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優しい忘年会

「あーあぁ!あんたの涙がサーモンのマリネにまで、飛び散ったじゃないの!

しょーがないなぁ、まったく。どれ、話を聞いてやるから言ってみ!」


そう言いながら真由子が、あえて普通を装い、涙など飛ぶはずもないだろう

テーブルの中程にあるマリネに手を伸ばす。

香織はそれをクスッと笑いながら、静かに雪見のグラスにビールを注いだ。


こんな時いつも二人は、根掘り葉掘り聞いてきたりはしない。

ただ雪見の口から出て来る言葉に、ジッと耳を傾けるだけだ。

それから本心を見極め、真由子がズバッと的確に、容赦なくアドバイスをしてくれる。

雪見はそれを、銀座の母の占いみたい!と表現したことがあるのだが、

この日の真由子は銀座の母もたじたじの、かなりの毒舌っぷりであった。


ぽつりぽつりと雪見が心の内を話し出す。

順不同に思い付くまま、それが涙の理由かどうかも解らない感情まで、

隅に溜まってるものを洗いざらい表に出した。

一年に一度の、心の大掃除のつもりで…。


「最近、嫌な夢ばっかり見るの。

健人くんが…若くて可愛い女の子と付き合って、突然家に帰って来なくなる夢…。

夢見ながら本当に泣いてて、健人くんに起こされることもある。」


「ふーん…。あとは?」


「当麻くんとみずきさんが、無性に羨ましくなる時があって…。

私もあんな風に、人目を気にせず堂々としてみたいな、って…。」


それからビールやワインを飲みご馳走を食べつつ、どれぐらい語っただろう。

ひとつ吐き出すごとに気持ちが軽くなり、「あー、語った語った!」と雪見がビールを

飲み干す頃には、さっき泣いた事など忘れ去っていた。

が、ここから真由子のきっつーい逆襲が始まる。

まぁ、あの真由子が途中で口も挟まずに、最後まで聞き役に徹していたのだから、

それは仕方ないと言えば仕方ない話なのだが…。


「あんた…。今言った事と同じような話、もう何回も聞いてんだけど。」


「え?うそだぁ!だって私達、久々に会ったんだよ?

一緒に飲んでもないのに、こんな話するわけないじゃん!」

雪見はカラカラと笑って、ワインボトルに手を伸ばす。しかし…。


「うそだぁ!じゃないわよ!今の話は初めて聞いたにしても、根本的な愚痴の内容は、

今までに聞いた話とまったく同じってこと!

結局あんたは何の進歩もせず、ただ無駄に年だけ食ったってわけ。

もういい加減、健人の仕事や性格を理解しなさいよっ!

それができないなら、さっさと付き合いなんて止めちゃうんだね!」


「真由子っ!言い過ぎだよっ。」

かなりの勢いで強く言い放った真由子を、香織が慌ててたしなめた。


「だって腹立つじゃないの!健人に何の落ち度があるって言うの?

アイドルって職業に付いてんだよ?アイドルの業務内容ってなにさ。

一人でも多くの人を引きつけることが、至上命令じゃないの?

そのためにはカメラの前に立ったら、笑いたくない日でもにっこり笑わなくちゃならないし、

言いたくなくてもインタビューで、ファンの心にキュンとくること言わなきゃならないし 、

ましてや彼女がいるなんて、ファンを悲しませることは言っちゃいけないし。

その他にもいっぱい自分を制しなきゃ成り立たないのが、アイドルって職業でしょ?

そんな大変な仕事についてんだよ、健人は!立派に仕事をこなしてると思うけどね。」


そこまでを一気に話したあと、真由子は自分を落ち着かせるため、ワインを一口だけ

ゴクッと飲み込んだ。

そして今度は雪見を諭すように、静かな口調で語りかける。


「あんただってそんなこと、充分理解してるよね。

だからミニライブで健人が二人の仲を公表しようとした時、あんたは止めたんでしょ?

でも、あんなに物事を深く考えて行動する健人が、意を決してファンに報告しようとした…。

どんな気持ちで決断したか、考えてみた?」


真由子に言われてドキッとした。

あの後、私は健人ときちんと向き合っただろうか…。

ファンに言えなかったにしても、健人のその気持ちに対して感謝を伝えただろうか…。


「今きちんと向き合わないと、この先を乗り切れないよね、私たち…。

年が明けてデビューしちゃったら、三月までノンストップで走り続けなきゃならないもの。

ごめん…。私、帰ってもいい?

健人くんに伝えなきゃ。『ありがとう!』って。

まだ帰って来てないと思うから、久しぶりに『おかえり!』って出迎えてあげたい。」


真由子と香織は微笑んでいた。雪見はそうでなくっちゃ!と。

もう、雪見のこんな突然の思い付きに、驚いたりはしない。


「はいはい!今、健人の分の料理をお包みしますよっ!

ちゃんと『真由子から!』って伝えなさいよね!」

そう言いながら真由子は、手早く料理を冷蔵庫から取り出し紙袋に入れ、

ワインを一本添えて雪見に差し出した。


「雪見、今度はデビュー祝いをしてあげるからねっ!

めったに行けないようなレストランを、この真由子様のコネで押さえてあげる。

あ!なんならSJも一緒に、お祝いしてあげよっか?」

玄関先でブーツを履く雪見の後ろ姿に声をかける。

スックと立ち上がり、振り向いた雪見は笑顔で言った。


「うーん、お店の予約だけお願い!私と健人くんとで行ってくるからっ!」

てへっ!と笑った雪見の顔には、もう少しの曇りも無い。

それを見届けた真由子と香織は、安心して雪見を送り出す。


「しょーがないっ!親友のデビュー祝いだ、奮発するか!

香織!あんたも半分持ちなさいよっ!」


「え?」


「じゃーね!また来年もお互い頑張ろう!

あ!5日のCD発売日、忘れないで買いに行ってよー!」

雪見がそう言って手を振りながら、玄関のドアを閉め消えて行った。


「えーっ!CDくらい、くれなさいよーっ!」




後日雪見の元に送られて来たのは、超有名イタリアンレストランのVIPルーム、

フルコース付き貸し切り招待券であった。


送り主はもちろん…あの優しい二人である。


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