みんなの健人…
「俺たち、結婚発表したわけじゃないのに『おめでとう!』って、なんかくすぐったいね。
けど、祝福は素直に受け取っておきます!みんな、ありがとー!」
当麻が嬉しそうに会場に向かって頭を下げる。
すると寄り添うように立ってたみずきも、当麻と共に頭を下げた。
雪見の胸が瞬間、ミシリと微かに音を立てる。
二人の姿が、仲睦まじい夫婦のように目に映ってしまったのだ。
人をうらやむのは、自分が後から自己嫌悪に陥るだけ。
頭では判っているのに心が勝手に反応してしまい、雪見本体を苦しめた。
心の置き場所をまた見失った自分が、いい加減嫌になる。
二十代の頃には、こんな感情に出会った事など無かったのに…。
年齢を重ねるということは、その年代に合わせた新たな感情に出会うという、
厄介な意味合いも含まれているのだ。
隣りでは、三人が和気藹々とトークを展開している。
だが、今ひとつそれに乗っかり切れない雪見は、この気持ちを早く立て直さなきゃ…と
ある事を思い付き、三人にいきなり提案した。
「ねぇねぇ!せっかくのライブなんだから、もっと歌わない?
みんなへのクリスマスプレゼント第二弾!カラオケ大会なんてどう?」
「ええーっ!?俺たちにも歌えって言うのぉ?」
当麻が自分を指差して、提案者である雪見を見た。
「そう!だってクリスマスのライブだよ?こんなの、もう一生私は無いもん!
そう思ったら三曲なんて言わないで、もっといっぱい歌いたくなったの。
プロデューサーさんも好きにやれって言ってたんだから、やってもいいんだよね?
あそこにカラオケの機械あるから、私借りてくるっ!」
そう言って雪見は、あっという間にステージから消え去った。
自分の心をリセットするには、歌の世界に入り浸るのが手っ取り早いと思い付いたのだ。
残された三人は呆気にとられてる。
いや、三人ばかりではない。プロデューサーを始めステージスタッフ全員が、
このいきなりの展開に慌ててた。
「好きにやれって、そんな意味で言ったんじゃないと思うんだけど…。」
健人が気の毒そうに、プロデューサーの気持ちを代弁したが、会場中は
思わぬサプライズ第二弾に大喜び!
もうやらざるを得ない盛り上がりに、みんなが観念して準備を急ぎ、その間を
健人たちがトークで繋いだ。
「いや、いっつもゆき姉の思い付きにはビックリさせられるわ!
しかも思い付くだけじゃなくて、それをすぐ実行に移しちゃうとこが凄い!」
「ゆき姉と俺は、やっぱタイプが一緒!思い付いて即行動しちゃうタイプ。
けど健人はまったく違うよね。じっくり考えてからじゃないと行動しない。」
「そうだね。衝動的に何かをするって事はまずないな。
だから当麻やゆき姉にしょっちゅう驚いてる。おいおい、そう来るか?!って。」
「それって、呆れてるって意味?」
みずきが口を挟んで健人に聞いてみる。
「うーん、ノーコメントと言うことで。」
健人の返事に会場が沸いたところで雪見も戻り、カラオケの準備が完了。
「よしっ!じゃあカラオケ大会を始めますかっ!」
当麻がやたら乗り気で張り切ってる。
がプロデューサーらは、時間がかなり押しそうな気配で、気が気ではなかった。
「ねぇ!ただのカラオケじゃつまんないから、テーマを決めて歌おうよ!
折角クリスマスなんだから、クリスマスにちなんだ歌かラブソングってのはどう?
ってことで、私が最初に歌いたい!BoAさんの『メリクリ』!」
雪見は早いもん勝ち!と、さっさとマイクを握り直す。
大歓声の中で歌い出すと、また一瞬で会場中が静まり返り、雪見と共に
歌の世界へとスリップした。
健人ら三人も、雪見の歌には聴き惚れるしかない。
本職はカメラマンだとか健人の彼女であるとか、そんなことは一切頭の中から消え失せて、
純粋に大好きなアーティストのライブに、三人で来てる気分だった。
歓喜の声と拍手の嵐で雪見は我に返る。
自分の心にそっと耳を澄ますと、さっきまでのノイズは消えていてホッとした。
「気持ちいいっ!カラオケボックスで歌うのとは訳違うねっ!
こんな大勢のお客さんを前にして歌えるなんて、本物のアーティストになったみたい!」
やっと元気を取り戻した雪見が、明るい笑顔でそう言う。
「あのねっ、お忘れかも知れないから確認するけど、一応あと十日ほどで
俺たち本物のアーティストの仲間入りするって、ゆき姉覚えてる?」
当麻の突っ込みにみんなで大笑いした後、会場からの盛大なSJコールに答えて、
健人と当麻が初めてファンの前で、デビュー曲を披露することになった。
「ほんとはラストに歌おうと思ってたけど、まっいいよね。
えー皆さん!俺たちがデビュー出来ることになったのも、日頃応援してくださってる
皆さんのお陰です!本当に有り難うございます!」
健人が頭を下げると、ファンは大きな拍手と歓声で答えてくれる。
「俳優業との両立はなかなか大変だとは思うけど、どっちも全力投球で
精一杯ぶつかりたいと思うので、これからも応援よろしくー!」
当麻が両手を上げて大きく振ると、会場は黄色い声援に包まれ一気にボルテージが上がった。
みずきが、初めて目にするSJの歌とダンスに見とれてる。
それは雪見も同じなのだが、見てる視点が違ってた。
純粋に『当麻って、やっぱりカッコイイ!』と思いながら見つめてるであろうみずき。
反対に、歌がよく聞き取れないほどの熱狂的な大声援につつまれた健人を、
『やっぱりこの人は、私一人のものではないんだ…。』と、少し冷めた見方をした雪見。
この時覚えたこの感情は、今までも何度となく出会い、その都度どうにかしてきた。
だが悲しいかな今回はどうやっても流れて行ってはくれず、心の中に沈殿しては
こぶのように徐々に大きく育っていった。
その日を境に、足が一歩ずつ出口に向かって無意識に歩き出している。
それにまだ雪見は気付かないでいた。