ゆき姉以外はあり得ない
「まったく、誰が言い出したんだろね、『年の差婚』なんて言葉。
男が年上なら、『若いお嫁さんもらって羨ましいねー!』とか言われるんだろうけど、
女が年上の場合はどうすりゃいいのさ!
別に今まで通り、『あねさん女房』でいいじゃないか!」
やけ酒気味に飲んでた真由子が、鼻息荒く怒ってる。
「でも『あねさん女房』って言葉は、健人くん世代は使わないんじゃないの?
だって平成生まれなんだから…。」
香織がそう言うと、またしても三人でため息をついた。
「平成生まれかぁ!若いよなぁ〜!
何かさぁ、そう考えるとうちら、すごーく年取ったみたいに感じない?
昭和生まれが大正生まれを、凄い年寄りみたいに感じたのと一緒でさ、
平成生まれの健人からしたら、昭和生まれの雪見って…。」
「真由子ぉ〜!何て事言うの!」
健人が雪見にプロポーズしたと聞いてから、一気に酒のピッチが上がった真由子は、
何度も失言しては、その度香織に叱られる。
が結局、いくら三人語ったところで、健人と雪見の年齢差は縮まるわけでもなく、
真由子が眠そうにし出したので、その日の飲み会はお開きにした。
タクシーの拾える通りまで、寒い夜道を香織と雪見はゆっくり歩く。
香織は、雪見のゆっくり過ぎる歩調に迷いや悩みを感じ取り、それを何一つ
解消できぬまま家路につく雪見の心中を思いやる。
「ねぇ雪見。健人くんと一緒に住んでる以上、いつまでも返事を引き伸ばす訳にいかないよ。
大きな決断をしなきゃならないんだから、今までで一番正直に健人くんと向き合わないと。」
「うん…。わかってる…。」
「けど、つらいよね…。苦しいよね…。
大好きな人にプロポーズされたのに、好きなだけじゃ決められないんだから…。」
「うん…。」
香織の言葉が優しくて切なくて、雪見は夜空を見上げて泣いていた。
もっと自分が若かったら…。
せめてまだ二十代の後半であるなら年上だったとしても、周りの反応など
もろともせずに、結婚まで突っ走る勢いがあったかも知れない。
だが、今現在33と21。
健人がニューヨークに行く直前22歳になるとしても、いい大人が若い俳優をたぶらかして!
と言う声が、幻聴のように聞こえる気がしてならなかった。
「とにかく、じっくり腹を割って話し合うより仕方ないよ。
大事なことなんだから逃げないで…ね。」
香織の激励を背中に受け帰宅した雪見は、まだ帰ってないはずの健人に出迎えられ驚いた。
「えーっ!いつ帰って来たのぉ!?今日はドラマの撮影、夜中までかかるはずじゃ…。」
「ゆき姉に早く会いたいから、途中で帰って来た!なーんてねっ。
うそうそ!機材の故障で夜のロケが中断しちゃって、結局明日続きを撮る事になったわけ。
メールしようかと思ったけど、せっかく真由子さん達と飲んでるのに、
ゆき姉が俺を気にすると悪いからさ。でも、ほんとは早く会いたかった…。」
玄関を上がってすぐ抱き付いてきた健人に、雪見は何かあったのかと尋ねた。
「何にもないよ。本当に会いたかっただけ。ゆき姉が帰って来るか心配だったから…。」
雪見から返事をもらえてないことに対して、健人が不安をつのらせてると思った。
その不安が大きくならないうちに、きちんと向き合って話し合わねばならないと、
雪見はいよいよ腹をくくる。
「健人くん、少し飲もうか?」
そう言った時の、健人の嬉しそうな顔ときたら!
仕事の忙しい母が久しぶりに遊んでくれる!みたいな、子供のような顔をした。
冷蔵庫にある物で手早くつまみを作り、二人でソファーに腰掛け、ビールで乾杯する。
「お疲れっ!ねぇ、今日のドラマ見てくれた?」
ビールを一口飲んで、健人は早速雪見に聞いてきた。
「ごめーん!テレビはついてたんだけど、お喋りに忙しくて集中出来なかった!
明日の朝にでも、録画したやつ見るから!」
「なんだぁ!みんなで見てくれたかと思ったのに。
ね、何そんなにお喋りしてたの?」
健人の質問にドキッとした。
まさか『年の差婚』について語り合ってたとも言えず、「女は話題が豊富なのっ!」
とお茶を濁した。しかし…。
「俺のプロポーズの事、相談してたんでしょ?」
「えっ…!?」
やはり健人は、ずっと気にしてたんだ…。
今まで聞きたいのを我慢して、私に時間をくれてたんだ…。
香織の言う通り、もう腹を割って話し合う時が来たようだ。
「健人くん。私ね…色々考えたんだけど、やっぱり…。」
「俺、無理だから!ゆき姉のいない生活はあり得ない!
ゆき姉は俺のこと…嫌いになった…の?」
健人の言葉に雪見は愕然とした。
「嫌いになった?…そんな事あると思う?
大好きだから…大好きだから、いっぱい悩んでるのに!」
「なんで?俺だって、いっぱい考えて決めたんだよ?
わかってるよ、ゆき姉が何を悩んでるのかぐらい…。
でもそんな騒ぎなんて、長い人生の中のほんの一瞬だろーが!
騒ぎたい奴には騒がせておきゃいい!どうせすぐに俺たちの話題なんて、
他のニュースが持ち上がれば忘れ去られるんだから。
他人がどう思うかなんて、俺には関係ない!
人のお節介な評価なんて、どうでもいいことだ!
そんなくだらないことより、俺は一生をゆき姉と過ごせるかどうかの方が百万倍重要だよ!」
「健人くん…。」
すべてお見通しだった。
健人はその後も、雪見が悩んでるだろう事をひとつずつ説得し、何も心配ないよと微笑んだ。
「もう一度聞かせて…。健人くんの人生に、本当に私が必要?」
「絶対必要!ゆき姉の代りなんて、世界中どこを捜したって見つからないよ。
ゆき姉以外はあり得ない。ゆき姉の人生に、俺はいらない?」
「いらなくない!健人くんがいてくれないと困る。
私の料理を美味しいって食べてくれて、めめやラッキーのお世話を一緒にしてくれて、
寒がりな私を隣りで暖めてくれる健人くんがいないと、凍え死んじゃう!」
「はぁ?それって、俺じゃなくても良くね?」
健人が笑って言った。
「良くないっ!だって今すぐ暖めてくれる人は健人くんだけだもん!」
そう言いながら雪見は、健人に抱き付きキスをする。
ひょい!とお姫様抱っこした健人は、寝室のベッドにそっと雪見を下ろす。
側らのサイドテーブルには、やっと持ち主の確定したダイヤの指輪が、
二人の未来を祝福してた。