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最期の後押し

『けさ、あんなふうに思ったのは気の迷いだ!どうしよう!やっぱりこわーい!!』


葬儀開始二時間前。

雪見は葬儀場の控え室で、みずきと並んでヘアメイクを施されている。

緊張のせいで肩こりがひどく、段々と頭痛もしてきた。


「昨日はお酒抜いたのに、二日酔いじゃなくて緊張で頭が痛くなるなんて!最悪だぁ!」

雪見のわめきに、『ヴィーナス』から駆り出されたスタイリストの牧田が、

鎮痛剤と水を持ってくる。


「雪見ちゃん、少し落ち着いて!

まだ二時間あるから、メイクが終ったら肩揉んであげる。みずきさんは大丈夫?」

ヘアメイクの進藤が、鏡越しに声を掛けた。


「私なら大丈夫です!結構緊張感を楽しんじゃうタイプだから。

私のことは気にしないで、雪見さんのこと見ててあげて下さい。」


「さっすが、大女優!この年にして貫禄が違うわぁ!」

牧田が二人の後ろで腕組みをし、感心しきりにうなずいてる。


「ゆき姉、ごめんね!お父さんのお陰で大変な思いさせちゃって。」

専属の美容師さんに髪をセットしてもらってるみずきが、鏡の中の雪見に謝った。


「なに言ってんの!宇都宮さんのせいでも、みずきさんのせいでもないから!

ただ私の肝っ玉が小さいだけ!こっちこそ、ごめんね。

もし万が一にもトチッたりした時は、許してね。」

そう言いながら雪見が、はぁぁ…とため息をつくと、後ろで牧田がぼそっと言った。


「あーあぁ。また負のオーラが充満しちゃった…。」



葬儀開始一時間半前。

会場の準備がほぼ整い、かなり気の早い参列者がチラホラ来場し始める。

雪見も、牧田の用意した『YUKIMI&』らしい喪服に着替え、ロビーが混み合わないうちに

宇都宮勇治写真展の様子を覗きに行った。


斎場の入り口に近い所から、年代を追って展示されている。

幼少の頃。学生の頃。俳優に成り立ての頃の写真は、確かに当麻に雰囲気が似ていた。

そして可愛い女の赤ちゃんを抱っこしてる写真。下に『みずき生後一ヶ月』と書かれている。

その宇都宮の笑顔は、心底我が子の誕生を喜び慈しみ、未来への希望を胸にした

新米父の思いそのものであった。


だが、どんなに身を引き裂かれる思いで、可愛い子を手放したのであろうか。

他人によって操作された我が子の運命…。

多分、命果てる瞬間まで、心の中でみずきに詫びてたことだろう。


「本当にみずきさんだけが、生きてく希望だったんですよね…。」

そう口に出して呟くと、涙がポロポロとこぼれては落ちた。



涙を拭きながら足を進めて行くと、残り三分の一ほどの所で、びっくりして足が止まる。

そこから先は、すべて雪見が写した写真が展示されていたのだ。

しかもあろう事か、カメラを手にした雪見の等身大パネル写真が置いてあり、

『カメラマン 浅香雪見』とご丁寧に名前まで書かれているではないか!

驚いたのなんのって、すべての涙が体内の奥深くに引っ込んでしまった。


「どう?びっくりした?私が写したゆき姉、結構いい仕上がりのパネルになったわね。」 

後ろからみずきの声がして、雪見が振り向く。


「びっくりするでしょ、普通!いきなり自分が立ってるんだから。

しかも私の写した写真が、こんなにたくさん展示されてるなんて…。

一体どういう事?」


「お父さんの遺言の一つなの。」 「えっ?」


宇都宮は、雪見が写した写真を大層気に入り、遺影の選定も迷いに迷ったそうだ。

こんなにいい写真がたくさんあるのに、他をお蔵入りさせるのはもったいない。

人生締めくくりの姿こそ皆に見て欲しいから、この写真を数多く展示するように。

それが遺言の一つだったらしい。


「父が亡くなった日に、ゆき姉が枕元に置いてったアルバムからも使わせてもらったわ。

健人や当麻と一緒の写真が多いから、迷惑をかけるかも知れないって迷ったんだけど…。

でもあの時の父は、確かに役者の顔をしてたから…。

だから、どうしても俳優 宇都宮勇治最期の姿として、皆さんに見てもらいたかったの。

もちろん健人たちを載せる許可は、事務所にもらってるから安心してね。」


そう言われて、最後の写真まで足を進めて見る。

確かに、猫と写した写真はプライベートな素顔の写真だが、健人や当麻と

仕事の話を熱く語ってる時の写真は、頬こそ痩せこけてはいるが、俳優

宇都宮勇治そのものであった。


「私ね、この写真が大好きなの。」

みずきがそう言いながら、一枚のパネルを指差す。

それは宇都宮が、右手で当麻と、左手で健人と握手している写真だった。

当麻と健人はちょっぴり緊張気味の顔。

宇都宮は、これからを期待される二人に、無事バトンを手渡したような晴れやかな顔。


「これが、この世に残る宇都宮勇治最期の一枚…。

きっとね、思い残す事は何もないって思ってたと思う。いや、そう思ってて欲しい…。」

みずきはゆっくりと写真に手を伸ばし、そっと父の頬に指先を触れる。


しばらくの間、父と無言の対話をしていたみずきがフッと我に返り、

「お父さんが、『会場の最終チェックをしてこい!』だって。ちょっと行ってくるねっ!」

と笑顔でロビーを駆け出した。

どうやらみずきは、もうすっかりと自分を取り戻したようだ。

きっとそれは亡き父と対話の出来る、不思議な能力のお陰であろう。


その後ろ姿を目で追ったあと、雪見もみずきを真似して写真の宇都宮に触れてみる。

みずきのように不思議な力は持ち合わせていないから、一方通行ではあるけれど、

どうしても式の前に伝えておきたい事があった。


『宇都宮さん。本当にありがとうございました。

この写真展もきっと、私に対する優しいご配慮ですよね。

無名カメラマンの私を、最後に強力に後押ししてくださったんだと思います。

自分で撮した写真を改めて見て、一つ気付いた事がありました。

私ってポートレートが苦手だとばかり思ってたけど、実はそうでもないんだなって。

自分で自分の可能性を狭めちゃいけないんですね。

宇都宮さんを送る歌も最初は自信がなくて、お引き受けした事を少し後悔したけれど、

これは、デビュー前の私に宇都宮さんが与えてくださった、大きな大きな

ワンステップなんじゃないかと思うことにしました。

だから、今の私が発揮出来る、最大限の力でチャレンジします。

それでもトチってしまった時は、笑って許して下さいねっ!

じゃ私、祭壇を見てきます。どんな遺影になったのか楽しみ!」


そう心の中で対話して、宇都宮の頬から指先をそっと離す。

その瞬間、身体中から不思議とエネルギーが湧き出すのを感じる事ができた。


さぁ!次のステージに進む扉を、自らの手で開けに行こう!


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