プロデューサー夏美の過去
昼食休憩を終えた午後一時過ぎ。
今度はロケバスで、少し離れた白樺林へと移動した。
木漏れ日差し込むこの場所が、『YUKIMI&』のPVのメインステージとなる。
「よし!準備を急いでくれよ!あっという間に日が傾くからな!
最初は雪見ちゃんの歌ってるシーンからだ。
その後、当麻と雪見ちゃんのシーン、健人と雪見ちゃんのシーンの順で行く!」
監督の大声が林に響き渡った。
ここからは、『YUKIMI&』のキャラクタープロデュースを担当する、
夏美も加わっての共同作業だ。
この場所もPVの衣装もストーリーも、すべて夏美が『YUKIMI&』のイメージに
こだわり抜いて決定した。
今まで、数多くの新人をプロデュースしてきた夏美だったが、なぜか雪見には
とりわけ力が入る。
出会った頃は、三つ年下の雪見のあれもこれもが鼻につき、ただ業務命令として
仕事を淡々とこなすのみだった。
それがどうした事か、今はこのプロデュースに夢中になってる。
なぜだろう…。
その理由を、最近夏美は見つけ出した。
私は雪見を通して、はかない夢を見ているのではないか?
遥か昔に諦めた夢を、雪見の身体を通して、疑似体験しようとしているのではないのか、と…。
夏美は十代の終わりに、歌手を目指していた時期がある。
自分で作詞作曲をした、青春や淡い恋の歌を、路上でギターを弾きながら歌っていたある日。
「デビューしてみないか?」と、ある事務所にスカウトされた。
夢のような話に、親にも相談せず二つ返事で承諾。
だが…。その事務所は夏美に、セクシー路線のキャラクターを強要した。
大きな胸を強調するような、水着みたいな衣装。
きわどい歌詞に、セクシーポーズの振り付け。
何一つ、自分の思い描いてたものとはかけ離れていた。
自分の身体を憎んだ。この口元のホクロが悪い!この大きな胸が悪い!
こんな身体に産んだ親が悪い!…と。
それっきり…夢は諦めた。人目に付くのも怖くなった。
なるべく胸の目立たない地味な服を選び、口元のホクロはコンシーラーを重ねて薄くする。
目鼻立ちのはっきりした、美人顔と呼ばれた顔には眼鏡を掛けた。
これでいい。もう、ひっそりと生きて行こう…。
それから四年ほどが過ぎ、心の傷もだいぶ癒えた頃。
とある居酒屋である男性と出会い、仕事の話で意気投合した。
夏美は大学を卒業してイベント会社の事務職につき、男性は芸能事務所にいると言う。
それが今の事務所の、小野寺常務との出会いだ。
十歳年上の小野寺は、当時マネジメント部長に就いたばかり。
始めはトラウマ的に、芸能関係者なんてと身構えていた夏美だったが、
小野寺の話に浮ついた話題はなく、仕事としてのマネジメント業務を熱く語り、
また勉強になる話もたくさんしてくれた。
何度か同じ居酒屋で顔を合わせ話をするうちに、いつしか夏美の中で
「私もやってみたい!」という思いがつのり、小野寺の紹介で転職したのだった。
あれから十三年…。
小野寺は、若きやり手の常務取締役になり、夏美はその片腕として期待されている。
夏美が入社当初から、何度か小野寺との関係を噂される事もあったが、
今も昔も二人の関係は、ビジネスパートナー以外の何者でもなく、お互い
恋愛感情など湧いたこともない。
夏美が小野寺から学んだキャラクタープロデュースの極意は、
「今備わっているものを最大限に生かせ!」というシンプルな事だ。
人間、持ち合わせていない物を後からくっつけても、結局は身体に馴染まず
ただの張りぼてになり、それさえもいつかは剥がれ落ちてしまう。
だったら、今持っているものの幅を少しずつ、最大限にまで拡げてやる事、
本人の気付いていない引き出しを開けてやる事が大切、と教わった。
だから…夏美も自分自身を覆い隠すのはやめにした。
この身体は持って生まれたもの。なにも恥ずべきことでは無いと思えてから
身も心も軽くなり、性格も前向きに変わっていったのだ。
今ではこの仕事が天職だとさえ思える。
そんな夏美が、雪見を通して夢を見ていた…。
「撮影の準備ができたから、ロケバスから雪見ちゃんを呼んで来て!」
監督の声に、スタッフが飛んでいく。
「スタンバイ出来ました!お願いします!」 「は、はいっ!」
スタイリスト牧田と共に降り立った雪見の姿に、みんながどよめいた。
あちらこちらから聞こえる賞賛の声に、夏美は嬉しそうに「フフッ!」と笑ってる。
白に近いベージュの、フレアたっぷりのノースリーブワンピース。
丈は前身ごろが膝上で、後ろが少し下がっている。
足元には焦げ茶色のレースアップブーツを履いていて、背中にはなんと
大きな翼が付いていた。
「女神様みたい…。」
当麻と共に、ディレクターズチェアーに座って出番を待ってる健人が、思わず呟いた。
あまりにも美しすぎて、それ以上の言葉が出てこなかった。
しばらくボーッと見とれたあと、隣の当麻に感想を聞いてみる。
「どう思う?」
「…寒いと思う。あれじゃ、ベンチコートも着れないや。」
確かに、健人と当麻を始め周りは全員、ベンチコートを着ていた。
十一月も後半の軽井沢では、間違っても小春日和に騙されて、こんな格好をしてはいけない。
「は、はっくしゅん!あのー、寒過ぎなんですけどぉー!」
雪見の叫びが、晩秋の白樺林にこだまする。
その日の夜、雪見が熱を出したのは言うまでもない。