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今野の忠告

「ご承諾して頂けるんですかっ!?」

身を乗り出して正式な返事を待つ三人に対し、雪見は小野寺の顔を見て最終的な決断を仰ぐ。

やはり自分の一存で決められる事ではない。


「いいんじゃないか?こんな大役、自分から望んで手に入るものじゃない。

きっと宇都宮さんが、お前に下さったチャンスなんだよ。凄い事じゃないか!

お前の写した写真が遺影になり、お前の歌が宇都宮さんを送るんだぞ!

俺の方が、鳥肌立ってきたよ!

皆さん、どうかうちの浅香をよろしくお願いします!」


小野寺が立ち上がり三人に頭を下げたので、慌てて雪見と今野も立ち上がり、

深々と頭を下げた。

それからお互いに契約書を交わし、大まかな打ち合わせをする。

歌う曲は今日歌ったのと同じ『涙そうそう』で、という希望らしいのでそれに従った。

明後日の葬儀最後に、プロの室内管弦楽団の生演奏をバックに歌うと言う。

あまりにもスケールの大きな話に、引き受けたはいいが正直不安で仕方ない。


「あのぅ。参列者は一体どれくらい…。」


「それは私達にも予測がつきませんので、東京で一番大きな斎場を用意しました。

僧侶を立てないでと言う遺言に従い通夜、告別式という形ではなく、お別れの会型式の

一日だけの葬儀になります。なので参列者はかなりの人数になるかと。」


もしかして私、とんでもない仕事を引き受けちゃった?

なんせ葬儀は二日後だ。準備もへったくれもなく、いきなり一発勝負の本番になる。

しかも、宇都宮ほどの大物俳優となれば、各界の著名人もやって来るだろう。

自分のステージさえまだ経験してないデビュー前の私に、こんな話を持って来るなんて、

引き受ける方も頼む方も博打が過ぎるのではないか。

万が一にも大失敗しちゃった場合は、どうすればいいわけ?


小野寺が相手方と話している間、一つずつ順を追って考えていく。

するとどう考えても無理な気がしてきて、目の前のテーブルにまだ置いてある契約書を

奪って破り捨てようかという衝動に駆られた。

手を前に伸ばした瞬間、それはスッと持って行かれ、相手方三人がバタバタと立ち上がる。


「じゃ、私達はこれで。葬儀というのは、待ったなしで準備を進めなきゃならないので、

悲しんでる暇もありませんわ!では明後日、よろしくお願いします!」

そう言って応接室を出る間際、みずきの事務所社長が思い出したように雪見に聞いてきた。


「あ、そうだ。宇都宮の枕元にあったアルバム、見せていただきました。

こちらの事務所の斎藤健人さんと三ツ橋当麻さん、うちのみずきと随分

親しそうに写ってましたけど…。」

どういう関係なんだ?お前は何か知ってるだろ?という目で雪見を見たのでドキッとした。


「え?あー、はい。みんな仲良くさせて頂いてます。

三人とも、私の事を姉のように慕ってくれてるので、よく私の家でご飯

食べたり飲んだり。四人姉弟みたいな関係ですね。

だから五日前も、私達三人で宇都宮さんのお見舞いに行ったんですけど、

まさかあれが最期になってしまうなんて…。」


「そうですか、わかりました。葬儀が終るまではみずきも気が張ってるが、

精神的に辛くなるのは葬儀が終ってからの事でしょう。

どうかその時には、みずきを支えてやって頂けますか。」


「もちろんです!それは宇都宮さんとの約束でもありますから…。」


ドアを出て行く三人の後ろ姿が消えた瞬間、雪見は全身の力が抜けてドサッ!

とソファーに座り込み、はぁぁ…とため息をつく。

なんとか当麻くんの事、誤魔化せたかな…。疲れた…。


小野寺と今野が忙しそうに打ち合わせている間、雪見はどうにも我慢できない

睡魔に襲われて、スゥーッと気を失うように眠りに落ちてしまった。



「雪見!雪見!帰るぞっ!起きろっ!」今野に夢の途中で起こされた。

せっかく健人くんと、美味しい焼き肉屋さんで、ご飯食べてる夢見てたのに。


「こんな時に寝れるなんて、お前も小心者なのか図太いんだか、わかんない奴だね。

宇都宮さんとこに、車を取りに行くんだろ?送ってくよ。」


外はすっかり夜の街に切り替わっていた。

なんだか長い長い一日で、すべての事が今日だけに起こった事とは思えない。


「健人には連絡したの?葬儀で歌うことになったって。」


「あ!まだしてない!」

今野に言われ、初めてまだ健人に報告してない事に気付く。


「お前ねぇ。健人が可哀想だろ、あんなに心配しながら現場行ったのにさ。

いくら健人がツンデレ好きって言ったって、ツンツンばっかりされてたんじゃ、

あいつだって嫌になっちゃうよ!」


今野の言葉にドキッとした。

そんなつもりは毛頭ないのだけれど、結果としてそうなってるかもしれない。

二十代の頃より恋愛に注ぐエネルギーの割合は、確実に低下しているのだ。

21歳恋愛ど真ん中の健人に愛想を尽かされないためには、今野は良い忠告を

くれたと思う。


「早くメールしなきゃ!」

長ったらしい説明にならないように完結に!とか考えながら打つ時間がもどかしい。

報告事項を打ちながらも、段々とそれはどうでもいい事に思えてきた。


頭の中に、今野が言った『あいつだって嫌になっちゃうよ!』がこだまする。

あっちにぶつかり、こっちにぶつかりして、簡単には身体の中から抜けて行ってはくれなかった。


本当は今すぐ会って直接伝えたいのに。『 大好きだからねっ!』って…。



「もうすぐ着くぞ!…って、凄いマスコミの数だぞ!車なんて出せないだろ、これじゃ!」

確かに、門の前にもズラッと脚立が壁を作っていて、車を出すには皆に

退けてもらわないと出られない。どうしよう…。


「騒ぎが収まるまで、預かって貰った方がいいんじゃないのか?

今、不用意に出入りすると、また厄介な事になるかもしれんぞ。

俺がみずきのマネージャーに電話して頼んでおくから、今日はこのまま帰った方がいい。」

そう言って今野は車を発進させる。


みずきは今頃どうしているだろう。ご飯は食べただろうか…。


車の中から後ろを振り向き、遠ざかってゆく宇都宮の家を、雪見はぼんやりと

見つめるしかなかった。


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