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気付きたくなかった事実

「ちょっと、ほんっとーにマズイって!絶対ダメ!無理だからっ!」

「いいじゃん!ちょっとくらい!」 

「ダメったらダメッ!」


タクシーの中でも散々揉めていた。

運転手さんが行っていいものかどうなのか、迷うくらいに…。


「つ、着きましたけど…。」

「あ、着いたって!サンキュ!おじさん、おつりはいらないから!

ちょっと、ゆき姉!早く降りてよぉ!」


ブゥォーンと、逃げるようにして走り去るタクシーのテールランプを、

雪見は恨めしげに目で追い、そしてため息をつく。

「翔平くん。冷静に話し合おう。あのね、どう考えたって私が…。」


「ちょっと、苅谷翔平じゃないっ!?キャーッ!翔ちゃんだぁ!!」


タクシーから降りた場所に突っ立ったまま、翔平はビルを探してキョロキョロ、

雪見は最後の説得を試みて、翔平に優しく優しく語りかけていたのだが、

突如として後ろから浴びせられた黄色い悲鳴によって、むなしくも説得は失敗に終った。


「ヤバっ!ゆき姉、こっちだ!早くっ!」

翔平が雪見の手を掴み、素早く斜め向かいのビルに駆け込んで、地下への階段を下りる。

すすけた店構えの昔ながらの居酒屋が、今夜の飲み会会場らしい。

貸し切りとあって、縄のれんは入り口の内側に掛けてある。


「さぁ、入って!」

後ろから押しても頑として足を踏ん張る雪見に、翔平は「泣くからっ!」と攻撃に出た。


「ええっ!?」


「だって、ゆき姉が予定外に写真撮り出したから、こんなに遅れたんだよっ!

なのにこのまま俺だけ入ってったら、絶対俺のトレカ撮影が押して遅刻したかと

思われるじゃん!そんな濡れ衣、俺、泣くもん…。」


「そんなぁ!」

本当にこの時翔平は泣き出しそうな顔をしていた。確かに。

だが…。彼が俳優であることを、すっかり忘れてた雪見がバカだった。


「わかったって!じ、じゃあ私が監督にお詫びをして、翔平くんが遅れた理由を

私から説明すればいいんでしょ!?

だからそうしようと思って、さっき健人くんに電話するとこだったのにぃ!

もう、いいから入って!お詫びだけしたら、私はとっとと帰るからねっ!」


先頭に立ち、ガラッと引き戸を開けた翔平が小さく舌を出したことに、

後ろの雪見が気付くはずはない。

中からはすでに賑やかな笑い声が聞こえ、お酒が進んでる様子が伝わって来た。



「いっやー、遅れた遅れた!すいませんねー、皆さん!

苅谷翔平、ただいま到着しましたっ!待ってたっ?みんな俺の事、待ってたっ?」

翔平は、にっこにこの笑顔でピースサインをしながら、盛り上がってる輪の中へと

一人で入って行った。


『なっ、なにぃ!?さっき見せた、子うさぎが怯えるような目はなんだったのっ!?

ぜんぜん一人で平気じゃん!しまったぁ!まんまとはめられたぁ!!』

そう気が付いたが、時すでに遅し。


「ゲストを連れて来たよー!ゆき姉!こっちこっち!」

翔平の声によって、みんなが一斉に振り向いた。健人の驚いた顔と言ったら!

そりゃそうだよね…。


「あ、あの、健人くん…じゃない、翔平くんの写真集のカメラマンをしてます

浅香雪見と申します!私の撮影が押してしまったせいで、翔平くんが遅れてしまいました!

大変申し訳ありませんでしたっ!

あと二日間、現場にお邪魔させていただきますので、どうかよろしくお願いします!

じゃ、私はこれで失礼します!お疲れ様でしたっ!」

それだけを早口で言い終えると、さっと出口の方へと向きを変えた。

が…。


「ちょっと待ったぁ!ゆき姉!だっけ?

あれ?ほんとの名前、なんて言ったの?浅香さん?

浅香さん!まぁ、あと二日も顔を合わせるんなら、お近づきのしるしに一杯どうぞ!」

と、声を掛けてきたのは、なんと監督だった。


「えっ!?いや、私は部外者ですので結構です!

ごめんなさい!せっかく盛り上がってた所に入って来てしまって…。

じゃ翔平くん、また明日!失礼しまーす!」

今度こそ、本当に帰ろうと思ったのだ。いや、絶対思った。確かに思った。

なのに…。


なぜか雪見は監督の隣りに座らされ、ビールの一気飲みをしていた。

「おーっ!いい飲みっぷりだねぇ!まぁ駆けつけ三杯って言うじゃないか!どうぞどうぞ!」


ビール三杯ぐらいは雪見にとって、水のようなもの。

健人の視線が気にはなったが、そっち方向は見ないようにして、それだけ飲んで返杯したら

あとは堂々と帰ろうと思ったのがそもそもの間違い。

すでに監督は、いい感じに酔っぱらっているのだから…。


「いやぁ、気に入った!しかも美人カメラマンって言うのがカッコイイねぇ!

で、健人の親戚なんだって?おいっ!健人っ!ちょっとこっち来い!」

一番避けたかった状況になってしまった。こうなる前に帰りたかったのに。

極力、健人を困らせるような状況は、自分からは作りたくないのに。


「健人、監督がお呼びだよ。早く行きなよ。」

健人の隣りに座った翔平が、笑顔で向かい側のスタッフと乾杯しながら

冷めた声で健人にささやく。


「翔平。どういうつもりでゆき姉を、ここに連れて来たんだよ。」

健人も、手だけはスタッフと乾杯しながら、低い声で翔平に聞いた。


「別に…。深い意味なんてないよ。お前が心配してるかなと思ったから

連れて来ただけさ。なんか都合でも悪かった?」


翔平の問いかけに、健人は無言だった。

いや、何かを呟いたのかも知れないが、賑やかな喧噪の中ではそれも無かった事にされる。


「健人ぉ!早く来いって!お前、まさか俺をシカトする気かぁ?」

再びの監督の呼び出しに、健人は重い腰を上げた。


「よっ!ゆき姉、お疲れっ!」

健人は何事も無かったように平然とした顔で、自分の席から持って来たグラスを

雪見のグラスにチン!と合わせる。


「今雪見さんに色々聞いてたよ。お前の写真集も彼女が撮ったんだってな!

俺のも今度、頼むかなっ?」


「誰が買うんですか!?監督の写真集!」

健人のセリフに周りのスタッフが大受けした。

雪見も顔では笑って見せる。だが、心からは笑えなかった。



少し前までは、二人の関係が周りにバレないかと、ヒヤヒヤする状況も含めて、

同じ空間にいるだけで楽しく嬉しかった。

でも今は…一緒にいると心落ち着かない時もある。


お互い、相手を思う気持ちの何かが変化している…。


気が付きたくなかった事実は、翔平によって突然目の前に叩き付けられた。


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