やっぱり…言えない
「いっやー、めっちゃ気持ち良かったぁ!
まさかプリン差し入れに来て、俺らまで歌う事になるとは思わなかったけどね。」
一人二曲ずつ歌ってカラオケ大会が終了し、当麻が笑いながらみずきを見る。
「ほんとね!私、カラオケボックス以外で歌ったの、生まれて初めて!
一生忘れられないクリスマスになったわ。本当に楽しかった!ありがとう、雪見さん!」
みずきに笑顔で感謝され、雪見は慌てて首を横に振った。
「やだ、感謝するのはこっちの方!
当麻くんとみずきさんのお陰で、こんなに盛り上がったんだから。
きっとここにいるみんなが、忘れられないクリスマスになったと思う。」
雪見の言葉を受けて健人が、苦笑い半分でステージ袖を指す。
「ゆき姉!一番忘れられないクリスマスになったのは、あそこにいるスタッフさんや
プロデューサーさんだと思うよ。みんなの顔が引きつってる気がする。
六曲のミニライブのはずが、もう十一曲になっちゃってんだから!」
「うそっ!?ほんとだ、ごめんなさいっ!私のせいです!
なんでいっつも思いつきで行動しちゃうんだろ、私って!
時間が押してるから、私のデビュー曲は止めときますっ!」
ステージ袖に向かって申し訳なさそうに頭を下げる雪見に対し、会場からは
「ええーっ!デビュー曲聞きたーい!!」「ゆきねぇ、歌ってぇー!」
と、大きな声援が乱れ飛ぶ。
思いがけない会場の反応に、雪見は胸が熱くなった。
『ここにいるのは健人くんのファンなのに、みんなが私の事も応援してくれてる…。
この人たちを裏切るなんて、今の私には出来ない。
健人くんとの付き合いを自ら認める事など、してはいけない…。』
自分に向けられた声援によって、図らずも進むべき方向が自分の中で確定してしまった。
雪見がプロデューサーの指示通り、ライブを締めくくる曲としてデビュー曲
『君のとなりに』をピアノで弾き語りする。
バックスクリーンには、健人と当麻も出演した雪見のPVが映し出された。
大きな翼を付け白樺林にたたずむ雪見は、まるでホワイトクリスマスに降り立った
天使のようにも見える。
♪未来は誰にもわからないけど ひとつ確かに言えるのは
君のとなりに僕がいること
緑の風に二人で吹かれて 今より遠くへ飛んで行けたら
きっとつないだ手の中に 夢のかけらが入っているはず
その幻想的な映像と、雪見が引き込む歌の世界がリンクする。
ピアノが余韻を残して静かに消えた時、誰もがこみ上げる熱い思いを押さえ切れなかった。
今までで一番大きな拍手と歓声に包まれ、雪見の瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちる。
終った…。無事に歌い終った…。
安堵感と感動。そしてこの歌を歌うたびにつのる、健人への想い。
だけど…。その想いをみんなの前では封印しようと、さっき自分で決めたばかりなのに、
苦しくて苦しくて涙が溢れる。
いろんな感情が入り乱れ、雪見はピアノの前から動けなかった。
そんな雪見を健人たち三人が取り囲み、温かな眼差しでそっと包んで優しい言葉で励ます。
「すっげー感動した!めっちゃ鳥肌立ったもん!
ゆき姉がデビューしたら、いきなりオリコン一位とか取っちゃったりして!
やっべー!俺ら負けそう!」
当麻が雪見を笑わせようと、わざと大袈裟に言ってみせる。
「私も今日から『ゆき姉』って呼ぶから!
ほんとは『お姉ちゃん』って呼んで、実の妹の振りしたいくらいなんだけど。
絶対自慢のお姉ちゃんだもん!」
みずきは雪見の背中に抱き付いて、甘えるようにペタッと頬をくっつけた。
健人はと言うと…うつむく雪見の横顔を、ただじっと眺めてる。
一言も言葉を掛けないで何かを考えてる様子の健人を、みずきと当麻が
真っ先に『おやっ?』と思った。
会場からは、泣きやまない雪見を励ますように「ゆき姉、頑張れぇーっ!」
「ゆき姉、泣かないでぇー!」と声が飛ぶ。
その時だった。
健人が意を決したように雪見の右手を掴み、突然引いたのである。
だが…。
「だめっ!」
雪見の左手が健人の腕を掴み、力一杯それを阻止した。
涙を浮かべた瞳が、キッと下から健人を睨み付ける。
そして小さく首を横に振った。
雪見には、健人が何をしようとしたのか良く解ってる。
考えに考え抜いて健人が出したであろう答えを、雪見は拒否してしまった…。
愕然とした表情の健人を、当麻とみずきも息を呑んで見つめてる。
会場を埋め尽くしたファンには、この一連の動作がピアノや当麻たちに隠れて、
見えはしなかっただろう。
相変わらず雪見を励ます声援が、あちこちから聞こえていた。
「健人くん、いいの…。私なら大丈夫だから…。」
そう言って雪見は、涙を拭いて微笑んで見せる。
それからすぐにマイクを持ってピアノの前に立ち、何事も無かったように
観客たちに最後の挨拶を始めた。
「みなさん!今日は本当に楽しい時間を、どうもありがとう!
ごめんなさいね、クリスマスの最後を涙で終ってしまって。
みなさんの声援が嬉しくて、どうしても堪えきれなかったの。
どうかこれからも、斎藤健人のファンでいてやって下さい!
健人くんファン、最高っ!またねーっ!みんなぁ!」
そう言って雪見は、笑顔で大きく手を振りながら、一番最初にステージ上から消えて行った。
打ち合わせでは健人と雪見がそろって挨拶し、一緒にステージを去る事になってたのだが、
一人で先に行ってしまった雪見に、健人は嫌な胸騒ぎを覚える。
だが、当麻たちを残して後を追いかけるわけにもいかない。
冷静さを装い、「じゃ次は当麻とみずき!」と二人に挨拶を急かす。
「ほんと、めっちゃ楽しかった!今度は全国ツアーでお会いしましょう!バイバーイ!」
「ぜんぜん関係無い私にまで声援をくれて、どうもありがとう!今日の日は一生忘れません!Happy X'mas!」
当麻とみずきも挨拶をした後、ステージを下がる。
そして一番最後に健人の挨拶。
色んな思いで言葉が詰まり、なかなか話し出すことが出来ないでいると、
会場中から「健人、頑張ってぇー!」と声が上がった。
「みんな…。俺…。」
それだけ言って絶句した健人に、何かを察知したファンから「やだぁー!」と悲鳴が上がる。
その時、雪見にキッと睨まれた時の瞳を思い出した。
『やっぱ…俺も言えないや。なんて情けないんだろ、俺って…。』
一通り感謝の気持ちを述べ、手を振り笑顔でステージを降りた後、健人は
猛ダッシュで控え室に戻った。
だがそこに、雪見の姿はすでに無かった…。