表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
241/443

大人になりたい…

「…だよなぁ健人!おいっ、健人っ?

お前、人の話を聞いてないだろっ!なに、ぼけーっとしてんだよ!

ははーん、さては好きな女の事でも考えてただろー!」


酒好きな監督は、話し好きでもあった。

次から次へと機関銃のように繰り出される話はユーモア溢れ、ためになる話ばかりなのだが、

隣りに座らされた雪見も健人の様子が気になり、話の半分も頭に入っては来なかった。


そこに翔平が、グラスを持ってやって来る。

「監督ぅ!俺も入れて!」


「なんだよっ!せっかく雪見ちゃんと仲良く話してんのに、割って入るなよっ!」

笑いながら監督は、雪見と自分の間に翔平を入れてやった。


「なに、監督。ずいぶんゆき姉が気に入ったみたいだけど。

若いコもそっちに大勢いるのにね。」


「お前は、ほんっとーに失礼な奴だなっ!

女はね、ただ若けりゃいいってもんじゃないんだよっ!

酒が付き合えるだけ飲める!気配りができる!聞き上手!大人な会話が楽しめる!

でもってプロフェッショナル!

いい女の条件を雪見ちゃん並みに揃えてる奴が、その若い連中ん中にはいるかぁ?」


「監督。それって前に飲んだ時に聞いた、銀座の一流ホステスさんの条件と

同じじゃないっすか!

って事はですよ?ゆき姉も銀座に転職すれば即、一流になれるって事だ!すっげー!」


「どーしてお前はいっつも俺を、おとしめるんだよっ!

いいからあっちで、大人しく飲んでなさいっ!」


監督にシッシッ!と追い払われた翔平は、立ち上がると向かいに座ってた健人の腕を掴み、

「若者同士、あっちで飲もう!」と店の隅のテーブルに健人を連れ出した。



「ゆき姉を連れて来たのはいいけど、すっかり監督に捕まっちゃって、

ちょっと可哀想なことしたかな?

健人さぁ…。なんで彼女と一緒に居んのに、そんな不機嫌そうな顔して飲んでんの?」


「えっ!?翔平、お前なんで…。」

健人は突然の翔平の言葉に驚いて、誰かに聞かれてはいないかと辺りを見回す。


「それだよ、それっ!その態度が俺は気に入らないね。」

翔平が冷たく言い放ち、氷の溶けたウーロンハイを一気に飲み干す。


「ゆき姉が可哀想だとか、思った事ないだろ、お前。」

酒のせいもあるだろうが、翔平は健人に対して挑戦的な威嚇するような瞳を向けた。


「どういうことだよ。」

喧嘩を吹っ掛けられてるのがわかったので、健人も翔平をにらみ返す。


「お前らの事なんて、俺、だいぶ前から聞いてたよ。別に興味なかったから忘れてたけど、

俺の写真集のカメラマンが、健人の親戚だって聞いて思い出した。

単純に面白いと思ったから、知らない振りして二人の様子を観察してたけど、

ゆき姉が健人の顔色ばっか気にしてて、可哀想だと思った。」


「顔色を気にする?」


「やっぱね…。自分じゃ気が付いてないんだ。

健人は周りの目ばっか気にして、ゆき姉の目なんか気にしてないんだよ!

それが可哀想だって言ってんのっ!」

翔平が吐き捨てるように言って席を立ち、違う仲間の輪に入って行った。


一人残された健人はただ茫然と、翔平に言われた言葉を頭の中で復唱している。

『周りの目ばっか気にして、ゆき姉の目を気にしてない…。

 周りの目ばっか気にして、ゆき姉の目を気にして…ない?』


そっと雪見を振り向いて見ると、雪見はすでに健人を見ていてにっこりと微笑んだ。

その笑顔がなんだか少し悲しそうにも見えて、健人の胸がギュッと締め付けられた。


次の瞬間、健人は無意識に席を立ち、雪見の席へと歩み寄る。

そして雪見の腕を掴み、その隣の監督に大芝居を打って出た。


「監督、すいません!今うちのお袋から、ばぁちゃんが倒れたって連絡来たんで、

これからタクシー飛ばしてゆき姉と実家行って来ます!

明日の撮影までには戻りますからっ!じゃ、お先です!ご馳走様でしたっ!」


「えっ!?うそっ!だって、ちぃばぁちゃんは…」


「いいから早くっ!」

健人が慌てて雪見のバッグを持ち、手を引いて出口までダッシュする。

そのまま二人は、手をつないでタクシーに飛び乗った。

行き先は、健人が本当に埼玉の実家の住所を告げる。


「ねぇっ!どーゆーことっ!?ばぁちゃんが倒れたも何も、四月に亡くなったでしょ?

訳わかんなくなるほど酔ってんの?」

雪見が、健人の頭が変になったのかと、真剣に心配してるのが可笑しかった。


「んなわけねーだろー!ばぁちゃんが死んだ事ぐらい、覚えとるわっ!

今日は12月4日だろ?ばぁちゃんが死んでから、ちょうど八ヶ月。

だから線香上げに行きたくなったの、突然に。」


「と、突然にって、そりゃ突然すぎるでしょっ!

しかも今、11時半だよ?これから埼玉って、着いた頃にはもうみんな寝てるでしょ!」


「大丈夫!大丈夫!つぐみは受験勉強で起きてるから。」


「そーゆー問題じゃなくて!もう、どうすんのよ!着替えも何にも持って来てないのにぃ!

はぁぁ…、仕方ない。お線香上げてお参りしたら、とんぼ返りしよ。

さては私達が来る前に、相当飲んでたでしょ?」

雪見はあきらめてタクシーのシートにドサッと身を預け、健人の顔を下から覗き込んだ。


「翔平と二人で仕事してんだ…って、やけ酒飲んでた。」

ボソッと健人が呟くように言う。


「えっ?」

それは雪見にとって、意外な言葉に聞こえた。


「俺ってまだガキなのかな…。翔平の写真集をゆき姉が撮るって聞いた時、

めちゃめちゃイラッときた。

もっと俺が大人になったら、頑張れよっ!って素直に言えるのかな。

早く大人になって、ゆき姉に近づきたいよ…。」

そう言って健人は、窓の外を流れるイルミネーションに目を向けた。


雪見はその健人の横顔が、寂しげで健気で思わず涙が溢れた。

自分だけが一人、もがき苦しんでるわけじゃないんだ。

健人も私以上に、年齢のギャップを埋めたがっているのだと…。


「ごめんね、健人君…。健人くんは大人だよ。とっても素敵な紳士になった。

だって私を、酔っぱらい監督から救い出してくれたんだもん!

ありがとう!だーい好きっ!」


雪見は運転手の目など気にもせず、健人の首にぶらさがり熱いキスをした。

今日一日抱えてた不安や葛藤を帳消しにするような、長い長いキスをした。

それから二人、手をつなぎ肩寄せ合って、幸せそうに眠りにつく。



コタとプリンは、まだ起きて待っててくれるだろうか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ