伝え合う気持ち
「めめ!ラッキー!ただいまぁ。」
重い足取りでリビングにたどり着くと、足元に二匹がすり寄って来る。
しゃがんで頭を撫でてると、やっと肩の力が抜けて身体が少しだけ軽くなった。
「よし!健人くんに、何か美味しい物でも作ろうっと!
あ!でもその前に、あんた達にもご飯だね。お腹空いたでしょ。」
この二匹の魔法使いは、私に元気が出る魔法を振りかけてくれた。
まぁそうでもしないと、自分たちも空腹を満たせないと思ったからに違いないのだが。
ご飯支度を終え、時計を見ると午後八時。
まだ健人くんは仕事中だよなぁと思っていると、突然ケータイが鳴る。当麻からだ!
「もしもし、ゆき姉?みずきに会って来た?」
電話に出た途端、いきなり聞いてきた。心配の度合いがよくわかる。
そうだよね。当麻くんにだって、早く様子を伝えてあげるべきだった。
最近優しさが足りないな、私…。
「会って来たよ。しっかりしてたから安心して。
会見も途中からしか見れなかったけど、みずきさんらしく堂々としてた。
ただね、昨日から何にも食べてないらしくて。あの後、食べてればいいんだけど…。
多分、大まかな事は打ち合わせが終って、だいぶ落ち着いてる頃だと思うから、
後で電話して声を聞かせてあげて。」
「わかった、そうする。で、健人は?帰って来てんの?」
「まだ仕事中だと思う。当麻くんは?何してたの?」
「俺?今ね、ホテルのショップでみずきにお土産選んでるとこ。
それが中々決まらなくてさ。ゆき姉にヒントもらおうかと電話してみた訳よ。
まぁ、みずきが大変な時に、お土産でもないんだけどさ。
でも、少しでもあいつの笑顔が見たいから…。ねぇ、何がいいと思う?」
「そうだなぁ。やっぱ、お守りになるような、身に付ける物がいいんじゃない?
ペンダントとか、お揃いの指輪…とか?
って言うか、その前に私達に何か言い忘れてない?まだ何の報告も受けてないんですけど。」
雪見が意地悪そうな声で、わざと聞いてみた。
「え?えーと、何の話かな?」
「まさか、しらばっくれて済まそうなんて思ってるわけぇ!?」
雪見がびっくりするような音量で叫んだので、当麻が電話の向こうで慌ててる。
「冗談だよ、冗談!もう勘弁してよ、耳がキーンとしたわ!
ちゃんとみずきに告白して、OKもらったよ。沖縄から戻ったら報告するつもりだった。
でも、まさか宇都宮さんが、こんな早くに逝っちゃうなんてね。
宇都宮さんにも伝えたかったな…。」
当麻の声は沈んでいた。
「宇都宮さん、ちゃんと解ってたじゃない、当麻くんの気持ち。
この前病院で写した写真にも、凄く穏やかな顔で写ってた。
きっと当麻くんにみずきさんを託して、安心して眠りについたんじゃないのかな。」
「俺が安心させちゃったから、早くに逝っちゃったのかな…。」
ボソッと呟くように当麻が言った。
「なに言ってんの!そんなこと、あるわけないでしょ!
それより早くお土産選ばないと、お店閉まっちゃうよ!
まー、この前のお花屋さんでもそうだったけど、優柔不断さは相変わらずだね。
お店の開店と同時に選び始めないと、間に合わないんじゃないの?」
雪見はわざと大袈裟に言ってみる。少しでも当麻の気分を変えてあげたくて…。
「失敬な!大事な人にあげるプレゼント選ぶのに、優柔不断と呼んで欲しくないわっ!
真剣に真剣に選んでるから、そうなるんでしょーが!
だってゆき姉と健人のお土産は、ソッコー決まったもん!」
「どうせ泡盛でしょ!」
「あれ?どうしてわかったの?けど、それしか頭に浮かばなかった!」
「はいはい!いいですよっ!その分の時間を、みずきさんのお土産選びに費やしなさい!
じゃ、電話切るよ!あ、報告!私、宇都宮さんのお葬式で歌う事になったから。じゃーねー!」
電話を切る寸前、「ええーっ!?」と言う大声が向こうから聞こえた。
後で、もうちょっと詳しい話をメールで送ってあげよう。
病院で写した、宇都宮やみずきの画像と共に…。
それからすぐに、今度はみずきにメールした。
「元気?ご飯は食べた?少しでも寝ないとダメだよ!」と。
すると、すぐにケータイが鳴る。みずきからの電話だ!
「もしもし、みずきさん!?今、話してて大丈夫なの?」
「うん。さっきね、ご飯も食べたよ!
美味しいお寿司を、おじいちゃんが出前で取ってくれた。」
「そう!良かったぁー!」
みずきの元気そうな声を聞いて、ホッとしたらなんだかウルウルした。
「ごめんね、そっちに行けなくなって。本当は何かお手伝いしたかったのに。
あ、そうだ!今、沖縄の当麻くんから電話が来たよ!
みずきさんの事すごく心配してたけど、落ち着いて葬儀の準備を進めてるよ、
って教えてあげたら安心してた。後で電話が来ると思う。」
「ほんとっ?当麻くん、何してた?元気だった?」
矢継ぎ早に質問が飛び出す。その声は、今朝の弱々しい声とは別人で、
パッと明るくなったみずきの顔が、目に浮かぶようだった。
「ねぇ!今、沖縄にいる当麻くんの姿を透視してみて!できる?」
「えっ?やろうと思ったら出来るけど…。
でも、お風呂とかトイレとか、入ってたら見たくないし…。」
みずきはあまり乗り気ではないらしい。
「あははっ!今ならまだ大丈夫な場所にいるから、見て見て!」
「ほんとに大丈夫…?」
そう言った後、みずきは精神統一して集中し出したらしく、しばらくのあいだ無言になる。
「あ…見えた…。どこだろう?お店の中?かな…。」
「そう!当たりっ!すっごいねー、みずきさん!当麻くん、何してる?」
「うーん…。なんか、お店の中をウロウロしてるみたい。何してるんだろ?
何か捜し物してるのかなぁ。」
「そうだよ!当麻くんね、一生懸命みずきさんのお土産選んでるの。
あの人ね、この前のお花もそうだったんだけど、本当にみずきさんの喜ぶ顔が見たくて、
真剣に悩みに悩んで、大事にプレゼントを選ぶの。
そのお陰で、一緒に行くとえらい待たされるんだけどねっ。
当麻くん、宇都宮さんにもお土産買ったって。」
「えっ! ?」
「泡盛!帰ったら祭壇にお供えして、一緒に飲むんだって言ってたよ。
宇都宮さんがお酒好きだったって、知ってたみたい。
本当にいい奴だから、当麻くん。私が保証する。
きっとお父さんも、安心して旅立ったんじゃないのかな…。」
「……そうだね、きっと。あさってが楽しみ。みんなで泡盛飲もう!お父さんと一緒に…。」
みずきは明るい声で電話を切った。
その直後、健人が帰って来た!
玄関先に飛んでいき、「大好きだよっ!」と抱き付くと、笑いながら
「俺もだよ!」って言ってくれる。
これからは、ちゃんと気持ちを伝えるからね!