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休日前夜

健人とスタジオを出て長い廊下を歩き出した時、後ろから「浅香さん!」と呼び止められた。

健人のチーフマネージャーの今野だった。



「お疲れ様です!」


「こちらこそお疲れ様でした。どうでしたか?初日の撮影は。」


「なんとか無事に終わらせていただきました。

急に決まった仕事だったので、正直少し不安だったんですけど…。

でも今野さんが話を通してくださったお陰で、スムーズに進めることができました。

本当にありがとうございました。」


そう言って私は今野に頭を下げた。


「それは良かった。健人も、今日はやたら調子良さそうなんですよ。

こいつ、朝に弱いから早い仕事はエンジンかかるまで大変なんだけど、今日はスタジオ入りした時から顔つき全然違ってました。

これも雪見さんのお陰かな?」


「とんでもないです!私のお陰だなんて。

私はただ、健人くんが少しでもリラックスしてくれて、仕事の合間に素の表情見せてくれたらいいなと思って。

じゃないと、私が撮らせてもらう意味がなくなっちゃいます。」


「いや、あなたにお願いして本当に良かった。いい写真集になりそうで期待してます。

明日から結構タイトなスケジュールになりますが、よろしくお願いしますね。

じゃ、僕はこれから事務所に戻るんで、あとは健人をよろしく。

健人、お疲れっ!あんま飲み過ぎんなよ(笑) また明日な。」


そう言い残すと今野は二人を追い越し、出口の方へと足早に去って行った。



「あんま飲み過ぎんなよ、だって。

昨日の深酒、今野さんにはバレバレだったってことね。さすがチーフマネージャー(笑)」


「俺の事務所は精鋭ぞろいだから(笑)

で、今日はどこ連れてってくれんの?」


「店選び、はなから放棄してるでしょ(笑)

お腹すいたから、この近くにしよっか。

頭に浮かんでるお店が二軒あるんだけど、健人くんは中華とイタリアン、どっちがいい?」


「えー!その二択は困る。どっちも食いたいに決まってんじゃん。」


「私も決められないよぉ。

じゃあさ、じゃんけんして私が勝ったら中華で、健人くん勝ったらイタリアンってのはどう?」


「OK、どっちが勝ってもいいや。じゃあ、じゃんけん、グー!

やった、俺の勝ち!ワインが飲める ♪」


「よし、じゃあ今日はイタリアンってことで、レッツゴー!」



夜の街を、黒い帽子に黒い眼鏡、大きな黒マスク姿の怪しい男と、それに寄り添う年上女が楽しげに通り過ぎた。

この男が、イケメン俳優 斎藤健人と気づくものは誰もいない。

人目を気にしなくて済む夜が、二人は大好きだ。





それから二日後の水曜日。

この日も朝早くから、健人のスケジュールはぎっしりだ。

ドラマ撮影に雑誌の取材、ラジオの生放送にテレビの収録。

朝六時の撮影に始まって、すべて終わったのは夜の十一時を回ってた。


「はぁ〜やっと終わった。さすがに今日はしんどかった。」

健人の目は赤く充血し、目の下にはくまができてる。


「お疲れ様。大丈夫?健人くん。」


「大丈夫だけど、早くコンタクト外したい。ちょっと待ってて。」


そう言って楽屋に戻り、コンタクトを外してメイクを落とした。

いつもの黒縁眼鏡をかけて帽子をかぶり、さぁ帰ろう!とテレビ局の裏口を一歩出た。


が。



「キャーッ!健人だぁーー!!」


出待ちをしていた多くのファンに、一瞬にして取り囲まれてしまった。


キャーキャー言いながら健人を囲んだ、何重もの女子の輪。

そこからあっという間に弾き出された私は、遠巻きにその様子を眺めながら、改めて健人の人気を思い知った。



そうだよね。今一番人気の斎藤健人だもんね。みんな、少しでもそばに近づきたいよね。

いいよいいよ。せっかく会えたんだから握手してもらいなさい。



私はなぜか少しの嫉妬心も覚えず、ただこの状況が落ち着くのをじっと見守った。


だが、健人は違った。

一刻も早くこの場を立ち去り、雪見とご飯に行きたかった。


健人が、自分を取り囲む女の子たちにお願いしてる。


「ごめんね!これから急いで行かなきゃなんない所があるんだ。

悪いけど行かせてね。遅れると困るから。またね!ありがと。」


健人がそう言うと、素直な女子たちは好きな人を困らせてはいけないと、一歩ずつ後ろへ下がり健人を解放した。


その間をすり抜け、健人が振り向いて最後に笑顔で軽く手を振る。

再び「キャー♪」と黄色い悲鳴が上がったが、健人は離れた場所で待ってた私の所まで走って来て、近くに停まるタクシーに飛び乗った。



「ごめん、待たせた。ちょい油断してたわ。」


「だって、今日に限ってマスク忘れてんだもん。見つからない方がおかしいよ。

で、急いで行かなきゃならない所って?」


「もちろん、ゆき姉とのご飯。間違いではない。」


「あぁ申し訳ない(笑) でも明日はやっと休みだね。

おばさんの手料理、すっごい楽しみ ♪

私、明日寄るとこあるから、迎えに行くの十時半頃でいい?着いたら電話する。」



二人は明日の休みに思いを馳せて、幸せな気分に浸ってる。

それはまるで実家に里帰りする、新婚カップルに見えなくもなかった。



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