素敵な祭壇
「う、うそっ!なにこの大きな写真…。」
会場のドアを開けた途端、目に飛び込んできたものは、正面の壁一面を覆い尽くした
巨大な遺影であった。
想像していたものとあまりにもスケールが違いすぎて、呆気にとられるばかり。
ボーッと自分の写した遺影を眺めていると、横にみずきがやって来る。
「どう?いい写真でしょ?お父さんの一番のお気に入り。
まぁ、一番が多すぎて相当悩んでたけど、私もこの写真がいいと思った。」
「ほんと、いい写真だね!この際だから自画自賛しちゃおっと!」
雪見が首をすくめて笑って言う。
それは宇都宮が二匹の愛猫を抱きかかえ、愛しそうに嬉しそうにこっちを見て微笑んでる
素顔の宇都宮勇治であった。
病室の窓から、薄いレースのカーテン越しに差し込む陽の光。
その柔らかい光が宇都宮の身体をふんわりと包み込み、命が果てる前の痛々しさを
真綿でくるんだように、そっと隠していた。
「なんかさ、映画のスクリーンに映ったお父さんみたいじゃない?
お父さんって、気難しい頑固おやじの役も多かったけど、反対にめちゃめちゃ気の弱い、
猫だけが話し相手って言うシリーズもあったでしょ?
なんだか、あのワンシーンに見えてくる。」
「ほんとだね。じゃあこれが、俳優宇都宮勇治最期のラストシーンなんだ…。」
そう思って改めて遺影に目をやると、宇都宮が「上手いこと言うねぇ!」
と一瞬、微笑んだような気がした。
その写真から視線を下にずらすと、脚立に登ったり下から手を伸ばしたりして、
祭壇の花を慌ただしく手直ししてる、三人の花屋さんの姿が目に入る。
「うわぁ!凄いお洒落なお花!なんかお葬式とイメージが全然違う!」
雪見が感激して思わず叫ぶと、脚立に登った花屋さんがこっちを振り向いて、
何故か雪見に手を振った。
「おーい!雪見ちゃーん!」 「えっ?ええーっ!マ、マスター!?」
そこに登っていたのは、なんとなんと、居酒屋『どんべい』のマスターではないか!
で、祭壇の下で花を直している二人は、雪見が行きつけにしている花屋の夫婦。
『どんべい』のマスターは、花屋の店主の兄ではあるが…。
「な、なんでマスターが、こんなとこにいるのよっ!ビックリするでしょ!」
脚立の下まで走り寄り、雪見が上を見上げた。
「こいつらに駆り出されてよっ!今朝からメシも食わずに働かされてるんだぜっ!
あ!俺がなんで花なんかって思ってんだろ?うちの実家は花屋なの!
で、俺もこう見えて、草月流の看板持ってるわけよ。なに笑ってんだよっ!
あー、やっと終ったぁ!師範の看板なんて、クソも役に立たなかったぞ!」
ブツブツ言いながら脚立を降りて、マスターが大袈裟にふぅぅとため息をつく。
「なに人聞きの悪いこと言ってんの!お昼にみずきさんから差し入れ頂いて、
お腹が出るくらいに食べたでしょ!
お久しぶり、雪見ちゃん!ここんとこタイミング悪く、私が配達中で会ってなかったもんね。」
マスターの義理の妹である花屋のママさんが、雪見に近寄り笑顔で言った。
「どうりでお洒落な祭壇だと思った!お花のチョイスが私好みだなって。
こんな祭壇、見たことないもん!すっごく素敵!」
雪見が興奮気味にそう言うと、みずきも寄ってきて礼を言った。
「ゆき姉のお陰で、素敵なお花屋さんに巡り会えたわ。
お見舞いに頂いたアレンジメントを一目見て、私も父も、絶対ここだ!って思ったの。
最初っから、普通のお葬式にするつもりはなかったからね。
父も、菊で飾られた祭壇なんかまっぴらごめん!って遺言書にまで書くくらいだもん。
センスが良くてお洒落なお店を、前から探してたの。
けど、どこのお店も、そんな大きなご葬儀の祭壇は無理です!って断られて…。
ここのご夫婦にも一度は断られたんだけど、なんとかやってみます!って。
連絡もらった時は本当に嬉しかった。」
みずきがそう言いながら、ママさんの手を取りギュッと握る。
「だってねぇ!こんなに可愛い、娘みたいな年頃の女優さんにお願いされたら、
断るなんて罰が当たるでしょ!それで兄貴にも頼んで応援に来てもらったわけ。
さっきまでは、『どんべい』の若い男の子達も手伝ってたのよ。
これだけのお花をそろえるのは大変だったけど、私達も一生体験できない、
いい勉強をさせてもらいました。
本当にありがとうね、みずきさん!今度はお店にも遊びに来て。
花屋とは思えない、美味しいケーキをご馳走するから!」
すると、後片付けを終えた店主もみずきの元にやって来て、笑顔を見せた。
「自分で言う?まぁ、お世辞抜きにこいつの焼いたケーキは美味いです。
そのうち、花屋を辞めてケーキ屋になる!って言い出さないかと、内心
ドキドキしてんですけどねっ。
じゃ、祭壇はこれで完成しましたので、僕たちは帰ります。
済みませんでした、ギリギリまで掛かっちゃって。
素敵なお別れ会になる事を祈ってます。雪見ちゃんも頑張って!じゃ!」
ほらぁ、兄貴帰るよー!と言いながら、三人は荷物を手に会場を後にした。
「素敵なご夫婦ね。私、すっかりここのお花屋さんのファンになったわ。
きっと来てくださる方も、褒めてくれると思う。みんなに宣伝しておくねっ。」
みずきが言ったその時だった。
後ろから「みずきー!ゆき姉!」と呼ぶ声がする。
二人同時に振り向くと、そこには少しだけ日焼けした当麻が立っていた。
「当麻!」
みずきの嬉しそうな顔!だがそれは、すぐに泣き顔へと変化した。
きっと当麻の顔を見て、一気に緊張の糸が切れたのであろう。
みずきの元へと歩み寄り、「大丈夫か?」と当麻が一言掛ける。
すると、それまで気丈にしていたみずきが、まるで幼子のように声を上げて
泣きじゃくりだした。
「ごめんな、遅くなって…。ずっとみずきのこと、心配だったよ。
もう、しばらくはどこへも行かないから、俺がお前のそばにいてやる。」
そう言いながら当麻は、泣き止まない子供をなだめるように、「よしよし。」と
愛しそうに頭をいつまでも撫でていた。
その様子を微笑ましく眺めていた雪見は、二人きりにしてやらなくちゃと
そっとその場を離れ、会場から再びロビーへと出る。
が、そこにはすでに、もの凄い数の参列者がひしめいているではないか!
『うそっ!こんなにぃ!?』
時計を見ると葬儀開始45分前。
まもなく開場を告げるアナウンスが、静かに流れることだろう。