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大役の依頼

「今野さん、ゆき姉を頼んだよ!」

別れ際に見せた、健人の心配そうな顔が頭に浮かぶ。

健人はサブマネの及川と次の現場に向かい、雪見は今野と共に事務所へと向かった。


「心配すんな!俺がちゃんとフォローしてやっから。」

不安一杯の顔で後部座席に沈む雪見に、今野がルームミラー越しに笑顔で言う。


「ごめんなさい。健人くんの現場に行けなくなって…。」

雪見が、蚊の鳴くような声で今野に詫びを入れた。


「何言ってんの?俺はお前のマネージャーなんだぜ?

今はまだお前の仕事が少ないから、空いてる時間を健人に付いてるだけの話だよ。

それはいいとして、常務の呼び出し、お前なんか心当たりがあるんじゃないの?」


「…実は…。」

雪見は、宇都宮家で歌ったあとに、三人の偉そうな人が詰め寄ってきた話をした。


「最初は、大声で歌った事を叱られるのかと思ったんだけど。

名刺を渡したら、『宇都宮の遺影を写したカメラマンか!』って…。

私、どうしても宇都宮さんの頼みを聞いてあげたくて、独断で遺影の撮影を

引き受けちゃったから…。今はフリーのカメラマンじゃないんだから、

事務所を通さないといけなかったんですよね…。

それに宇都宮さんの事務所は、私みたいな無名のカメラマンの写真じゃなくて、

有名写真家が写した遺影にしたかったはず。

だから、うちの事務所に抗議の電話でも入れてきたんだ、きっと。

どうしよう…。もしかして私、大変な事をしちゃったのかな…。」

ことの重大性に今更ながら気が付いて、雪見は泣き出したい気持ちでいっぱいだった。


「済んでしまった事はしょうがない。向こうが抗議してきたのなら、まずは素直に謝ろう。

けど遺影の撮影は、宇都宮さんもみずきも望んでのことだろう?

宇都宮さんの遺言通りに葬儀を進めるんだったら、向こうの事務所だろうと

口出しできないと思うがな…。

まっ、うちの事務所にバレちゃった以上、無許可の仕事は減給処分ぐらいは

覚悟しといた方がいいぞ!

…ってことは、俺も管理不行き届きで減給かぁ!?」


「ごめんなさ〜い!!」



事務所に到着後、大急ぎで応接室に駆け込む。

が、今野と二人、ドアを開けて心臓が止まりそうになった。

あの偉そうな三人組が、ソファーにでんっ!と腰掛け、待ち構えていたからだ。


『あっちゃー!電話だけの抗議に飽き足らずに、わざわざ乗り込んで来たわけ?

こりゃ、俺が必死に雪見を守らないと、困った事になるぞ!』

今野は、思ったよりも厄介な状況に身を引き締めた。


「おぅ!お疲れ!まぁ早く座れ。」

おやっ?と今野は思った。常務の小野寺が、予想に反して穏やかな顔をしてたからだ。


テーブルを挟みコの字型に、三人の敵、常務、そして雪見と今野が座る。

これから何が話し合われるのかを想像すると、雪見は頭がクラクラしてきた。


「先ほどは、どうも!」

宇都宮家で雪見に詰め寄った一番偉そうな人が、不敵な笑みを浮かべ雪見を見る。

蛇に飲み込まれる寸前の、カエルになった心境だ。


「こ、こちらこそ、先ほどは大変失礼を致しましたっ!」

雪見はそれだけ言うのが精一杯で、あとは顔も上げられず、最後の審判が下されるのを

絶望的な気持ちで待つのみだった。


「話はこちらからすべて聞いたよ。俺のまったく知らない事ばかりで驚いた。」

小野寺は苦笑いをして雪見を見る。


「申し訳ありませんでしたっ!すべては私が勝手にした事です!

今野さんは何も悪くありません!だから処分は私だけに…。」

いきなり立ち上がり頭を下げた雪見に、小野寺は勿論のこと、偉そうな三人組も

なぜかギョッ!とした顔で雪見を見た。


「ちょ、ちょっと待て!なんだ?その『今野さんは何も悪くありません!』って?

ははぁん!またなんか早とちりしてんな?

お前は健人と違って直感で行動する奴だから、まぁ早とちりも多いわなぁ!

あ、当麻と性格的には似てるかも。」


「はぁ?」


雪見は小野寺の言いたい事が、まるでわからなかった。

そりゃ確かに健人は理性の人で、雪見や当麻は感性の人だけど。

当麻と似てるなんて、どうなの?


「宇都宮さんの事務所からお前に、凄いオファーがきたぞ!

あさっての葬儀で、お前に歌を歌って欲しいそうだ!」


「ええーっ!?」

雪見と今野が二人同時に、もの凄い声を上げた。


「ど、どういう事でしょう?ビックリしすぎて、状況がよく飲み込めないんですが…。」

まったくもって想定外の展開に、頭が混乱してる。なに?葬儀で歌って?


いきなり目の前の偉そうな人が、満面の笑みを浮かべ雪見に名刺を差し出した。

「申し遅れました。私、こういう者でございます。」

真ん中に座った人に続いて、すかさず両隣の人も名刺を差し出す。

え!?宇都宮さんの事務所の専務取締役に、みずきの事務所の社長さん?

そこまでのお偉方三人衆だったとは…。


「歌が大好きだった宇都宮さんは、葬儀でも、お経はいらないから歌で

送って欲しいと遺言したそうだ。

それで何人かの歌手をピックアップしてるそうだが、あれだけの大物俳優だろ?

交友関係が広すぎて、こっちを立てればこっちが立たずって事になって、

収拾がつかないらしい。

で、それならいっそのこと、何のしがらみも無いお前に頼みたい、って事で

わざわざ足を運んで下さった訳だ。」

小野寺の話があまりにも突拍子なくて、現実のものとして受け止められなかった。


「あの…。それなら別に私じゃなくても…。他にも大勢いらっしゃいますよね?

って言うか、そもそも私、まだ歌手になってないんです。しかも本業はカメラマンで…あっ!」

自ら遺影の話を振ってしまった事に気付き、慌てて口をつぐんだ。


「宇都宮の遺影の事をお気になさってるんですね?ご心配なく。

遺言書に事細かく指示がありましたから、その通りにさせて頂きます。

それと、あなたが最後に宇都宮を写された写真も拝見しました。

とてもいい写真ばかりで、葬儀場のロビーで開く写真展に、宇都宮勇治最期の姿として

多数使用する事をご許可頂きたい。」


「えっ!私の写真をですか?」


「病気をしてから写真を嫌がりましてね。

あなたが初めてなんです、療養中の姿を撮らせたのは。よっぽど心を許せたのでしょう。

あなたの歌声も素晴らしかった!

きっと宇都宮も、あなたの歌に送られる事を望んでいると思いますよ。」


その時、雪見の瞳に笑顔の宇都宮が浮かんできた。

涙が一筋頬を伝わり、気がつけばこくんとうなずく雪見だった。


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