翔平くん、またねっ!
翔平との仕事開始から一週間。
写真集の撮影も、三日間密着プラスアルファでなんとか撮り終え、その後翔平も交えて
写真を選考、この先の作業は編集者にバトンタッチすることにした。
本来ならば最後まで関わりたい性格の雪見だが、どうやっても今の忙しい状況では
無理という事務所の判断で、翔平の事務所にもご理解頂いた。
「ごめんね、翔平くん。私、翔平くんの写真集だけは、最後の最後まで
一緒に作り上げたかったんだけど…。短い間だったけど、凄く楽しかった。
翔平くんのお陰で、人間を写す面白さに目覚めたよ。ありがとねっ!」
「俺もめっちゃ楽しかった!なんかね、初めて会った時から初対面って感じしなかったな。
なんつーか、離ればなれになってた姉さんと再会した!みたいな…。
あ!それは俺の感覚だよ!健人はまた別だからね。」
「わかってるって!私も弟みたいだなぁーって思ったし。
後半はクレヨンしんちゃんぐらいまで、年下の弟になっちゃったけど。
あ、わかった!だから写すの面白いって感じたんだ!ちょろちょろしてるから!
動いてる猫を、追いかけて撮るのと同じ感覚だったんだ!」
「おーいっ!俺は猫並みだってこと!?それ、ひどくね?」
「あれ?私にとっては最大の賛辞のつもりなんだけど。
猫は私のライフワークだもん!翔平くんも、また写してみたいって思わされた。」
「ほんとに!?じゃ、いつかまた必ず写して!
それまでに俺、もっともっといい男になっておくから!」
「そうだね。わかった!またいつか写させてもらうよ。
その時まで私も、もっともっと腕を磨いておかなきゃね!楽しみにしてる。じゃ、またねっ!」
そう言って最後に握手を交わし、別れを告げた。
その後翔平の写真集は、健人の写真集と共に驚異的な売り上げを記録し、
雪見のカメラマンとしての名声を、確実なものとするのに一役買うことになる。
翔平の写真集以降、雪見は仕事を主にグラビア撮影に絞って受けていた。
なんとか最初の仕事は乗り切ったものの、クリスマスに行なわれるミニライブや
コンサートツアーの準備など、歌の仕事も多忙を極める状況での写真集撮影は、
拘束時間の長さゆえに件数をこなす事もできず、無理だと理解したからだ。
その日も四件のアイドルや女優のグラビア撮影と、自分への取材や撮影をこなし、
夜八時にライブのリハーサルで事務所のスタジオを訪れた時には、すでに
雪見は疲労困憊していた。
「まずいっ!バッテリー切れだぁ!」
スタジオに重い身体を押し込みドアを閉めた時点で、その日のエネルギーは使い果たした。
床にへたっと座ったまま、しばらくは動くこともままならない。
すかさず今野が、栄養ドリンクとバナナを差し出した。
「健人が到着するまで、これを食べてそこに横になってろ!」
今野が毛布まで持ってきてくれる。
「ありがとう、今野さん。体力ないなぁ、私って。
クリスマスの写真集限定ライブまで、あと十日しか無いのにね。
本当に大丈夫なのかな、こんなんで…。」
バナナをもそもそ食べながら、雪見は膝の上に視線を落とした。
「なに今頃弱気になってんだよ!すべては健人の写真集のために、今まで
やってきたんだろ?これからが大事な勝負なんじゃないか!
それにお前が言い出した事だろーが!カメラマンの仕事と必ず両立させます!って。
最初の勢いはどこいった!?」
こんな時、いつも今野はくじけそうな心を奮い立たせてくれる。
健人くんも今までずっと、この励ましに支えられて来たんだよね。
「そうだった…。私、健人くんの写真集のためならって、ライブも引き受けたんだった…。
この限定ライブを楽しみに写真集を予約してくれたお客さんも、大勢いるんですよね…。
ばっかだなぁ、私!すっかり忘れてた。よしっ!健人くんが来るまで声出しとこっ!」
栄養ドリンクとバナナで、取りあえずのエネルギーはチャージ完了!
雪見は気合いを入れ直し、気持ちも新たに歌い出す。
当日歌う予定の三曲を一通り歌い終わった頃、健人が最後の取材を終えスタジオに駆けつけた。
「お待たせー!でもちょっとだけ、タイムもらってもいい?腹減って力が出ない。」
そう言うと、マネージャーの及川が差し出したハンバーガーを、コーラと共に
大急ぎで流し込む。
「いいよ、そんなに慌てなくても。健人くんも今日はこれがラストでしょ?
めいっぱいリハーサルして、帰りになんかスタミナつく物でも食べに行こっか?」
雪見が笑いながら言った。健人の顔を見た途端、元気が出てきた自分が可笑しくて…。
「やった!ゆき姉のおごりだ!」
「えーっ!一言もおごるとは言ってませんからっ!」
それから二人は精力的にリハーサルを繰り返し、なんとか当日の全体像をつかんで
あとは本番当日を迎えることとした。
「なんかまだ不安が残るけど仕方ないよね。あとはトークでカバーしよう。
この先はお互いもっと忙しくなるし、本格的にツアーのリハーサルが入ってくるし…。
ね、覚えてた?当麻のラジオで録ったCDも、クリスマスに出るって。」
「あ!そう言えばそうだった!なんかもうずっと昔の話みたいな気がするね。
33年間生きてきて、この年末年始が一番忙しい!
よし!風邪引いちゃ困るから、免疫力アップする美味しい物食べに行こう!」
時計の針は11時過ぎを指している。
健人と雪見がスタジオを出ようとバッグを手にしたその時、健人のケータイが鳴った。
「あ、当麻からだ。もしもし?よっ、お疲れ!
なに?今?ライブのリハーサル終って、ゆき姉とご飯行くとこ。
え?『どんべい』にいんの?うーん、ちょっと待って。
当麻が『どんべい』に来れないか、だって。どうする?」
健人が当麻の言葉を雪見に伝えてきた。
「来れないかって、なんかあったの?当麻くん。珍しくない?」
雪見が心配そうな顔で健人を見る。
「いや、別に深刻そうな声でもないんだけど…。
あそこに免疫力アップするメニューって、あったっけ?」
取りあえず二人は行き先を、当麻の待つ『どんべい』へと決めてタクシーに飛び乗った。