無邪気な罪作り
苅谷翔平3rd写真集初日の撮影は、お昼休憩のお弁当を食べてるショットに始まり
健人とのヘン顔対決(後にこれは健人からボツの依頼が…)、畳の上に大の字になり
お昼寝中のショット、外に出て健人を相手にキャッチボールをしてるショットと、
素の表情をトントンと撮影することができ、順調なスタートを切った。
午後一時。休憩時間を終えドラマの収録が再び始まる。
健人の写真集撮影でも経験があるので、どのタイミングで写せば収録の
邪魔にならないのかは、よく心得ていた。
集中力を途切れさせないために、望遠レンズを使ってリハーサルの合間の顔を狙う。
健人も、まったく雪見を気にする様子もなく演技に集中してるので、雪見は
安心して翔平だけをひたすら目で追い、シャッターを切り続けた。
ドラマの撮影風景を、一区切り撮り終わった午後三時。
今度は雪見の所にカメラ雑誌の取材陣がやって来て、雪見が取材を受け
写真を撮られる立場に入れ替わる。
スタジオの中では迷惑をかけるのでロビーに出て、まずはインタビューを受けた。
「宇都宮勇治さんのご葬儀以来、大変な注目を集めていますが、今のご自分の状況を
どう捉えられていますか?」
「正直な所、とても戸惑っています。たまたま御縁があって写させて頂いたのですが、
ここまでの反響は想像していなかったので、改めて宇都宮さんの存在の大きさを
ひしひしと感じました。それと同時に、これからも亡き宇都宮さんの名を汚す事のないよう、
精進を続けていかねばと肝に銘じています。」
「カメラマンでありながらも、来月CDデビューを果たされるんですよね?
おめでとうございます。そちらの方も、すでに大変な反響とお聞きしましたが。
今後はどのようなスタンスで、二つのお仕事をされて行くのでしょうか?」
「来年三月一杯までは、頑張って二足のわらじを履き続けたいと思ってますが、
それ以降は元通り、フリーのカメラマンに戻ります。
今経験させて頂いてる事が、どのような形で今後の写真に反映されるのか、
自分自身楽しみにしています。」
「浅香さんと言えばご存じの方も多いと思いますが、俳優の斎藤健人さんとは、
はとこ同士でいらっしゃいますよね?
カメラマンの立場から見て、斎藤さんとはどのような被写体でしょう?」
「こんなフォトジェニックな男の子って、本当にこの世の中にいるんだ!って、
いつも感心して見てます。360度、どこから見ても隙がない。
なんだか人間というよりは、フィギュアに近いのかな?
あ!これ言ったら怒られるんだった(笑)ちゃんと血の通った人間です(笑)
このクリスマスに発売になる、私が手がけた斎藤健人写真集では、そんな健人くんの
素の表情が満載で、より一層身近に感じてもらえるのではないかと思います。
どうぞ、お楽しみに!」
話が弾み、インタビューは三十分を越えて終了。
次にスタジオに戻り、雪見の仕事風景の撮影へと移った。
再びカメラを構え、翔平を望遠レンズで捉えているところを、雑誌のカメラマンが
シャッターを切る。
ドラマ斑に迷惑をかけるといけないので、雪見の撮影はささっと終らせてもらい、
無事取材は終了!…と思ったのだが、取材陣がどうしても雪見、健人、翔平の
スリーショットを撮らせて欲しいと言うので、タイミングを見計らって健人を手招きする。
事情を話すと翔平を呼んでくれた。
「ごめんね!翔平くん。一枚だけお願いしてもいい?」
雪見が両手を合わせて頼むと翔平は、「ゆき姉の頼みなら何でも聞いちゃう!
こんな感じでどう?」と、雪見の肩を抱き寄せるではないか!
「えっ!?」
驚いたのは雪見だけではない。その隣りにいた健人の表情も、サッと変わった。
「おっ!いいですねぇ!じゃあ浅香さんを真ん中にして、斎藤さんも肩を
組んでいただけますか?はい、そんな感じで!」
カメラマンがシャッターを連写で切る間に、翔平はおどけて様々なポーズをとった。
「OKです!有り難うございました!来月号、きっと売り上げ倍増です!」
カメラマンが健人と翔平に礼を言う。
「ちゃんとゆき姉の事、大々的にアピールしといて下さいよー!
で、ついでに、そのゆき姉が翔平くんの写真集の撮影真っ最中です!ってーのもねっ!
あ!健人も写真集、宣伝してもらったら?そんな感じでよろしくっ!」
それだけ言うと翔平は、さっさとまたセットの中へと戻って行った。
「じゃ、俺も戻るわ。」
ボソッと言った健人は、雪見から見ると明らかに不機嫌だった。
だが取材陣は、思わぬ貴重なショットを撮れた事に浮き足立っていて、
健人のそんな様子に気付きもしない。ニコニコ顔でそそくさと引き上げて行った。
「はぁぁ…。」
思わぬ事態に、雪見はため息しか出ない。
順調に進むと思ったのは最初だけで、無邪気な翔平の行動が、健人の心を
乱しているのは間違いなかった。
『翔平くんに悪気は一つもないと思うけど…。私と健人くんの仲を知ってたら、
絶対あんなことするわけないもん。』
こんな時、当麻だったら堂々と「俺の彼女なんですけどー!」とでも言って笑うだろう。
取材陣の手前、冗談めかして言ったとしても。
だが健人の性格は、当麻とは違っていた。
いや…。それはやっぱり彼女が私だからなのか…。
まさか今、こんな感情と向き合う事になろうとは思ってもみなかった。
私にはまだ仕事が残されている。こんな所で心を足踏みさせておくわけにはいかない。
「ふぅぅ…。よしっ!仕事、仕事!」
雪見は自分に気合いを入れてカメラを構え、再び翔平をファインダー越しに見つめる。
だが、どうしても健人の事が気になり、いつの間にかカメラは健人の表情を追っていた。
午後六時。今日の出番を終えた翔平は、スタジオに健人を残し、雪見を連れて
次の現場へと向かう。
次の仕事は、トレーディングカードの撮影だ。
「じゃ、みんなあとでねーっ!監督ぅ!撮影押さないように頼んだよー!
店で待ちぼうけだけは勘弁ね!」
「お前の方こそ調子に乗って、どうでもいいポーズばっかり取るんじゃねーぞ!
じゃーな!また後で。お疲れっ!」
今日の撮影が終了したら、監督行きつけの居酒屋を貸し切って、キャスト、
スタッフ一同集合しての飲み会があると言う。
酒の大好きな監督が、必ず撮影初日にやる名物飲み会らしい。
『私の仕事もあと一箇所か…。よしっ!頑張ろう!』
健人に向かって小さく手を上げ微笑み、後ろ髪を引かれる思いで雪見はその場を後にした。