君に届け!
「当麻くん?雪見だけど。もう出掛ける準備出来てる?
じゃあ、これから迎えに行くから。着いたらまた電話する。後でね!
…よし!出発しますか!」
健人を助手席に乗せた雪見が、マンションの駐車場で車にエンジンをかける。
が、すぐに健人が「待った!みずきに連絡した?」と聞いてきた。
「あ!してない!忘れてたぁ!早く電話しなきゃ!」
慌てて雪見がみずきに電話する。今日も朝から病院にいるはずだ。
「あ!もしもし、みずきさん?雪見です!今、話して大丈夫?
あのね、これから写真を届けたいんだけど、宇都宮さんの体調はどう?
そう、この前写した写真。え、大丈夫?じゃ、これからそっち向かうね!
あぁ、そうだ、健人くんと当麻くんも一緒なんだけどいいかな?」
…と聞いたと同時に、「えーっ!?うそーっ!当麻も来るのぉー!?」
と、隣の健人にも聞こえるくらいの絶叫が、雪見の耳を直撃した。
「び、びっくりしたぁ!ごめん!健人くんたちはまずかった?
いや、すぐは着かないよ。今うちのマンションだから、これから当麻くんを迎えに行って、
途中でお花屋さんに寄ってから行こうと思ったんだけど…。
だったら大丈夫?あー、良かった!ごめんね!突然で。じゃ、また後で!」
電話を切ってから雪見は、みずきの慌てっぷりがおかしくて大笑いした。
「あはははっ!みずきさん、可愛いーっ!当麻くんも一緒だって言ったら
『メイクしてないのにーっ!』って慌ててた!」
「あいつ、この前まで俺たちとすっぴんで会ってたじゃん!何を今さら。」
健人が「ようわからん奴だ!」と小首を傾げる。
「だーかーらぁ!今は二人とも、そーゆー時期なのっ!案外にぶいね、健人くん。
病院着いたら二人の様子を観察してみ!楽しいから。
じゃ当麻くんを拾ったら、少しお花屋さんで時間稼ぎしようか。みずきさんのために。」
「どんだけメイクに時間掛かるんじゃ!今度からは真っ先に連絡入れてやれよ!」
「そうだね、反省反省!そんじゃ、出発!」
当麻のマンションに着くと、すでに当麻は外に立っていた。
「おはよー!」と、実に爽やかに車に乗り込んでくる。
打ち上げで朝方近くまで、飲んで騒いでたはずなのに…。
「おはよ!昨日はごめんね!二人とも先に帰っちゃって。
二次会はどうだった?楽しかった?」
雪見は、車を発進させながら当麻に聞いた。
「めっちゃ疲れた!あの人数を俺一人で盛り上げるのはムリがある!
常務がいつものマジックショーをやってくれたから、まだどうにかなったけど…。」
当麻がぶーたれた顔をする。
「ごめん!本当にごめん!もう熱出さないから。
お詫びにと思って、宇都宮さんのお見舞いに誘ったんだけど、疲れてたんなら
仕事まで寝てた方が良かった?」
どう見ても当麻は、父親受けしそうな服を選んで着ていた。
それを見抜いてわざと意地悪く聞いたのだが、可笑しくて笑いを堪えるのが大変だった。
「え?い、いや別に、疲れたっちゃー疲れたけど、せっかく誘ってくれたのに、
断るのも悪いじゃん!
それに俺、若い頃の宇都宮勇治に似てるってよく言われるから、一度本人に
会ってみたいと思ってたんだ!で…みずきも居るの?」
雪見が、ルームミラー越しに目撃した、当麻の嬉しそうな顔に堪えきれず
クスクスと笑い出す。
「な、なに笑ってんのさ!あ!このカッコおかしかった?もっと地味な色が良かったかな?
えー!ちょっと着替えに戻りたいんだけど!」
当麻の慌てっぷりには健人も爆笑した。
「わかりやすっ!久々に見たわ!お前のそーいうの。
大丈夫、大丈夫!どんなカッコでも当麻くんはイケてますから!
さー、とっとと花屋寄って病院行こ!」
病院に行く途中にあるお洒落で小さなお花屋さんは、雪見の行きつけの店だ。
大好きなアンティーク雑貨でコーディネートされていて、細長い店の奥には
四人掛けテーブル一つ分の、カフェスペースが併設されている。
「こんにちはー!」
古い木戸を押し開けた雪見を、五十近くのヒゲの店主が笑顔で迎え入れた。
「あ、雪見ちゃん、いらっしゃ…い!あれ?なんか見たことある人だ!」
雪見の後から入ってきた当麻を見て、店主が驚いてる。
だが当麻も同時に驚いた。
「え?男の花屋さん?しかも、どっかで会ったことあるような…。」
「ふふふっ、そう思う?この人ね、『どんべい』のマスターの弟さん!マスターに似てるでしょ。
あれっ?ママさんはいないの?」
「今、配達に出たとこ。で、今日のご注文は?」
場所柄、よく芸能人が来るらしく、店主は当麻に一度驚いたきりで、
あとは普通の顔をしてる。
花に興味の無い健人は車で待ってると言ったのに、当麻は「一緒に行く!」
と付いて来たのだ。どうやら自分も何か買いたいらしい。誰かさんのために…。
「病院にお見舞いに持って行く、アレンジメントが欲しいの。大体一万円ぐらいで。」
「男性?女性?いくつくらいの人?雰囲気は?」
宇都宮の顔を思い浮かべ、「あ!この人をおじいちゃんにしたような人!」
と当麻を指差すと、店主は「OK!任せといてっ!」と雪見に小さくウインクした。
夫婦でやってる店なのだが、他店にはない品揃えの花が多く、また夫婦共にセンスが良いので
お任せで作ってもらうアレンジメントは、誰にプレゼントしても大層喜ばれる。いつもはその手際よい手さばきを、カフェでお茶しながらうっとりと眺めて待つのだが、
今日はそうもいかなかった。
当麻がみずきへの花を、あーでもないこーでもないと悩むのに付き合わされた。
「なにこれ?みずきさんにどーゆー目的で渡すお花?」
「も、目的ってなんだよっ!理由がなきゃ花って、やっちゃダメなわけ?ただの手土産!
人を訪問する時は、何か手土産を持って行け!って親にしつけけられたのっ!」
「じゃあ、お店にお任せでいいんじゃない?」
「それじゃ気持ちが伝わらんでしょーが!」
「だから、どーゆー気持ちよっ!もう、バレバレだからね!言っとくけど。」
宇都宮への大きなアレンジメントが完成してもなお、当麻は腕組みして真剣に悩んでる。
彼女への想い、届くといいね!
けど、健人くんがしびれ切らして待ってるから、早くしてっ!