出て行った。
常務の小野寺も手元の資料をまとめ、「じゃ、あとはよろしく!」と、
今野マネージャーの肩をポンと叩き、ドアに手を掛けたその時だった。
「小野寺常務っ!ちょっとお話があるんですが…。」
健人が、慌てて後ろから声を掛けて引き留めた。
「俺に?なんだよ、まじめくさった顔して。急ぐ話じゃないなら、またにして…」
「急ぎますっ!どうしても今日中にお話したいんです!
今野さん。今野さんも一緒にお願いします。」
「俺も…?」
健人の隣りにいる雪見が席を外さないので、小野寺は嫌な予感がした。
四人揃って硬い表情で、再び会議室の椅子に座り直す。
今野はなんとなく、いよいよその時が来たのか…と、ぼんやり思った。
「なんだ?話って…。まさか…悪い話じゃないだろうな。」
ただ事ではない場の空気を察知し、小野寺が先に釘を差す。
いつもの柔和な表情とはうって変わり、眼光鋭く健人から視線を外さぬ小野寺の威圧感に、
健人の隣りに座る雪見は震えが止まらない。
『どうしよう…。きっと猛反対される!
もしかしたら私は解雇されるかもしれない…。
私はそれでもかまわない。けど、健人くんだけは…絶対にダメっ!』
雪見は最悪の事態を想定した。
雪見の結婚話など、事務所はなんの関心もないだろう。
年も年だし、どうせあと二ヶ月半ほどでこの芸能界から消える人間だ。
「おめでとう!」の一言で、簡単に話は終る。
だが、その相手が健人となると話は別だ。
健人の結婚は事務所に大損害を与えこそすれ、一円の利益にもならないからだ。
全力で反対することは目に見えていた。
アイドルという職業は、条件がすべて整ってこそ最大の利益を生み出す。
『結婚』の二文字など、アイドルのプロフィールに必要ないのだ。