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優しい説得

みずきは、二階の宇都宮の寝室にいるとマネージャーから聞き、雪見は階段を駆け上る。

トントン。ドアをノックしてから「みずきさん!雪見だけど。」と声を掛けた。

だが、耳を澄ましてしばらく返事を待つが、中からは物音一つしない。

「あれ?この部屋じゃないのかな。」


そっとドアノブを回してみると、スーッとドアが開く。

恐る恐る覗いた部屋にみずきは…宇都宮のベッドに入って眠っていた。


静かにベッドサイドに腰掛ける。

みずきは布団を顔半分まで掛け、父の匂いに包まれながら泣いて泣き疲れて

眠ってしまったのだろう。まだ乾ききらない涙が、頬を濡らしていた。


人気絶頂期に仕事を極限までセーブし、空白だった親子の時間を埋めていくように、

一人の娘に戻って過ごした父との最後の日々。

楽しそうに、嬉しそうにしてたけど、本当はつらかったよね。

この日が来るのを、怯えて暮らしてたんだよね。

そしてついに来てしまったんだ、別れの時が…。


雪見は、自分の父が亡くなった時の事を思い出した。

カメラを持ち世界中を飛び回ってた父が、病気になり家に戻って来た。

まだ小学生の雪見は、父が家にずっといてくれる事が嬉しくて、その先に

別れが待っているなどという現実は、受け入れようがなかった。


あの時の私と同じだ…。

段々とそこに寝ているのがみずきではなく、幼い頃の自分の姿に見えてくる。

そう思うとみずきが可哀想で、自分も可哀想で、頭をそっと撫でながら

ポロポロと涙が転がり落ちた。

「え?雪見さん…?来てくれたんだ。ありがとう。」

みずきが不意に目を覚ましたので、慌てて涙を拭う。


「あ…、起こしちゃった?ゴメン。ね、お腹空いてない?

下にサンドイッチ、いーっぱいあったから、もらってきちゃった!缶コーヒーも。

人間どんな状況でも、お腹って空くから不思議。あと眠くもなるしね。

私も父さん死んだ時、やたら眠かったの覚えてる。

泣くってめっちゃ疲れるよね、運動した後みたいに。あ!だからお腹も空くんだ、きっと!」

雪見は一人で喋り続けた。いつもと変わらぬ調子で。


「…少しだけ食べよっ。昨日から何にも食べてないんだって?

みずきさんが倒れるわけにはいかないんだよ。これから大仕事が待ってるんだから。

ドラマの主役を務める時は、体調管理に気を付けてしっかり食べるでしょ?

健人くんも当麻くんも、おいおい、大丈夫か?ってくらい食べるよね。

それでも痩せてくんだから、主役を張るって大変なんだな、って…。」


「…当麻に…会いたい…。」


「えっ?」


やっと聞こえるくらいの小さな声でみずきが求めたものは、父ではなく当麻であった。

一瞬驚きはしたが、雪見は少し安堵した。

みずきの心が、父の死以外にも向き出したということに。


「当麻くん、凄く心配してたよ!さっき沖縄からメールが来た。

『みずきのこと、よろしく頼む。』って。

あさってには東京に戻るって。全然当麻くんからのメール、読んでないでしょ?」


「そうだ、ケータイ!どこ?私のケータイ!」

みずきはいきなり魔法から解けたかのように、ガバッと飛び起きて、

右往左往しながらケータイの在りかを探してる。


「落ち着いて!ケータイなんて、ここにないんじゃない?

私、マネージャーさんに聞いてくるから、待ってて!」

雪見はみずきにそう言い残し、階段を転げ落ちそうな早さで駆け下りて、

みずきのマネージャーに詰め寄った。


「みずきさんのケータイ、知りませんか?」


「あ、あぁ。ケータイなら僕が持ってますけど…。」

そう言ってポケットから取り出したケータイを、「もらって行きますっ!」と一瞬で奪い取り

きびすを返して、来た時並みのスピードで階段を駆け上った。


ハァハァ言いながらみずきにそれを差し出すと、「あったぁ!」と少しだけ笑顔がのぞいた。

「ありがとう。」とケータイを受け取り、受信されてた多くのメールに次々と目を通す。

と、ある所でぱったり指が止まったかと思うと、みずきの大きな瞳に

みるみる涙が溜まり流れ落ちた。


「当麻…くん?」 雪見がそっと聞いてみる。

ケータイをじっと見つめたままうなずき、また涙を流すみずきが愛しかった。


なにが書いてあるかは聞かないことにしよう。

それは当麻が一生懸命みずきに伝えたかった、愛ある言葉だろうから。


「当麻くんには、健人くんから伝えてもらったの。

一番そばにいてやりたい時に居れないのが悔しい、って泣いてたそうよ。

私にきたメールにも、『親子関係をマスコミに大騒ぎされたら、みずきは喪主を

ちゃんと出来るだろうか』って心配してた。」


「………。」


「みずきさんは、日本が誇る名優 宇都宮勇治の一人娘で、日本俳優界の大御所

津山泰三の孫で、日本一の若手イケメン俳優 三ツ橋当麻の彼女…になったんだよね?」


うつむいたまま、みずきがこくんとうなずいた。

雪見は極力穏やかに、優しく心に届くようにと、ゆっくり言葉をつないでゆく。


「そして…あなた自身は、世界に名を轟かせる若手実力派女優 華浦みずき本人なのよ。

あなたのお父さんが、生涯愛し続けた自慢の娘なの。

宇都宮さん、本当に嬉しそうだったなぁー。みずきさんが喪主を務めてくれる!って…。

自分の人生の花道を、あんな大女優になった娘に歩かせてもらえるなんて、

こんな幸せな最期はないよ! って、宇都宮さん笑ってた。」


「えっ?お父さんが?いつ?」


「当麻くんたちとお見舞いに行った日の帰り際。

みずきさんと健人くんが、先に廊下に出たでしょ?あの時、当麻くんと私にそう言ったの。

あ!思い出した!葬儀場の右上から見てるから、とも言ってたんだ!

自分が頼んだ通りの葬式になってるか、監視してるって。」


「そんなことを?…会えるんだ…。またお父さんに会えるんだ!

準備しなきゃ…。お父さんの望んだ通りにしないと、叱られちゃう!

ゆき姉、手伝って…あ!私…。ゆき姉って言っちゃった…。」

みずきが恥ずかしげに雪見を見る。雪見は笑いながらこう言った。


「いいよ、ゆき姉で。今日から私は、みずきのお姉ちゃん!…って事は

当麻くんは妹の彼氏ってわけだ!へっへっへー!面白そうな関係になったぞ!

じゃ、そろそろ準備を始めよっか。みんなが下で待ってるよ!」


「うん!」


二人は軽やかな足音をたてて階段を下りた。

これから襲ってくるであろう荒波も、しっかり手をつないで乗り切ろう!


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