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父の頼み

そこは病室とは思えないほど、華やかでにぎやかな時間が流れていた。

猫こそいないが、まるで『秘密の猫かふぇ』がここに移動してきたかのように…。


大先輩である宇都宮の演劇論を、みずきを始めとする三人の若い役者が

真剣な顔で聞いてたり、かと思うといつものごとく、お互いバカ言いながら

みんなで大笑いしたり。

宇都宮は、雪見の手渡したアルバムを大事そうにめくりながらも時折、

みずきと当麻が仲良くじゃれ合っているのを、目を細めて嬉しそうに眺めてる。


それぞれが自由気ままに時を過ごしているのだが、プライベートな時間であっても

俳優や女優という人達の、生まれ持ってのオーラは消えやしない。


どこにでもありそうな、ありふれた光景なのに、部屋の隅々にまで眩しい光が

充ち満ちているようだった。


雪見はどうしてもこの贅沢な光景が撮りたくなり、みんなの許可を得てカメラを取り出す。

始めは、気軽なスナップ写真のつもりで、笑いながら写していたのだが、

いつの間にか真剣なプロカメラマンの顔つきになり、夢中でシャッターを切り続けた。


「ちょっとちょっと、ゆき姉!なんで仕事モードに入ってんの?

俺たち、午後まで仕事休みなんですけど。」

当麻の声にハッと我に返る。


「ご、ごめん!あんまり素敵な光景だったから、つい集中しちゃって。

人を写したくなることって、滅多に無いんだけどな…。

あ、宇都宮さん。この前写した写真、どうでしたか?ご要望通りに写せてたか心配で。」

雪見がカメラを置いて、宇都宮の手元にあるアルバムを覗き込む。


「あぁ、とても良く撮れてるよ。どれを本番で使おうか迷うくらいだ。

本当にありがとう!忙しいのに、立派なアルバムにまで仕上げてくれて。

お礼に一つ予言しよう。君は…。君はこの先必ず人気のカメラマンになる!

この私が言うんだから間違いない。」


「えっ…?」


宇都宮の断言に、一瞬病室の中が静まり返る。

予言…?宇都宮もみずきと同じ、不思議な能力を持っているのか?

それにしても、その『予言』の持つ意味を、今は誰も理解できなかった。


「君たちも聞いてくれるか…。

みずきは…。私が死んだらすべてをマスコミに公表し、喪主を務めてくれるそうだ。」


「ええっ!!」


今までの楽しかった時間が、一気に凍り付く。

雪見たち三人は、一斉にみずきの顔を驚きの表情で見た。

みずきほどの国際派女優が、それを公表することによって起こるであろう、

世間の大騒ぎを瞬時に想像して…。


「みずき!わかってんのか?自分が言ってること!

マスコミにとっては、とんでもないスキャンダルなんだぞっ!」

当麻が凄い勢いでみずきの腕をつかむ。

だが、当麻に向けたみずきの顔は、すでに意志が固まってる事を表し、

何の迷いも困惑も、微塵の不安感さえも見当たらなかった。


「当麻、よく聞いて。これは私にとって、スキャンダルでも何でもないの。ただの事実よ。

私が娘なんだから、喪主を務めるのも当然でしょ?」

まだ生きてる人を目の前にして、葬儀の話を堂々とする。

それは、すでに宇都宮とみずきの間で充分な話し合いがもたれ、取り決めが

行なわれた事を意味した。


「その…なんて言うか…、育ててくれたご両親は何て?」

どう聞こうか迷ったが、雪見はストレートにみずきに聞いてみる。


「父と母は、私の性格を充分知っているもの。

『思う通りにしなさい。』とだけしか言わなかったわ…。

でもね、この事を公表したからと言って、父と母との関係がどうにかなることは無い。

今までと何も変わらないのよ。」

みずきは、自分に言い聞かせるように言った。

そう、変わらない。だから大丈夫よ、という風に…。



しばらく流れた沈黙のあと、宇都宮が穏やかに雪見たち三人に向かって語りかけた。

「みずきの事を…よろしく頼むよ。

若い頃の、たった一つの決断の誤りが、こんなにも娘を苦しめてしまった。

実の父として、この子をずっと守っていかなければならなかったのに…。

私が亡き後、みずきを支えてやって欲しい。どうかお願いします…。」

そう言いながら宇都宮は、布団に額が付くほど深くこうべを垂れた。


「宇都宮さん、頭を上げて下さい。何も心配はありません。

華浦みずきは、世界中に愛されている大女優です。みんなが彼女を守っていきますよ。

僕が…、いや僕たちが必ずみずきさんを支えていきます!」

当麻の力強い宣言に、健人と雪見もうなずいた。

皆が瞳に涙をたたえている。

みずきは、涙が止めどなく溢れ胸がいっぱいになり、今はもう何も言葉にはできなかった。


「ありがとう!これでもう思い残すことは何も無い。

今日は君たちが来てくれて本当に良かった。

雪見さん。君には何から何まで、お願いばかりで申し訳ない。

みずきは一人っ子だから、少しわがままな所もあるけど、これからも妹だと思って

仲良くしてやってくれないか?」

泣きやまないみずきに目を向けてから、宇都宮は済まなそうに雪見を見る。

雪見は指先で涙を拭き取ったあと、ありったけの笑顔を作って宇都宮に返事した。


「勿論です!こんな凄い妹の姉になれたら、すっごく嬉しい!

でも、11も私が年上だけど、絶対みずきさんの方がしっかりしてますよ。

だから私が妹になった方がいいかも。」

首をすくめて笑いながら雪見がそう言うと、すかさず当麻が口を挟む 。


「大丈夫!誰が見たってゆき姉の方が、年食ってるってわかるから!」


「ひっどーい!冗談で言っただけでしょ!

当麻くんだって、みずきさんより2コ下には見えないよ!

精神年齢は十歳くらい下かな?男として、もっとしっかりしないとねっ!」


「ガーン!気にしてること言われた!立ち直れないかも。」

当麻がふざけてうなだれると、宇都宮が肩をポンとたたいて本気で励ます。


「心配するんじゃない。みずきはどうやら、頼りない男が好みらしいから。

お似合いのカップルになれるよ。みずきを頼んだぞ!」


「は、はいっ!まかせてくださいっ、お父さん!!」


「な、なにが『お父さん!』よ!本当にお調子者なんだからっ!」

病室中が明るい笑い声で満たされる。みんなの心がほんわか温かかった。


だが…。

この日見た宇都宮の笑顔が最期になろうとは、まだ誰も想像しなかった…。


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