不思議な遺言
「ちょっと、どうしよう!どうしたらいいの!?」
みずきの突然のご指名に、雪見はだだうろたえるばかりだった。
「どうしよう!ったって、もう呼ばれちゃったんだから、行くしかないだろ!早く行けっ!」
小野寺常務が小声で雪見をせっつくが、雪見の足は中々前に出て行こうとしない。
会場がざわつき出した。
まずいぞ!と健人たちが焦っていると、コツコツとハイヒールの音を響かせて、
みずきが雪見の隣りにやって来る。
「ゆき姉、大丈夫だよ、私がついてる。それにね、これもお父さんからの遺言だから!」
「えっ?遺言?」
「そう!遺言がいっぱいで、こっちは大忙しよ!さっ、行こっ!」
そう言いながらみずきは、半ば強引に雪見の手を取りマイクの前まで連れ出した。
「皆様、お待たせ致しました!改めてご紹介申し上げます。
本日の歌のゲスト、浅香雪見さんです!」
「イェーイ!ゆきねぇーっ!」
当麻が会場を盛り上げようと声をあげ、同じテーブルのメンバーが大きな拍手をする。
が…。盛り上がってるのは明らかにそこだけで、会場からはパラパラとみみっちい拍手。
当麻、本日二度目のやっちまった感が漂う。
だがそれはもっともな反応だ。
有名アーティストの名前でも呼ばれたのなら、当麻と一緒に「いいぞーっ!」
とでも盛り上がるだろうが、いきなり「歌のゲスト浅香雪見さんです!」
とか紹介されても、「誰?それ。」っていうのが正しい反応。
みずきはそこんところを間違えた。
この会場に、雪見を知ってるマニアックな人など一人もいない。
だって大御所俳優の葬儀に参列した、平均年齢かなり高めの人達が大半なのだから…。
これにはさすがのみずきも、しまった!と思ったが、そこは海外生活で身に付けた
ジョークで乗り切った。
「あれ?皆さんご存じなかったです?雪見さんのこと。
あぁ、ごめんなさい!私、けさまで父と未来を旅してたものですから。
この雪見さん、未来じゃ超有名人になって活躍してるんですよ!
だから、てっきり皆さんもご存じかと勘違いしちゃいました。
あ!本当に未来を旅するのは、もう少し後にしてくださいね!
父が先に行って、皆さんの分の特等席を場所取りしてきますから!
まだまだこっちで、のんびりしてて下さいな。
じゃあ、現代の皆さんに改めてご紹介します!
未来の有名人、浅香雪見さんです!拍手をお願いします!」
今度は笑いと共に、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
が、健人たちは唖然とするやら、苦笑いするやら…。
「相当なブラックジョークだよね、今の…。」
健人の顔が引きつってる。
「みずきの事務所的には大丈夫なのか…?こんな大御所達を相手に、あの発言は…。」
小野寺が、よその事務所の事ながら心配そうに呟いた。
「でも、なんとか危機的状況は脱しましたよね。」
ホッとした表情の今野が、ハンカチで汗を拭う。
そんな中、一人だけニコニコ顔の当麻が言った。
「さっすが、みずき!あとで褒めてやろうっと!」
さすが恋にまっしぐらな男は、どこまでいってもめげることを知らない。
「始めに歌のゲストとご紹介申し上げましたがこの雪見さん、実は本業はカメラマンなんです。
ロビーで行なわれてる写真展は、もうご覧になって頂けましたでしょうか?
まだの方は、後からでも是非ご覧になって下さいね!
そこに等身大のパネルが立ってたんですが、彼女だってお気付きになられたかしら?
今ここに立ってる雪見さんは、アーティストの『YUKIMI&』に変身してるので、
まったく別人にも見えますが、両方共にとても才能のある人です。
私の後ろの大きな父の遺影、これも彼女が写した作品です。」
みずきの説明に、おおーっ!と会場中がどよめいた。
「素敵な遺影でしょ?父が自分で選んだ一番お気に入りの写真です。
父は、たった一度だけ会った雪見さんに才能を見いだし、遺影の撮影を懇願したのです。
そして彼女は私と父の、大事な最後の残り時間を写してくれました。
本当に彼女には感謝しています…。」
涙ぐむみずきに、会場がしんみりと静まり返る。
「あっ、ごめんなさい!お話が長くなり過ぎました。
彼女の歌も素晴らしいです。どうか最後をお楽しみになさってて下さいね!
では、グラスにお好きなお飲み物をお注ぎ下さい。
父、宇都宮勇治の素敵なラストセレモニーに、献杯!」
「乾杯!」
当麻が一際大きな声でそう言った瞬間、会場中からジロッと睨まれた。
「お前っ!今、『乾杯!』って言っただろ!」
小野寺が当麻に小声で詰め寄った。
「な、なんですか!言うでしょ、普通!」
当麻はなぜ怒られてるのか解らず、しどろもどろ。
「こーいうめでたくない席では、『乾杯』じゃなくて『献杯』って言うもんなのっ!」
今野が呆れたように、大人のマナーをたしなめる。
「あーあぁ!本日三回目のやっちゃった!だな。」
健人は笑いながらビールを飲み干した。
会場は和やかに、宇都宮を偲ぶ語らいの時間に入る。
皆それぞれに宇都宮の思い出話を語り合ったり、あるいは遺影の前で酒を片手に
故人と一対一の心の対話をしたりして、最後の別れを告げた。
みずきが忙しそうに、各テーブルをお酌して回ってる。
雪見も宇都宮に焼香してから、健人らの待つテーブルへトボトボ戻った。
「よっ!お疲れっ!」
小野寺がビールを飲みながら、雪見の肩を叩く。
「ほんっと、何にもしてないのに疲れました…。
もう、みずきさんったら、上げるにいいだけハードル上げてくれて、
私このあと、どうすればいいんですか…。」
すっかり雪見は意気消沈してる。
「まぁまぁ、取りあえずは一杯飲め!まだ出番は先なんだから!
でも、あれだな。宇都宮さんも、よっぽどお前の事を気に入ってくれたんだな。
じゃないと自分の葬式で、こんな無名の新人をアピールしろ!なんて遺言残さないぞ、普通。」
「それはそうですけど…。ほんと、どうしてなんだろ…。」
雪見はぼんやり考えながら、小野寺が注いでくれた冷たいビールを一気に飲み干した。すると…。
「おっ!いい飲みっぷりですねぇ!わたくし、こういう者でございます。
まぁ、お近づきのしるしに一献!」
知らないおじさんがいつの間にか雪見に名刺を差し出し、空いたグラスに勝手にビールを注いだ。
注がれたので「あ、ありがとうございます…。」と飲み干す。
するとまた別の人が横から名刺を差し出し、またビールを注いだ。
「はぁ?」
見るといつの間にか、雪見の後ろには名刺とビール瓶を持ったおじさんが、
列を作って順番待ちしてるではないか!
どーゆーこと!?