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言えない本心

「お帰りーっ!あれっ?なんか凄い疲れた顔してるよ!一緒にお風呂、入ろっか?」

玄関先に腰を下ろしブーツの紐を解いてた健人の背中に、挙動不審な雪見が飛び付いた。


「えっ?なんで?なんかあったの?」

驚いたように健人が振り向き、雪見の顔をマジマジと見る。


「あ…いや、別にっ!じゃご飯にしよう、ご飯!ちょうど今出来上がったとこなんだ!

グッドタイミングだったよ。今日は寒いからキムチ鍋!」


うーん!どのタイミングで翔平くんのこと話せばいいのか、わかんない!


手を洗い、コンタクトを外した健人が食卓についたところで、まずはビールで乾杯!

「お疲れ様っ!今日は私もめっちゃ忙しかったよー!

『YUKIMI&』として雑誌の取材が三件に新聞社回りを二軒して、カメラマンの仕事…で…。」

最初の勢いのまま、最後までサラッと流そうかと思ったのに、途中で失速してしまった。


「なに?カメラマンの仕事って。なんか今日のゆき姉、変だよ。

自分からお風呂誘う事なんてないのに誘ってみたり、ずーっと喋ってるし…。

なんかあったの?もしかして…昨日の仕事受けることにしたの?」


「えっ…?」


「だって及川さん、帰り際に『今野さんが忙しくなるから、明日から俺が完全に

チーフマネージャーだから。』って…。

忙しくなるって、ゆき姉の仕事が、って意味だったんだ…。」

健人の顔が少し険しくなった気がした。


「ごめん…。ちゃんと話す…。

あのね…。また突然思い立っちゃって、常務にお願いに行ったの。

昨日の仕事、やらせて欲しいって…。」


「なんで?三月一杯は無理だって言ってたのに。

絶対にこれから忙しくなるんだよ?もうツアーの準備も始まるし…。」


健人は、感情的にならないようかなり自分を抑えて、淡々と話そうとしてるのが

雪見にはわかった。

今までならもっと語気を強めて不機嫌さを露わにしたが、少し大人になったかなと思う。

だが、翔平の写真集を写すと聞いても、同じ態度でいられるかと言ったら

多分それは違うであろう。この先に話を進めるのは気が重い…。


「忙しくなるのは判ってる。でも、どうしても宇都宮さんが作ってくれたチャンスを

無駄にしたくないと思ったんだ。

みんな三月過ぎまで待つって言ってくれたけど、そんな先の事わからないじゃない。

三月には相手の気が変わって、誰か違うカメラマンに仕事を頼んでるかも知れないし、

私に意欲が無くなってるかも知れない。だから、今やらなくちゃ!って…。」


「それだけ?」


「えっ?」


「理由はそれだけ?なんか違う気がする。

あんなに猫カメラマンに戻るのを楽しみにしてたのに、なんでいきなり気が変わったの?」


「え…と、それは…。」


本心を伝えるべきか迷った。

カメラマンとして成功して、『YUKIMI&』としても成功して、堂々と健人が

みんなに自慢できる彼女になりたい。みずきのように…。


でも…言えない。

そんな事を白状したところで、優しい健人はこう言うに決まってる。

「今のままのゆき姉が好きなんだから、それでいいじゃん!」って…。

だけど、それじゃダメなの。それじゃ…。



「それは…ね。そう!健人くんの次の写真集を撮るために、もっとポートレートの

経験を積んで、勉強しておきたいなと思って!

ほら、こういうのって感覚忘れないうちに、とんとんと間を空けないでやった方が

絶対身に付くでしょ?だって、今回よりもっといい写真集作りたいもん!」

雪見はまったくの思いつきで話してた。

次の健人の写真集なんて、考えた事もなかったのに…。


「ほんとっ!?また俺の写真集、ゆき姉が撮ってくれるの!?

やったっ!俺、三月過ぎてゆき姉がうちの事務所辞めたら、もうそんなの無理かと思ってた!」


健人の顔がパッと明るくなって、いきなりテンションが上がったのがわかる。

勝手に撮るなんて言っちゃったけど、事務所で撮らせてくれるかなぁ?

また必死で頼み込まなきゃならなくなった!

でも仕方ない。じゃないと、翔平の事を言えるような雰囲気ではなかったのだから…。


「あのね、それで常務とも話し合って、仕事を引き受けるならまずは昨日真っ先に、

名刺をくれたとこから受けるのが筋だろうって。

で、今野さんと二人で渡部エンタプライズに行って来たんだ。めっちゃ大きい会社だった!」


「へぇーっ、そうだったんだ!で、誰の写真を写すの?」

健人がキムチ鍋を頬張り、ビールを飲み干してから核心に迫ってくる。

雪見も覚悟を決めて、ビールをグイッと飲み干した。


「苅谷翔平くんだって!ビックリでしょ! ?

あんな今人気のイケメンくんを、私が任されたんだよっ?驚いたのなんのって!

あ!もちろん健人くんの方が、百倍はイケてるから安心してねっ!」


努めて軽く話したつもりだった。

だが健人の表情が『苅谷翔平』という名前を耳にした途端、一瞬ですり替わったのを

雪見は見逃しはしなかった。


「えっ!?翔平の写真集をゆき姉が撮るの?うそっ?マジでぇ!

俺、一月からのドラマで翔平と一緒なんだけど!」

精一杯の作り笑顔で言ってるのが雪見には判った。

テレビの中の健人は演技が上手いのに、今の健人は中途半端な演技だな…。


「えーっ!そうなんだ!すっごい奇遇だね!

翔平くんも忙しいから、どこかで全面ロケしてって撮影は無理っぽいんだよね。

だから私が現場に出向いて、翔平くんの仕事の合間のオフショットとか

休憩時間に近くの公園かなんかで撮るとか、そんな形になるんじゃないかな。

…って事は、私も健人くんの現場について行けるって事だ!やったねっ!

そんでツアーのレッスンとかも一緒だから、忙しくてもずーっと一緒に

いれるんだねっ!めっちゃ嬉しいっ!」


雪見は最大限に喜んで見せた。本当はそんなに嬉しくもなかったけど…。

いや、嬉しいのは確かに嬉しいはずなんだが、今回に限っては健人と同じ

現場というのは、都合が悪い。仕事がやりづらい。健人の目が気になる。



すべては雪見の勝手な想像ならよいのだけれど…。


だが健人の顔を見る限り、想像ではないことは明らかだった。


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