ドキドキなお葬式
「皆様、本日はお忙しい所を、故宇都宮勇治お別れの会にご参列賜りまして、
誠に有り難うございます。大変お待たせを致しました。只今より……」
ロビーに開場を告げるアナウンスが流れ、ホールのドアが左右に開かれると、
人の波が一斉に中へと飲み込まれて行く。
雪見はその様子を、ロビーの一番隅からボケーッと突っ立って眺めていた。
『一体どんだけの人が来るわけ…?
凄い人数が集まるとは聞いてたけど、まさかここまで凄いなんて…。
うわっ!テレビで見た事ある人がいっぱいいる!
この人、いっつも宇都宮さんの奥さん役で映画に出てる人だ!
あっちにいる人もそこの人も、見た事ある!』
テレビなど、健人と付き合うまではニュースと天気予報ぐらいしか見なかった雪見だが、
付き合い出してからはやはり気になって、割と広く見るようになっていた。
そんな画面の中でしかお目にかかれない有名人が、わんさかと一堂に会している光景は、
雪見のようなほぼ一般人が目にしても、それは夢の中の出来事にしか思えないのだった。
『私がここにいてもいいのかなぁ…。警備員さんにつまみ出されたりして。』
厳重なチェックは無さそうだが、一般の焼香客は外の別会場に設けられた祭壇での焼香となる。
そこにもすでに多くのファンが長蛇の列を成している事を、ロビーにあるモニターが告げていた。
雪見は、自分が芸能事務所に所属しているという意識があまり無いので、
自分がこの場所に居ることが場違いな気がして仕方ない。
早く健人と今野が来てくれないかなぁー、と落ち着かない気持ちで出入り口を凝視してた。
葬儀開始十分前。
喪服姿の健人と今野が、やっと向こうに見えた時のホッとした事といったら!
二人は周りに挨拶しながら、足早にこっちに向かってくる。
「間に合ったぁ!ごめん!遅くなって。当麻は?もう来てる?」
「うん、結構前に来たよ。ずっとみずきさんに付いててくれた。
私達の分、場所を確保しとくって、もう中にいる。」
「じゃ、行こうか。」
会場の中は、白いテーブルクロスが敷かれた丸いテーブルがたくさん点在し、
軽食と飲み物も用意されていて、おめでたい席の立食パーティーを思わせる。
健人と雪見は、お互い初めて見せる喪服姿がなんだか恥ずかしい。
だが健人は、同じ姿をした黒の集団の中でも一際目立ち、オーラが違うということは
こういう事をいうのか!と改めて雪見は感心する。
が、そのお陰で隣りに立ってる雪見にまで注目が集まり、熱いというか
冷たい視線が注がれ居心地は悪かった。
それが当麻と合流してからは、更にオーバーヒートした。
こうして公の場に三人が並んだのは、デビュー会見以来のこと。
あの時はマスコミだけだったが、大勢の芸能関係者前に雪見が姿を現したのはこれが初めて。
当然、今をときめくイケメン俳優二人の間に立つあの女は誰?という視線が
あっちからもこっちからも、矢のように容赦なく突き刺さる。
「やだぁ…。みんながこっち見てるんですけど、怖い顔で。
私、あっちのテーブルにいてもいい?」
「だめっ!今うちの事務所のお偉方も来るんだから、ここにいろっ!」
今野に言われて泣く泣く視線に耐え続ける。
すると喪主のみずきに挨拶に行ってた副社長と常務が、テーブルにやって来た。
「やぁ、ご苦労さん。忙しいのによく来れたな、二人とも。
小野寺くん、この子かね。今日大役を仰せ使ったうちの新人は。」
雪見とは初対面の副社長安田が、雪見の前に来て握手を求める。
「は、初めてお目にかかります!浅香雪見と申します!」
手をギュッと握られたまま、雪見は緊張しながら頭を下げた。
「ロビーの写真も見せてもらったよ。まぁ凄い人だかりでチラッとしか見れなかったが。
あの遺影も素晴らしい!その上、こんな会場で歌を披露できる新人なんて、
うちの事務所始まって以来だよ!鼻が高い!どうか失敗しないように頑張ってくれたまえ!
あっ!社長!ご無沙汰してました。お元気そうで…。」
安田は向こうから声をかけてきた、どこかの事務所社長の元へと行ってしまった。
雪見にプレッシャーだけを残して…。
「はぁぁ…、緊張した。…っていうか歌の事、気にしないでおこうと思ってたのに…。」
またしても雪見は、はぁぁ…とため息をつく。
その場にいた小野寺を筆頭に四人は、『副社長、余計な事を!』と心の中で舌打ちしてた。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。
只今より、故宇都宮勇治お別れの会を開式させて頂きます。まず始めに…。」
場内に女性司会者のアナウンスが流れ、それまでざわついていた会場が静まり返る。
お別れ会主催者である宇都宮事務所の社長挨拶、そうそうたる来賓の弔辞、
そして喪主であるみずきの挨拶の番がやって来た。
マイクの前に歩み寄る、初めて目にする緊張しきったみずきの顔。
それを見守る雪見達三人も、自分が挨拶するかのごとく緊張し、そわそわと落ち着きがない。
「やっべぇ!腹痛くなってきた…。」
小さな声で言ったつもりの当麻の声が、シーンとした会場では意外にも周りに響いた。
瞬間、みんなの注目を集めた当麻。しまった!と言う顔をしてバツ悪そうに下を向く。
が、それを目撃したみずきはクスッと笑い、一転して表情が軟らかくなった。
『ありがと!当麻。お陰で落ち着いてきたよ。私、最後まで頑張るからね。』
心の中で礼を言い、一呼吸おいて喪主の挨拶を始める。
その姿は、若くして国際派女優の名前を世に知らしめた、華浦みずきらしい堂々としたものだった。
宇都宮との親子関係の公表で世間を騒がせたお詫びに始まり、生前の父が受けた恩義へのお礼、
闘病中の様子や、このような形での葬儀が宇都宮の遺言であることなどをよどみなく、
大女優の風格さえ漂わせて話し切った。
三人がホッとしかけた挨拶の終わり…。
「皆様、本日は式の最後に、素晴らしい歌のプレゼントをご用意させて頂きました!
そちらのテーブルに、イケメン俳優に挟まれて立っている浅香雪見さんをご紹介します!
雪見さん!こちらにいらして!」
「えっ?ええーっ!!」
なんの前触れもない突然の振りに、三人同時に声を上げた!
「うそっ!みずきぃ〜!!」
そのテーブルのメンバーが、顔を引きつらせたのは言うまでもない。