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嬉しい忠告

花屋の前に止めた車の中から、健人がじっと出入り口を凝視している。

すると、やっと雪見が、大きな花かごを両手で抱えて店を出てきた。

当麻はその後ろから、小さく可愛らしい花かごをブラブラさせて、上機嫌でついてくる。


「おそっ!めっちゃ待ったんですけど!」

雪見が車のトランクルームを開けた途端、健人が文句を言った。


「文句は当麻くんに言ってよ!もぅ、これだけの花をみずきさんに選ぶのに、

どんだけ時間かけるんだか!」


「お前、そんなちっちぇー花かご一つで、みずきを落とそうと思ってんの!?マジで?」

後部座席に乗り込んだ当麻を振り向き、健人が驚きの声を上げた。


「な、なに言ってんの!なんで俺がみずきを、落とさなきゃなんないんだよっ!

ばーっかじゃねっ!?」


色白の当麻は、耳まで赤くなるので分かりやすい。

その後も車内は、当麻vs健人の壮絶なバトルが繰り広げられ、決着のつかないうちに

病院の駐車場へと到着してしまった。



車の中からみずきに電話して、着いた事を告げる。

「うん、わかった。裏のエレベーターね。気を付けて行く!じゃ。

…一階の外来前は平日で患者さんが大勢いるから、裏玄関から入れって。

どっちにしても、見つからないようにしないと…。」


「よしっ!行きますか!」

キャップを目深に被り直し、はりきって最初に車を降りたのは当麻だった。

だが、大きな花かごを抱えた雪見だけが、あまりにも目立ちすぎるので

別々に特別室のある12階まで行く事にする。


健人と当麻が見つかるのではないかと、雪見は内心ヒヤヒヤしていたが、

病院の中での変装マスク姿は、都合良いことにまったく目立たず、

すんなりと12階に到達することが出来た。


ずらっと特別室が並んでいる一番右奥のフロアは、病院と言うよりも、

どこか高級ホテルを思わせる空間だった。

いかにも、特別な人達が入院してる事をうかがわせる。

その中の一室に、日本が誇る名優 宇都宮勇治が横たわっていた。



「ふぅぅ…。緊張するなぁ。俺、本当に変じゃない?」

長い廊下を歩きながら、当麻はそればっかり気にしてる。


雪見も健人も、『お嬢さんをください!とでも言うつもりかぁ?』と、

同じ事を考えながら、「はいはい!変じゃありませんよ! 」と適当に返事した。

今日は、写真を届けに来ただけのはずなのになぁー。


トントン! 深呼吸を一つしてから、雪見が宇都宮の病室をノックする。

「はい!どうぞ!」とみずきの声が聞こえたので、そーっとドアを開けた。


「こんにちはー!また来ちゃいましたぁ!今日のご機嫌はいかがですかぁ?」

いきなり雪見がワントーン高い、明るさマックスの声で病室になだれ込んだので、

後ろに控えてた健人と当麻はギョッとする。


『えっ!?そんなテンションで良いわけ?』


恐れ多い大先輩、しかも最期の時を間近にした人に面会するのに、と

ドアの外に立ってた二人は戸惑った。

だが、病室の中の三人は、びっくりするほど明るく笑い合ってる。

しかも雪見は宇都宮の事を、自分のおじいちゃんとでも思ってるかのような振る舞いだ。


『おいおい、ゆき姉!その人は、とんでもなくすげぇ人なんだぞっ!

わかってんのかぁ?』


健人と当麻はハラハラしながら、遠く雪見を眺めてる。

すると、それに気付いた宇都宮が、「突っ立ってないで、君たちも中に入りなさい。」

と二人に声を掛け、みずきには、ベッドを起こしてくれるように頼んだ。


「は、はいっ!!」

直立不動のまま、おずおずと宇都宮のベッドまで足を進める。

横並びに整列して、まずは健人が挨拶をした。


「初めまして。斎藤健人と言います。今日は突然お伺いして申し訳ありません!」

健人が頭を下げたので、当麻もそれにならって頭を下げる。

が、頭を上げたあと、まだ健人の挨拶が続くもんだとばかり思ってた当麻は、

『次!お前の番!』と言うように、横を向いた健人に慌てた。


「え、えっと、三ツ橋当麻と言います!

いつもみずきさんには大変お世話になり、有り難く嬉しく思っておりますっ!」

カチコチになった当麻のかしこまった挨拶に、雪見と宇都宮は大笑い。


「ばっかじゃないのっ!なにその『秋の園遊会』で、天皇陛下にでもするみたいな挨拶は!」

みずきは顔を赤くして、当麻を鼻で笑う。


「まぁまぁ、そんなに硬くなることはないよ。

こちらこそ、みずきが仲良くしてもらってるそうで…。

一度君たちには会ってみたいと思ってたんだ。今日は会えて嬉しいよ。」

宇都宮は体調がいいのか、穏やかな笑みをたたえながらそう言った。

その言葉を聞いた瞬間の、二人の嬉しそうな顔!やっと少しだけ緊張が解けたようだ。


「ほら!ここに座って!今、コーヒーが入ったから。あ!綺麗なお花、ありがとね!

まぁ、どうせ雪見さんが見つくろって、あんた達はお金を出しただけだろうけど。」

みずきがいつもの通り、健人と当麻に悪態をつきながらコーヒーを運んで来ると、

すかさず当麻が反論する。。


「ひっでー!俺なんて、ちゃんと花屋の中まで入ったから!

健人だよ!車ん中で、ブーブー言いながら待ってたの!」


「おーいっ!そーいうこと言う?

お前がみずきに、あんだけの花選ぶのに、散々迷ってえらい待たせたくせに!」


「えっ!?あの小さい方のお花って…当麻が私に…くれた…の?…どうして?」

みずきが驚いて瞬きもせずに、大きな瞳で当麻のことをジッと見つめた。


「ど、どうして?って…。そ、そう!ただの手土産だよ、手土産!

別に深い意味は何にもないから、ぜーんぜん気にしないで。

あ!それとも食い物の方が良かった?お前、可愛い顔して結構食うもんな!」

当麻のへったくそな芝居に、雪見と健人がクスクス笑ってる。

若者達のやりとりを楽しげに見ていた宇都宮が、なぜか嬉しそうに当麻に話しかけた。


「君は性格まで、若い頃の私にそっくりだ!昔の自分を見ているようだよ。

だがな、一つだけ忠告しよう。自分の気持ちには、常に正直でなければいかん。

じゃないと、将来私のように後悔することになるぞ。」

そう言って宇都宮は、当麻の目を見てにっこりと微笑んだ。


「え!?ァ…はいっ!ありがとうございますっ!」


とっさには解らなかった言葉の意味に気付いた当麻は、嬉しくて舞い上がりそうだった。

それはまるで結婚でも許されたかのように…。


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