いよいよ発売!
「ねぇ。なんかあの二人、めちゃめちゃ幸せそうだったね。
見てる私まで、幸せのお裾分けをもらった気分…。」
午前二時のタクシーの中。
酔った雪見が健人の肩に頭を乗せ、目を閉じてゆっくりとした口調でそう言った。
一日の締めくくりをいい言葉で終らないと、眠れそうにもなかったから…。
あれから雪見は、久しぶりにかなりの量の酒を飲んだ。
酒を飲まずして、当麻とみずきの結婚話をまともには聞けなかったと言うのが正解か。
当麻も親友に話せたことで、胸の中がすっきりしたのだろう。
酒を飲むほどに口が滑らかになり、まぁのろける、のろける!
雪見が当麻に初めて出会った時、当麻は失恋したばかりだった。
それから今まで、小さな恋はしてきても恋愛にまでは至らなかったので
今回実った大きな恋は、嬉しくてはしゃいで当然だろうと思う。
ずっと当麻の恋を応援してきた雪見も、心から「当麻くん、良かったねっ!」
と言ってあげられる。
だが…。結婚という二文字が出てきた途端、その気持ちが正反対に転がった。
別に、好きだった人が自分とは違う人を選んで結婚してしまう、だとか
そんな話ではまったくない。
なのに、弟や妹のように可愛がる大好きな二人の幸せを、素直に喜んであげられない
自分がここにいて、それがどうしようもなく悲しくて辛かった。
自分たちと比べちゃいけないと、充分わかってたはずなのに…。
それから雪見は、そんな気持ちを遠ざけるように仕事をがむしゃらにこなし、
とうとう健人の写真集発売日当日、クリスマスイヴの朝を迎えた。
案の定、緊張と興奮で三時間ほどしか眠れなかった雪見は、まだ夜も明けないうちに
そっとベッドを抜け出し、ごそごそと納戸の中からクリスマスツリーの箱を取り出す。
いつもの年なら十二月前からツリーやドアリースを飾りつけ、部屋の中をクリスマスの
インテリアに模様替えするのだが、今年に限ってはそんな暇など一つもなかった。
どうせ猫たちに飛び付かれ倒される運命のツリーなのだが、それでも子供の頃からの習慣で、
これを飾らずしてクリスマスはやってこない気がして、せっせと一人で
オーナメントをぶら下げる。
「できたっ!何とか間に合った…。あとは玄関周りを飾って今年は良しとしよう。
あ!肝心のプレゼント、プレゼントっ!」
子供の頃おばあちゃんに連れられて、たった一度だけ健人の家でクリスマスパーティーを
やったことがある。あれは何歳の時だったか。
その時以来、初めて一緒に迎えるクリスマス。
本当は家でご馳走をいーっぱい作り、二人でシャンパンを開け語り明かしながら、
十二時を回った頃に「はいっ!プレゼントっ!」と渡したかったのだが
今日の夜も明日の夜も、出版記念の打ち上げやらミニライブの打ち上げやらが入ってて、
二人きりのクリスマスパーティーは今年はおあずけだ。
「うーん、どのタイミングで渡そうか…。」
ここ一週間、空いてる時間すべてをプレゼント探しに費やして選んだ、大事なプレゼント。
健人は喜んでくれるだろうか…。
「おはよっ!いよいよ今日だね。いい天気で良かった!
あれっ、クリスマスツリーじゃん!なんで横になってんの?」
雪見が朝食の支度でキッチンに入ってると、健人がどうやら起きてきたようだ。
「あ、おはよっ!あぁ、ツリーね。もう倒しちゃった?
もちろんラッキーたちの仕業に決まってんでしょ!今、朝ご飯出来るから。」
カフェオレとピザトースト、ベーコンエッグに野菜サラダの朝食を、
雪見はため息をつきながら食べている。
「ねぇ、朝ご飯食いながらため息はやめてくれる?
今日なんて、そんなに緊張することないから!ただの出版会見だけだよ?
ちょっとの時間テレビカメラの前に立って、写真集の事話すだけでしょーが。
しかも俺と一緒なのに。」
ピザトーストを頬張りながら、健人がなんの緊張感もなくサラッと流す。
「そりゃ健人くんは今まで何回も、同じ経験してるかもしれないけど、
私にとっては初めての事なのっ!
猫の写真集出したって、そんなことしないもん!
はぁぁ…、だめだ。ぜんぜん喉を通らないや。私の分もあげる。」
「そんなに食えねーよっ!」
午前九時。今野の車に揃って乗り、会見の行なわれる書店に到着。
地下駐車場に降り立ち、二人顔を見合わせた。
そこは『秘密の猫かふぇ』が入る本屋のビルだったのである。
「こんな偶然って、あり?」
会見は書店の開店時刻、十時ちょうどに一階のエントランスで行なわれる。
今回、握手会やハイタッチ会は行なわれないが、予約客には明日のミニライブ招待券が渡され、
しかも会見の様子を遠巻きながらも見れるとあって、すでに外には寒空の下、
ビルの周りをぐるりと取り囲むように予約客が並んでいた。
五階にある応接室がついたてで区切られ、二人の控え室になっている。
『ヴィーナス』から進藤と牧田が駆けつけ、二人のメイクと衣装を担当した。
「おめでとう!やっと今日だね。なんかこのプロジェクトに参加してから、
もう随分経った気がする。
あ、もう少ししたら吉川編集長と阿部ちゃんも来るから。」
雪見にメイクをしながら進藤が、後ろから声をかける。
「はぁぁ…。もう心臓がちぎれそう。どうしよう、倒れるかもしれない…。」
「大丈夫!毎回そう言って、一度も倒れたことなんてないでしょっ!
健人くんが隣りにいるんだから、倒れたって支えてくれるよ!」
進藤が雪見の肩を揉みほぐしながらそう言うと、ついたての向こう側で
健人の着替えを手伝う牧田が、雪見に聞こえるように言う。
「雪見ちゃーん!健人くんがねぇ、そんなとっさには支えきれねーよ!
だってぇ!
しっかり自分で立ってないと、ダメみたいだよぉ!」
そう言いながらケラケラと笑っている。
「いいもーん!助けてくんないならクリスマスプレゼント、あーげないっ!」
着替えてメイクも完了した雪見が、ついたての向こうから姿を健人の前に現した。
「じゃーん!どうだっ!」
そこに立つ今日の雪見は、進藤と牧田の作り上げた最高傑作であった。