被写体としての翔平の魅力
「今野さーん。明日も翔平くん、ドラマの撮影あるんですよねぇ、健人くんと一緒に…。」
次の現場への移動中、今野の車の後部座席で雪見は、ため息をつきながら窓の外を見る。
いつもなら心沸き立つ街のクリスマスイルミネーションも、今の雪見には何の効果も
もたらしてはくれなかった。
「ドラマ風景はもういいとこ撮ったから、明日はいいかな?スタジオ行かなくても。」
「いいわけないだろっ!翔平の事務所に頼み込んで、三日間の密着にしてもらったんだぞ!
ドラマ風景はいいにしても、空き時間に他のショットを撮らなきゃなんないんだから、
スタジオには待機してないとダメなのっ!」
「ですよねっ!ふぅぅ…。」
次の現場には程なくして着いた。またカメラバッグをよいしょ!と下ろし、
先に到着した翔平の後を追ってスタジオの中に入る。
「おっはよーございまーすっ!今日は綺麗なお姉さん、連れて来たよ!
ゆき姉って言うの。なんと!あの斎藤健人の親戚なんだよ!
今日から三日間、俺の専属カメラマンだから、よろしくねー!」
それだけスタッフに伝えると、翔平はさっさと衣装を着替えに行ってしまった。
「え?ちょっと!もう少しちゃんと紹介してくれないと!
あの、私、浅香雪見と言います!翔平くんの写真集のカメラマンとして
付かせて頂いてます。
今日は撮影の合間のオフショットを、撮らせて頂きたいのですが…。」
「あぁ!翔平の事務所から話は聞いてます。こっちはOKですよ!
あの宇都宮勇治のご指名で遺影を写したの、あなたなんでしょ?凄いなぁー!
そんな凄い同業者に見られながら仕事するのって、なんか恥ずかしいね。
俺も気合い入れてやんないと!あ、適当にその辺に座ってて下さい。」
「ありがとうございます!あの、本当に私の事はお気になさらずに!」
しばらくして着替えの終った翔平が戻り、いよいよ撮影スタート。
芸能界に疎い雪見は翔平から聞いて初めて知ったのだが、最近トレカと呼ばれる
トレーディングカードを作るアイドルが、結構増えてるのだそう。
なんでも150種類近くの写真がカードになり、中の見えないパックに7枚一組とかで
入ってるらしい。お宝カードなどと呼ばれるレアカードも多数あり、全種類集めるのに
ファン同士でトレードしたりしながら集める事から、トレーディングカードと呼ばれるそうだ。
「ほら、ポケモンカードとか集めなかった!?か…。ちょっと年代が違うもんね。
とにかく、すんげー種類の写真が必要ってわけ!
まぁ、今までに写してきた写真も使うみたいなんだけど、残りの写真は
最新版の俺じゃないとね。色々ポーズを考えてきたから楽しみにしてて!」
そう言い残して翔平は、カメラの前にスッと立った。
人が変わるとは、こういう事を言うのだろう。
ついさっきまで、スタッフ相手にバカやっておちゃらけてたのに、撮影が始まると
一瞬で『写されるプロ』の目つきに変わった。
しかも、その表情の豊かなこと!シャッターを切るたびにクルクルと、
まったく違う表情に入れ替わる。
ドラマ撮影の間に雪見が写していた顔は、何百分の一の表情にしか過ぎない気がした。
無邪気で脳天気、ちょっと軽く見えるけど、話してみると意外にも古風と言うか
常識的な価値観を持つイケメン俳優 苅谷翔平は、人間としても被写体としても
とても魅力的なギャップを持つ、興味深い男であった。
「ゆき姉、どうだった?俺って結構いろんな顔出来るでしょ!
だからグラビア撮影とかこーいうのって、割と早く仕事終るんだ!
今日は飲み会だし、ガンガン飛ばしてさっさと飲みに行くぞーっ!」
と、休憩時間には言ってたのだが…。
撮影の様子を見守るうちに、雪見のカメラマン魂にも翔平は火を付けてしまった。
確かにトレカの撮影は、もの凄いスピードであれよあれよという間に終了。
だが、それがいけなかった。
スタジオがかなり早くに空いたので、このままスタジオを雪見が借りて
残り時間で少しだけ、写真集の撮影をしたいと言い出したのだ。
「オフショットばっかの写真集っていうのも、ちょっと締まりがないし。
今みたいにプロの顔した写真がありつつの、素の表情も満載!って言うのがいいと思うのね。
それに翔平くん忙しいから、改めて時間を作るとなると…。」
「わかったっつーのっ!とにかく今、写したいんでしょ?ここで。
しょーがねーなぁ!せっかく最速で終らせたのに、あんま意味なかったしぃ!
ま、この時間だと、まだ健人たちの方が終ってないか…。
よっしゃ!もう一仕事頑張りますか!その代り、巻きで撮ってね!」
「うん、大丈夫!こう見えても瞬発力はあるんだ!猫に鍛えられてるからねっ。」
そう言って、雪見は喜々として撮影を開始した。
スタートしてすぐに、トレカの撮影カメラマンとスタッフが後片付けの手を止めて、
二人のセッションに注目し出す。
翔平が次から次へと繰り出す動きに雪見は瞬時に反応し、少し変わった
アングルからそれを写す。
それはまるでサバンナでチーターを狙う、動物カメラマンのように鋭い目つきで、
先ほどまでのおっとりのんびりした雰囲気からは、まったく想像がつかなかった。
「おもしれぇ…。この人、ただ綺麗なだけで宇都宮勇治から仕事もらったのかと思ったら、
かなりのカメラマンだ…。翔平の事務所はいい人に目を付けたもんだな。
こりゃ、かなりの部数が稼げるんじゃないか?」
トレカカメラマン氏の言葉に、周りの皆がうなずいた。
「はぁーっ…。ちょっとたんま!俺、喉乾いた…って!うそっ!?
もうこんな時間じゃん!!ヤバイ!もうとっくに飲み会始まってるよっ!
マネージャー!なんでもっと早くに教えてくんないのさっ!着替えてこなきゃ!」
大慌てで翔平がメイク室にすっ飛んで行く。雪見はひたすら翔平のマネージャーに謝った。
「本当に申し訳ありませんでしたっ!
私ってば、撮り出すとすぐ周りが見えなくなってしまって…。
大事な初日の飲み会なのにどうしよう!そうだ!私から健人くんに電話して、
監督に謝っておいてもらいます!」
そう言いながら雪見がケータイを取り出し、健人に電話しようと思っていると、
翔平がスタジオに戻って来て、いきなり雪見の腕をガシッと掴んだ!
「あ、マネージャーさん、ゆき姉はもう仕事終ったでしょ?借りてくねっ!
悪いけど、衣装も散らかしてるから片付けといてー!さっ、行くよっ!」
「行くよ!ってどこへっ!?」