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優しい説教

ふあぁぁっ。仕事の初っぱなからあくびが出て、雪見は慌てて口を押さえる。

健人の実家から帰って来て、ベッドでは三時間しか寝ていない。


「ずいぶんと眠そうじゃん!おはよっ!俺の専属カメラマンさん!」

翔平が笑いながら現場にやって来た。


「お、おはようございます!今日もよろしくお願いします!」

大きなあくびを目撃されて、バツ悪そうに雪見が頭を下げる。


写真集撮影二日目。最初の翔平の仕事は、雑誌のインタビューとグラビア撮影。

朝八時。都内の下町にある小さくて絵になるカフェを、十時の開店時間まで借りての撮影だ。


若くて可愛い女店主が、取材陣全員にお店自慢のカフェラテを振る舞ってくれる。

店いっぱいに広がる芳しい香りと、翔平が注文したワッフルの焼ける甘くて香ばしい香りが、

まだ眠っていた細胞を優しく揺り起こしてくれた。


「あのぅ。私もワッフル注文してもいいですか?すっごく美味しそうな匂いで

お腹空いちゃって。でも、まだ開店前なんですよねぇ…。」

翔平のインタビューが終るまで、お店のカウンター席で待機している雪見が、

カフェラテを口にしながら、女店主に遠慮ぎみに聞いてみる。


「いいですよ!ワッフルも私の自慢なんです。召し上がって頂けたら嬉しいです!

あの…雪見さん…ですよね?健人くんの親戚の…。」


「えっ?あ、はい、そうですけど…。私の事、知ってます?」

思わぬところで見知らぬ人に声を掛けられると、まだまだびっくりしてしまう。

最近マスコミに露出する機会が段々と増えてきたので、少しずつではあるが

街で声を掛けられる事も多くなってきた。


「さっき翔平くんが『ゆき姉!』って呼んでたから、すぐ判りました!

私、健人くんファンなんです!今朝も健人くんのブログで、雪見さんを見たばかりだったし。」

嬉しくなっちゃったのだろう。インタビュー中はお静かに!と注意を受けていたのだが、

思わずはしゃいでしまい、皆の目が一斉にジロリ。


「ごめんなさーい!」

可愛い彼女が頬を染めて小声で謝り、「ワッフル焼きますねっ。」と雪見に苦笑いをした。


25、6ぐらいに見える彼女が、こんな素敵なカフェのオーナーだなんて偉いなぁと、

色々話を聞いてみたくなる。

「ねぇ、このお店って借りてるの?」内緒話のように雪見がヒソヒソ聞いてみた。


「いいえ。ここは元々、亡くなった私のおばあちゃんちだったんです。

古いから取り壊すって母が言ってたのを、偶然私が聞きつけて。

壊すぐらいなら私に頂戴!って、無理矢理譲ってもらったんです。

私、このおばあちゃんちが大好きだったから。ほら、昭和の懐かしい感じがするでしょ?

それで、一人でカフェを切り盛りするのに丁度良い大きさだけを改装して、

大学卒業と同時にオープンしました。親に相当借金もしましたけどねっ。

はい、どうぞ!美味しそうに焼けましたよ。あ、コーヒーのおかわりもどうぞ。」


「そうなのっ?若いのにすっごいねぇ!うっわー、いい匂い!

いただきまーす!うーん、めっちゃ美味しい!」


「ほんとですか?嬉しいっ!ゆき姉に食べてもらえるなんて!」

彼女は本当に嬉しそうに頬を紅潮させた。


「でも偉いね!おばあちゃんもきっと喜んでるでしょう。」


「健人くんも偉いですよね!月命日にわざわざタクシーに乗って、実家まで

お線香上げに行くんだから!今朝のブログで見ました。プリンちゃん抱いてる雪見さんも。」


「えっ!?そんな写真アップしたの?健人くん!」

ひそひそ話のつもりが、今度は雪見の声が大きくなってしまった。


「月命日だって?」 「翔平くん!!」

いつの間にか隣りに翔平が座ってる。

しまった!昨日の夜は、ばあちゃんが倒れたと言って、飲み会を飛び出したんだった!


「あっちの仕事、終ったけど。ここでゆき姉も撮るんでしょ?

なに?すっげー顔して驚いてる!あぁ、昨日の事ね!

俺知ってたもん、健人のばあちゃん死んでるの。だって四月のドラマで

健人と一緒だったんだよ?

あいつ、ばあちゃん死んだ時、葬式出るのに一日撮影休んだから覚えてる。

それ、一口ちょーだい!」

翔平は雪見の食べかけのワッフルを、手でつまんで口に頬張った。


「あの、これもし良かったら、みなさんで召し上がって下さい!

ご迷惑かけちゃったから…。」

女店主が申し訳なさそうに、人数分焼いたワッフルを、コーヒーサーバーと共に

テーブルに乗せた。

取材陣らは「おっ、美味そう!じゃ、遠慮なく頂きます!」と手を伸ばす。


「翔平くん!ドラマ遅れると困るから、私も早く写しちゃうねっ!

あのー!お店の前で撮らせてもらってもいいですか?

いいって!ほら早く、外に出て!」

雪見は翔平を追い立てるようにして、店の外へと連れ出した。


「なに慌ててんの?俺、昨日の飲み会でも、一言も健人のばあちゃんの話、

してないから安心しなよ。っつーか、そんなに俺って口軽そうに見える?」

翔平がじーっと雪見の目を見て聞いた。


「見えなくもない…。」


「見る目、ねーなぁ!でも安心した。健人も結構やるじゃん!昨日の健人は男らしかったよ。

ちょっと見直した。彼女を監督からさらって逃げるなんてねっ!」


「うそっ!?知ってたのっ?私達のこと…。」


「知らないでちょっかい出してると思ってた?

あ!まさか俺がモーション掛けてるとでも?ないない !

ゆき姉は最初っから、姉貴みたいだなって思ってたもん。俺、姉さん欲しかったから。」


「だよね…。健人くんや翔平くんの年から見たら、やっぱ私はお姉さんだよね…。」

雪見がそう言いながら、カメラのファインダーを覗く。


「ゆき姉。そうやって思うの、良くないよ。人の価値観なんて人それぞれだろ?

俺は姉貴みたいに思っても、健人にとっては彼女にしか見えないんだから。

ゆき姉が、自分で自分の見方を一つに決めちゃったら、それは健人が可哀想だ。」

思わずカメラを下ろし、雪見はマジマジと翔平の顔を見た。


「ふふっ…。まさか翔平くんに説教されるとは、思ってもいなかったな…。

そうだね…。翔平くんの言う通りかも知れない。人は人。健人くんは健人くんだよね。

何も当麻くんと比べることはないんだ…。」


「うっそーっ!?当麻&みずきと比べてたわけぇ?そりゃないわ!

当麻と健人はいい勝負にしても、みずきと自分を比べる、そのずーずーしさ!さすが三十代っ!」


「ちょっとっ!言ったそばから三十代を偏見の目で見るの、やめてくれるっ?」


下町の路地裏に賑やかな笑い声が響き、今日も一日がスタートした。


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