嬉しい応援団
「斎藤健人さん、到着しましたっ!」
会場スタッフが大声で告げながら、健人を控え室まで誘導してきた。
雪見は『笑顔、笑顔!』と自分に言い聞かせ、ドキドキしながらそのドアが開くのを待つ。
ガチャッ!「あ!健人くん、お疲れ様っ!」
今野に言われた通り、笑顔で言ったつもりだった。精一杯普通を装ったつもりだった。
なのに…。
健人を目にした途端緊張の糸が切れ、みるみる視界がぼやけて涙が溢れそうになる。
「ゆき姉!大丈夫だった!?マスコミに囲まれたのっ?」
健人が駆け寄り、半ベソかいてる雪見を心配顔で見つめた。
「ううん、大丈夫。ごめん、健人くんの顔見て安心しただけ。
良かった…。来れなかったらどうしようかと思った…。」ホッとしたら、やっぱり涙が溢れてしまった。
「来ないわけないじゃん!なに泣いてんの。
これからファンのみんなとクリスマスパーティーすんだから、笑ってなきゃダメだよ!」
健人は、ワイドショーの件を知ってるにもかかわらず、その話には一切触れないで
雪見を励ますように、背中をトントンと優しく叩く。
しかも口調はいつもより明るくて、ライブが楽しみで興奮してるとさえ言った。
そんなこと…勿論嘘だし芝居に決まってた。
だけど雪見にはよくわかる。ギリギリ追い込まれた健人の、精一杯の思いが…。
今やらなきゃいけないことは、これから二人のためだけに集まってくれる
三千五百人ものファンのクリスマスを、大切な思い出にしてあげる事。
そして不安に怯える雪見を救うには、それだけに意識を集中させるのが
今できる最善の方法だと言う事を。
本当は健人だって、不安と迷いで頭と心がぐちゃぐちゃなはずなんだ。
なのに、このライブを成功させるために奔走してくれてる、大勢のスタッフのために、
ライブ以外の私的事情は心の隅に追いやって、必死で自分を奮い立たせているのが
痛いほど雪見には伝わってきた。
『健人をささえなきゃ!たった一人で、すべてを背負っている健人を助けなきゃ!』
今野の言葉を思い出す。
『誰よりも健人を強く思う奴。それがお前だろっ?』
そう、それが私なんだ!
それを思い出したら、なんだかスイッチが切り替わった。
「よしっ!じゃあ、飛びっきりのクリスマスにしないとねっ!
今野さん、あと開場までどれくらい?」
いきなり人が変ったように明るく聞いた雪見に、今野が慌てて時計を見る。
「あ、あぁ。あと開場まで一時間くらいはある。」
「そう!じゃ、着替える前にリハーサルして来たいんだけど、いい?」
「もちろん!よし、健人も行くぞっ!」
「ちょ、ちょっと待ってぇ〜!」
ステージ上で一通り本番の流れを確認し合い、雪見はさっそくグランドピアノの前に座る。
それぞれが忙しそうに立ち位置を指示したり、音響テストを繰り返す中
雪見がデビュー曲を歌い出すと、それまで騒然としていたスタッフたちが
手を止め口を閉じ、雪見の歌声に聴き惚れた。
「あー良かったぁ!すごく弾きやすいピアノで。これなら何とかなりそうだ!」
雪見が笑顔で振り返り、打ち合わせ中の健人と今野を見たので二人はホッとする。
と突然、ステージ横から拍手が聞こえた。
「いやぁ、いつ聞いてもゆき姉の歌は感動的だねぇ!」
そう言いながら出て来たのは、なんと当麻とみずきであった!
「うそっ!?どしたの、二人ともっ!」
健人が驚きの声を上げて、笑顔で当麻と握手を交わす。
雪見はキャーキャー言いながら、みずきと手を取り合って大喜びしてた。
「ほいっ!これ陣中見舞い!腹が減っては戦は出来ぬ!だろっ?」
当麻がずっしりと重たい大きな箱を、健人に突き出した。
「やった!俺の好きなプリンだろ?さーっすが当麻くん!早くリハ終らせて、
楽屋戻って食おう!あ、ライブは見て行けるの?この後仕事?」
「いや、もう今日はこのあとオフ!俺たちの初めてのクリスマスデートを、
君たち二人に捧げるんだよっ!?
最高の歌を聴かせてくれないと、デートが台無しだから!」
当麻がにやりと笑って健人と雪見を見る。
「いいよっ!任せといて!私が今までで一番の歌を、二人にプレゼントするから。
みずきさん、ありがとねっ!私なんだか凄くワクワクしてきた!
絶対にいいライブにしてみせる。応援しててねっ!」
雪見にはよくわかっていた。
当麻とみずきが、二人を心配して駆けつけてくれたことを。
二人の大事な親友のために、三千五百人のファンのために、今自分がやるべき事はただひとつ。
三曲の歌を心を込めて歌うこと。
そう心が決まったら、それ以外の感情はスッと周りから消え去った。
「よしっ、これで一通りはリハが終ったな?あとは二人に任せるから、
好きなようにやっていいよ。」
ライブを取り仕切るプロデューサーが、健人と雪見に小さくウインクした。
「じゃ、開場十分前だ!控え室に戻って準備しろっ!」
今野の言葉に当麻やみずきと共に楽屋へ戻り、衣装に着替えてヘアメイクも終らせる。
あとはなるべく緊張しないように、四人でプリンを食べながらおしゃべりしたり、
楽屋風景を写メして健人のブログにアップしたりして、本番の呼び出しが来るのを待つ。
開演十五分前。
「斎藤さん、浅香さん!ステージ横に移動お願いしますっ!」
スタッフが呼びに来て、いよいよその時がやって来た!
「あーっ!やっぱり緊張するーっ!」
雪見が長い通路を歩きながら、胸を押さえて深呼吸する。
が、そんなことではドキドキはおさまらない。
ステージ横まで付いてきたみずきも、雪見の緊張しきった顔を心配そうにのぞき込み、
冷たくなった手を両手で握り温めた。
見かねた当麻が良いことを思いつく。
「健人!いつものあれ、やろう!」
「あぁ、あれねっ!よし!みんな輪になって手をつないで!」
それは雪見が初めてのグラビア撮影の時、緊張を静めるおまじないだと言って健人が教えてくれた、
おかしなおかしな儀式だった。
「これが終ったら、何が食べたい?」
当麻の掛け声に、みずきがけげんそうな顔をして「なに、それっ?」と
突っ込みを入れてしまう。
「シーッ!みずき、ダメっ!余計な事は言わないで、俺の言葉を繰り返すのっ!じゃ、も一回!
これが終ったら、何が食べたい?」
「これが終ったら、何が食べたい?」
不思議なおまじないが終った時、雪見がクスクス笑い出した。
「あの時もわからんちんだったけど、やっぱりわからんちんなおまじないだぁ!
けど、元気が出て来たかなっ?よし、頑張るねっ!」
そう言ってみんなに笑顔を見せた。
きっと素敵なクリスマスになることを、心に描いて…。