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初仕事

朝の五時過ぎ。

まだ動き出す前の街に、慌てふためく二人の姿があった。


タクシーをひろい、急いで二人で乗り込む。


健人と私のマンションは偶然にも同じ沿線上にあり、先に健人が降りなければならない。

なのに、先に乗り込んでしまったのは健人だった。


「なんで先に乗っちゃったの?最初に降りるのは健人くんなのにぃ。」


「しゃーないじゃん。後ろから押したのはゆき姉でしょ?」


タクシーの運転手が、チラッとミラー越しに後ろを見る。


「やばっ!もう早、来ちゃったよ。」

そう言いながら健人がマスクを取り出し、慌ててつけた。


「今日はヤバいかも。俺の花粉レーダーが、マックスに反応してるよ。」


「健人くん、花粉症なんだ。大変だね、この時期。

てか、目がすごい充血してるけど大丈夫?これから撮影なのに。

写真集はいいとして、ドラマはそうはいかないでしょ?」


「大丈夫、目薬さすから。こう見えても一応プロだと自覚してる。

当麻と朝まで飲んで一睡もしないで仕事行っても、わりと平気だよ。俺、若いから。」


「あっそう。いま地雷踏んだよ。」


「ゆき姉って、いくつだっけ?」


「もう一度地雷踏む気?

一回り違うんだから、健人くんプラス十二でしょ。」


「ゆき姉は三十代になんか、ぜんぜん見えないよ。」


「じゃあ、四十代に見える?」


「なに言ってんの。もっと自分に自信持ちなよ。

ゆき姉は昔から綺麗で頭が良くて、俺の自慢の姉ちゃんだったんだから。

今だって、昔と何にも変わらないよ。」


「姉ちゃんか…。そうだよね。

健人くんにとって私はお姉ちゃんだよね。親戚の…。」


なんだか夢から覚めた思いがした。

急に現実に引き戻され、一気に酔いも醒めた。



そう。これから一緒に仕事をしていくのなら「親戚のお姉さん」のスタンスがちょうど良い。

健人くんがそう思っているのなら、それでいいんだ…。


自分で自分を納得させると、少し踏ん切りがついた。

よし。今日から仕事、頑張らなくちゃ!




そうこうしているうちに、健人のマンションに到着。

一度、私が降りてから健人を降ろす。


「じゃ、また後で。急いで支度してね。スタジオで待ってるから。」


私は再びタクシーに乗り込み、急いで自宅を目指す。

着いたらまず、めめにご飯をあげて水を取り替えて。

シャワーして、カメラの準備をして…と。


降りてからの手はずを順番に頭に叩き込み、一分たりとも無駄にはできない時間に備える。


「お客さん、着きましたよ。」


よし、スタートダッシュだ!




大急ぎで部屋の鍵を開け、中へと入る。

まだ寝ぼけ眼のめめが、ご主人様のいなかったベッドから飛び降り、足元にすり寄った。


「ごめんねぇ!またすぐに出掛けなくちゃならないの。

今ご飯あげるから、ちょっと待ってて。」

いつもよりスピードアップして、めめのご飯と水を整える。


お次はシャワーだ。初日からボケっとした顔して行くわけにはいかない。

なんせ私は今日から、今をときめくイケメン俳優 斎藤健人の専属カメラマンなのだから。



お化粧も抜かりなく。

斎藤健人の親戚でもあるわけで、健人が恥ずかしくないよう綺麗なお姉さんでいつもいなくちゃ。


服もこんな感じが初日はいいだろう。

第一印象って、めちゃくちゃ大事。

特に女のカメラマンは、男に比べて甘く見られる。


いつもは猫が相手だから、地面に腹這いになったり草っ原に寝転んだり。

汚してもいい格好で仕事をするが、今日からはそうはいかない。

仕事のできる女に見られたいから、真由子の真似を少ししてみた。うん、いい感じ。


さぁ、カメラのチェックも終わったし、準備完了!

いざ、斎藤健人の撮影現場へ。





初めて目にするドラマのセット。

うわぁ、こうなってるんだ。めっちゃリアル!


それは健人演じる主人公の、自宅マンションのセットだった。

ほんとに住んでるかのような、生活感溢れる造り。


感心しながらあちこちキョロキョロ見ていると、入り口方向から 「斎藤健人さん、入りまーす!」という声がして健人がスタジオに入ってきた。



「おはようございまーす。」


健人の挨拶と共に周りの空気が一変。スタッフ全員の背筋がシャキッとのびた。


そこにいる皆が、健人の一挙手一投足に惹きつけられてるのがわかる。

明らかに違う強力な磁場のようなもの。

そうか、これがオーラというものか。


視線の先にいるのは、まぎれもなく今もっとも人気のイケメン俳優 斎藤健人だった。

無論、朝まで呑んでた形跡など微塵もないし、学芸会の舞台から逃走した気弱な親戚の片鱗もない。


健人くんって、凄い人なんだなぁ…。



スタジオ入りの瞬間から撮影開始と思っていたのに、その存在感に圧倒され見入ってしまい、すっかりタイミングを逃してしまった。


いけない、いけない!これは私も真剣勝負で挑まないと。

俳優 斎藤健人の顔があってこそ、素の斎藤健人が存在するんだ。

どれも本当の健人くんなのだから、どんな顔も撮り逃してなるものか。

よし、始めるか!


私にもスイッチが入り、一瞬でカメラマンモードに切り替わった。




本番中は、シャッター音が入ってはいけないので撮せない。

打ち合わせやリハーサル、休憩時間などを狙って撮すことにする。


なるべく本人の集中が途切れないよう、望遠レンズで離れた場所から狙うことにした。

それはまるで、なかなか草むらから出てこない子猫を木陰からそっとのぞく、いつもの自分のようだ。


これ、結構得意なの。


なんだかファインダーの中に映るのは、いたずらな目をした可愛い子猫のような気がした。





「本日の撮影、終了です!お疲れ様でしたー!」


助監督の声があがると、やっと健人の表情が緩み笑顔が見えた。

私はその瞬間を逃さずシャッターを切り、こっちに向かって歩いてくる彼に最後までカメラを向けた。


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