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天国からのプレゼント

「あのぅ…。私に何か…ご用でしょうか?」


あれよあれよという間に出来た長蛇の列に、雪見は意味がわからない。

すぐに小野寺と今野が雪見より前に出て、この不測の事態に対応し始めた。


「私、浅香雪見の事務所の小野寺と申します。

浅香に何かご用がございましたら、この私が対応させて頂きます。」

そう言いながら小野寺は、取りあえず前方に名刺を配る。


「これはこれは、常務さんでしたか!大変失礼致しました。私、こういう者でございます。」

先頭にいた人が、改めて小野寺に名刺を差し出した。


「えっ?渡部エンタテイメントさんですか!いつもこの二人がお世話になってます。」

蚊帳の外を決め込んで、サンドイッチをパクついてた健人と当麻が、

慌てて姿勢を正し「お疲れ様です!」と挨拶をした。


渡部エンタテイメントと言えば大手芸能プロダクションで、所属するタレント、

俳優はかなりの数にのぼる。

健人と当麻が共演する事の最も多い事務所だった。


「うちのタレントの写真集を、浅香さんにお願いしたいと思いまして!」


「えっ!?」

雪見はもちろん、健人たちも驚いて顔を見合わせる。

すると、その後ろにいた人も、そのまた後ろにいる人も「うちもです!」

「私の所もお願いしたい!」と口々に言うではないか!


「ちょ、ちょっと待って下さい!

あの、私、今回はたまたま宇都宮さんと御縁があって写させて頂いただけで、

元々は猫を専門に撮すカメラマンなんです!ですから、そのようなお話を頂いても…。」

雪見が突然の仕事依頼に戸惑って、目で小野寺に助けを求めた。

その様子を、遠くのテーブルでお酌をしながらみずきが、笑顔で目で追っていた。


「お話は解りました。ですが、大変申し訳ない!

浅香は来年一月にCDデビューを控えていておりまして、この先はカメラマン活動を

休止せざるを得ないんです。」


「でもアーティスト活動は、たしか三月一杯までの期間限定と報道されてましたよね?

それ以降でかまわないんです!是非ともお願いしたい!」

雪見を知る人などこの会場にはいないと思っていたが、やはり同業者は

幅広く情報を持ってるものだ。


雪見は困った。

三月一杯で事務所との契約が切れた後は、また一個人のフリーカメラマンの立場に戻る。

そのあとの仕事は、すべて自分から売り込まないと契約には結びつかない。

だが目の前の行列は、待ってもいいから仕事を頼みたいという人達の行列だ。

仕事が向こうから歩いてやって来たのだ。しかし…。


「お話は有り難いです。でも、今はまだ三月以降の事は考えられない。

それに、猫を撮しに旅に出ようと思ってましたから、ずっと。」


結局いつまでたっても押し問答が続き、このような場所では他の参列者にも

迷惑がかかると、名刺だけを受け取りお引き取り願った。


「済みませんでした。なんだか思わぬ事になっちゃって。

みずきさんにも後から謝らなくちゃ…。」


雪見は宇都宮を偲ぶための席で、私事で騒ぎになってしまったことを、とても気にしてた。

しかも三月以降の話は、自分一人で解決しなければならない。

取りあえず名刺は預かったものの、どうしたら良いのかわからなかった。


「はぁぁ…。」


名刺の束を手にしたまま、雪見が深いため息をつく。

歌う時間がどんどん近づいてくるのに、それどころじゃない気分だ。

それに気付いて小野寺が、冷えた白ワインを二つのグラスに注いで持ってきた。


「まぁ、飲め!一躍有名カメラマンになった浅香雪見に乾杯だ!

あ、『乾杯!』は小さい声でだぞ!また当麻みたいにヒンシュク買うからなっ!」

小声で小野寺が言ったあと、健人と当麻が「俺も!」とグラスを持って寄ってきて、

結局今野も含め五人が輪になった。


「雪見。これが宇都宮さんの遺言だったんだぞ、きっと。」


「えっ?」 


「みずきの不思議な前振りの意味が、これでわかった。

きっと宇都宮さんはこうなる事を狙って、みずきにお前を紹介させたんだ。

『今までありがとう。そしてこれからも、みずきをよろしく頼む。』って。

宇都宮さんからお前への、お礼のプレゼントだよ。」

そう言われた瞬間、宇都宮と最後に会った時に言われた不思議な言葉を思い出した。


『お礼に一つ予言しよう。君はこの先必ず人気のカメラマンになる!

この私が言うんだから間違いない。』


あの時は『予言』と言った意味がわからなかった。

もしかして、みずきの父だから、みずきと同じ不思議な能力を持っているのかとさえ思った。

だがあの時すでに、このプレゼントを宇都宮は用意していたのだ …。

そう気付いた途端、雪見の瞳からは涙がポロポロと溢れては落ちた。


「皆さん、いつでもいいからとおっしゃって下さったじゃないか。

ゆっくり考えればいい。でも俺は、せっかく宇都宮さんからの最後のプレゼント、

有り難く頂戴すべきだと思うがな。まぁ取りあえずは乾杯だ!」


「乾杯!」

四人が小声で雪見を祝福する。そこへみずきがやって来た。


「どう?楽しんでます?ゆき姉、もうすぐ出番だからお願いね。」


「みずきさん、さっきはごめんなさい!お別れの会とは関係ない事で騒がせてしまって…。」


「あらっ、何のこと?私、テーブルを回って歩くのに必死で、全然周りを見渡す

余裕なんてなかったわ。まるで結婚式みたいね!でもお父さん、喜んでると思う。」

そう言ってみずきは、遺影ではなく会場の右上を見上げた。


「あ!そうだった!宇都宮さん、いる?」

「いる、いる!満足そうな顔して会場を見渡してるわ!」

「そう!良かった!じゃ、私も頑張っていい歌聴かせなきゃ!」


二人の会話に、小野寺と今野がギョッとする。

さっきまで歌う意欲もなかった雪見が、いきなりやる気満々になったのがリアルに怖かった。


「ま、まぁ、最後の大トリだ!しっかり歌ってこい!」

小野寺がそう激励して雪見を送り出す。


まもなくアナウンスが流れ、室内管弦楽団が入場。音合わせを始める。

そこに雪見も加わり、簡単な打ち合わせをしてからいよいよ本番だ。

歌う前に雪見が、落ち着いた声で挨拶をした。


「皆様、今日は歌の大好きだった宇都宮さんのために、私が代表してこの歌を捧げます。

『涙そうそう』です。よろしければ皆様もご一緒にどうぞ。」


ざわつきがおさまった会場に壮大な前奏が流れ、雪見が瞳を閉じる。

歌い出してすぐに、会場内にどよめきが起こった。

聴く者の心を揺さぶる魔法のような歌声に、いつしか皆涙を流し手を合わせ、

そして宇都宮の冥福を祈る。


一足早く『YUKIMI&』がデビューした瞬間だった。


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