ドキドキ記者会見
「すっげ、かっこいい…。仕事の出来る一流カメラマンって感じ…。」
健人の前に現れた雪見は、真っ白な細身のシャツに茶色の細身のワークパンツ、
モスグリーンのダウンベストに、こげ茶のワークブーツを履いている。
服装のメンズっぽさに反して、長い髪はダウンスタイルでカールされ、
大きめの黒縁眼鏡をかけていた。
「コンタクト入れてるからだて眼鏡だけど、ヘアスタイルとメイクの女っぽさを
眼鏡が中和してくれてるでしょ?それに目の下の隈も誤魔化せるし。
それにしても雪見ちゃん、忙し過ぎなんじゃない?今まで隈なんて出来てた事ないもの。」
牧田が心配げに雪見の顔を覗き込む。
「うーん、忙しいのは忙しいんだけど、私の場合緊張で何時間も眠れないのが原因かな。
宇都宮さんのお葬式前から、それがずっと続いてるから…。
この先もしばらく続きそう。この眼鏡凄く気に入ったから、買い取りさせてもらえる?」
「じゃ、クリスマスプレゼントにあげるよ。これからデビューしたらもっと人気が出て、
変装用の眼鏡が必要になるでしょ?それに健人くんの私物の眼鏡とお揃いっぽいし。」
「ほんとに?やった!ありがとう、牧田さん!
なんかね、きちんとメイクして衣装を着ると、落ち着くってことが最近わかった。
その人になりきれて堂々としてくるの。今日も気分だけは一流カメラマンになった!」
先ほどまでの緊張しきった顔はどこへやら、余裕の表情さえ浮かべてる。
そこへドアをノックして、編集長の吉川とカメラマンの阿部が入って来た。
「よっ!いよいよ発売だな。おめでとう!外に並んでる客の列、見たか!?
すげぇ事になってるぞ!ここは記者会見もするから特別だろうけど、
他の店も何店か回って見たが、かなり並んでた。
ライブチケット三千五百枚なんか、あっという間に無くなる。」
「えぇーっ!?ミニライブって、そんな人数入れるんですかぁ?」
雪見も健人も人数を知らされてなかったので、メチャクチャ驚いた。
「全然ミニじゃないっ!ふつーのコンサートでしょ!ヤバっ!心臓がぁ!」
健人が胸を押さえてる。
「やだ、どうしよう!今日も絶対眠れない!
もう記者会見なんて、どうって事なく思えてきちゃった。」
そこへ書店のスタッフが二人を呼びに来た。
「もうそろそろお時間ですので、一階の会見場へお願いします!」
「よし行ってこいっ!この会見次第で、予約以外の売り上げが変ってくるからなっ!」
吉川が檄を飛ばすが、それがまた雪見の緊張感を引き戻してしまった。
「編集長、ダメですって!せっかく雪見ちゃん、いい感じだったのにぃ!」
会場を盛り上げる演出として、エレベーターで一気に下りるのではなく、
エスカレーターで徐々に姿を現す事になっていた。
会見場は一階下りエスカレーター降りてすぐ横の、広い円形エントランス。
すでに報道陣は所定の位置に並び、その後方には客が何重にも重なって、
ぎっしりと入っているそう。
先に写真集を買いに走ってライブのチケットを手に入れるか、会見を見るかは悩むところだ。
五階から、二人は並んでエスカレーターに乗る。
前方には書店の偉い人やスタッフ、二人の前後を今野と及川両マネージャーが
護衛をする形で挟み込み、その後ろに吉川や阿部が続いた。
まだ開店前なので、一般客は乗ってはいない。
「あー、やだぁ!ドキドキが止まらない!とちったらごめんね!」
雪見が健人の顔を見て、先に謝った。
「大丈夫!いつも通りやれば上手くいくから。俺がついてるって!」
そう言いながら健人は、雪見の左手をギュッと握った。
雪見はそれでハッと気付き、慌てて指輪を左の薬指から右手の薬指に移し替える。
健人は普段仕事中は指輪を外してるが、今日は二人にとって特別な日なので、
家にいる時と同じように左手の人差し指にはめていた。
徐々に一階が近づいてくる。
吹抜けになったホールなので、すでに二人の姿がチラチラ見えてるらしく、
時折キャーッと言う声が響く。
いよいよ二階を通過し、ファンや報道陣の前に姿を現す時が来た!
「ゆき姉、笑顔でみんなに手を振ろう!」 「うん!」
キャァーーッ!!健人ぉーっ!ゆきねぇーっ!
ファンの姿が見えた瞬間、耳をつんざく黄色い悲鳴が吹き抜けの大きなホールに反響し、
雪見はビックリして顔が引きつった。
しかも「ゆきねぇ!」と叫んでくれてる人が大勢いる。
「みんな、私の事も知っててくれてるんだ…。」
「もちろん!だって俺のブログにゆき姉、しょっちゅう登場するもん!
ほら、手を振って!」
健人と雪見がファンに向かって笑顔で手を振ると、ボルテージは最高潮に達した。
スッとエスカレーターを降り、報道陣に頭を下げながら一段高いステージへと上がる。
ファンの悲鳴と共に、もの凄い数のフラッシュが一斉にたかれ、雪見は目が眩んでしまった。
司会者が健人と雪見にマイクを渡し、今日発売の写真集の紹介をする。
それから二人にインタビューを始めた。
「いかがですか?ここに集まられた、大勢のファンをご覧になって。」
「もう、ビックリしました!まさかこんなに集まっていただけるとは!」
「浅香さんはいかがです?」
「はい、私もびっくりしてしまって、今足が震えている最中です。」
それから司会者の質問に色々答える時間が続く。
「斎藤さん、今回の写真集の見所はどんなところでしょう?」
「うーん、全部が見所なんですけど、特に今回はカメラマンが親戚であるゆき姉だったので、
すべて百%、素の斎藤健人で埋め尽くされてるところかな?」
「浅香さんのお薦めページを、チラッとカメラの前で見せていただけますか?」
「えーっ!お薦めページですかぁ?どこだろ?全部お薦めなんだけど…。
じゃ、お薦めその1は、このページにしちゃおかな?
当麻くんとのツーショットです!結構この二人が出てくるページも多いので、
当麻くんファンにも是非一度見てもらいたいです!
当麻くんもこれ、素の顔ばっかだよね?」
雪見が健人と二人でカメラに見えないように、パラパラとページをめくる。
「あとは見てのお楽しみと言うことで…。
今日はクリスマスイブなんで、プレゼントにも最適な内容になってます。
是非、お近くの書店でお求め下さい!」
「あら!うまくまとめて頂いてありがとうございます!
では、今日発売の斎藤健人写真集から、カメラマンの浅香雪見さんと、
斎藤健人さんでしたぁ!ありがとうございましたっ!」
「ありがとうございましたー!!」