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秘密の独り言

「宇都宮さん…。みずきさんが女優として世界に飛び出した時、寂しくなかったですか?

自分の側から、いなくなる気がして…。

あ、父親ですもんね、嬉しいに決まってるか…。」


宇都宮が好きだったであろう、タバコの匂いが染みついたオーナー室。

雪見は、どこかで宇都宮が聞いてくれてるのを願って、ひとり胸の内を話しかけてる。

足元には宇都宮の愛猫蘭丸と小唄が、久々に立ち入ったご主人様の部屋が嬉しくて、

コロコロと喉を鳴らしながら、あちこちに身体をこすり付けていた。



オーナー室だけは手を付けたくなかったから、とみずきが言ってた理由が、

この部屋に通されてすぐに解った。

そこはまるで、つい先ほどまで宇都宮がこの部屋にいて、今しがた中座したばかりに思えるほど、

宇都宮の気配を強く感じるのだ。

それほどまでに宇都宮はこの部屋この店を愛し、入り浸っていたという。


重厚なデスクの上には、幼い頃のみずきが宇都宮と津山の間に挟まって、

満面の笑顔で写ってる写真が一枚だけ飾られている。

きっといつもこの写真を眺めては、娘の事を案じていたであろう。



雪見は、同じ部屋にいる宇都宮に愚痴を聞いてもらうかのように、話を続けた。

「私ってポンとひらめいた事は、後先考えないですぐ行動に移すくせに、

それ以外は案外ぐずぐずなとこがあって…。

今日、健人くんとライブをやったんですけど、そこに集まった大勢の健人くんファンを見たら、

またグズグズと色んなこと考え出して…。」

はぁぁ…とため息をつきながら雪見は、宇都宮が仮眠用に使ってたベッドに腰掛ける。


「うわっ!このベッド、お店に置いてあるのと同じベッドだぁ!

めっちゃ気持ちいいですよね、これ!

そうだ!帰りに支配人さんに、どこで売ってるのか聞いて帰ろう!

健人くんと、お給料出たら買う約束してたんです!

これがあったら、きっと健人くんの疲れも癒やされるだろうなぁ…。

あれ?何の話でしたっけ?」

蘭丸と小唄もピョン!とベッドに飛び乗って、安心したように毛繕いを始めた。


「ここ来る前に私、マスコミに宣言してきたんです。

健人くんとはただの親戚で、それ以外の関係では一切ありません!って。

でもそう言いながら心の中では、健人くんが大好きです!って叫びたくて

どうしようもなかった…。」

雪見はベットの上に、バタンと勢いよく大の字に倒れた。


「健人くんのこと、だーれも知らない国に二人で行きたいな…。

はぁぁ…。健人くんが普通の人だったら良かったのに…。いや、違うな。

やっぱりそれは現実的じゃないから、一番は私が健人くんにふさわしい人に

なるしかないのか…。それとも…。」


またしてもグズグズと、考えが行ったり来たりする。

そのうち雪見は連日の寝不足も手伝って、いつの間にか目を閉じ眠ってしまった。




その頃、やっとタクシーでライブ会場を抜け出した健人ら三人は、付けてくるであろう

マスコミの車を巻きながら、『秘密の猫かふぇ』を目指していた。


「遅くなっちゃったな…。まだゆき姉、いるかな。

すみません、運転手さん!捕まらない程度に早くお願いしますっ!」

時計を気にしながら健人が、隣の運転手に頭を下げる。

窓の外にはクリスマスのイルミネーションが、残り何時間かの一仕事とばかりに

一生懸命輝いていた。


「あ…、当麻たち、レストラン予約してあんだろ?

もう一人で大丈夫だから、俺下ろして真っ直ぐ行っていいからね。

悪かったな。折角のクリスマスなのに、引っ張り回して。

ライブも二人のお陰でめっちゃ盛り上がったし、このお礼は後できっちり

させてもらうから。」

助手席に座る健人が、後部座席の当麻とみずきを振り向いて、ぎこちなく

ニッと笑ってみせる。


「ほんとに一人で大丈夫?私だったらいいのよ、一緒にお店入っても 。

レストランなんて、行こうと思ったらいつでも行けるんだし。」

みずきが、元気のない健人を心配してそう言う。

が、当麻は…。


「ちょっと!そりゃないだろっ!

どんだけコネを駆使して、あそこの予約取ったと思ってんの!

普通に予約したら、三年待ちとかって言われてる店なんだぜっ!?」


「はいはいっ!それ何回も聞きましたっ!ほんっと、ちっちゃい男だなぁ…。」


「はぁ?今なんか言った?」


健人は、自分のせいで二人が喧嘩になったんじゃたまらん!と慌てて車を止めさせ、

一人でタクシーをそそくさと降りる。

「もうすぐそこだから走って行くわ!じゃ楽しんでこいよ、またなっ!」

そう言ったかと思うと健人は、全力疾走でその場からいなくなってしまった。


「ほんとにこの先大丈夫かな、あの二人…。」

みずきは、先の事は知りたくないと自分の能力に蓋をして、暗闇に浮かび上がる

イルミネーションだけを目で追った。



『秘密の猫かふぇ』入り口。


深呼吸をしてから健人は店内に入り、受付で支配人を呼んでもらう。

オーナー室は一般客立ち入り禁止なので、タクシーの中からみずきが電話を入れてくれた。


程なくして、黒い執事服を着た見覚えのある初老の支配人がやって来る。

「お待ちしておりました、斎藤様。ではご案内致します。こちらへどうぞ。」


昨日新装オープンしたばかりの店内は、この日を待ちわびていた大勢の客で賑わっていた。

皆が店のオープンとクリスマスのお祝いを兼ねて、思い思いにドレスアップして着飾ってる。


そんな人々の中を、カジュアルな服装で黒服の支配人に先導されて歩く健人は、

注目を浴びたくないと言っても無理に違いない。

なんせ支配人に先導されるのは特別な客だけだと、みずきが言ってたのだから。


この日も開店祝いに駆けつけたであろう大物が、あちらこちらに散らばっていた。

その誰もが健人の事を、『誰だ?この若造。』というような目で見てる気がして、

思わずキャップのつばを思いきり下げる。


「斎藤様、もっと堂々となさって下さい。あなた様は正真正銘のVIPなのですから。」

支配人が健人にだけ聞こえる大きさの声で、柔らかな微笑みを添えてそう言った。


「さぁ、こちらがオーナー室でございます。

この部屋はオートロックになっていて、このカードキーが無ければ入れません。

中にいらっしゃる浅香様もお持ちですので、お帰りの節は受付の者にお返し下さい。

では、ごゆっくりとお過ごし下さいませ。失礼致します。」

健人に一礼して支配人は、また来た通路を戻って行った。



トントン!「ゆき姉、入るよ!」


カチャリとロックが解除されドアを押し開けると、そこには白雪姫のように眠る

雪見の姿が目に飛び込んで来た。


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