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変身成功っ!

夏美に連れられて控え室に戻った雪見に、待ち構えていた今野がすかさず

グラスを差し出す。中には薄黄金色の液体が…。


「えっ?これって…。」

戸惑う雪見に今野が、いいから早く飲め!と急かした。


「これ、どう見ても白ワインですよね…?

もしかして私のこと…アル中だとか思ってません?違いますからっ!」

とんでもない勘違いをされてるかと焦って、全力で否定する。

確かに、酒好きであることは否定しないし、今まで数々の緊張する大舞台を、

酒の力で乗り切って来たことも確かだ。

でも、断じてアル中なんかではないことを強調した。


「そんなこと、思っちゃいないさ。ただの気付け薬だよ。

名付けて『酔拳作戦』だ!」

今野は、自分が考えた作戦だと威張ってる。


「何ですか?酔拳作戦って?」

ピンとこない様子の雪見に、今野はがっかりした。

我ながら、グッドネーミングだと思ってたのに…。


「お前さぁ。ジャッキーチェンの、あの名作を知らないのぉ?」


「あぁ!そう言えば見た事あります!『酔拳』ね!

お酒を飲めば飲むほど強くなって、千鳥足みたいなカンフーで、次々と

敵をやっつけるやつですよね!」


「やっと判ってくれたか!そうだ!だからお前も早く飲め!」

今野は突き出したグラスを、強引に雪見の手に握らせた。


「でも…。」チラッと横目で夏美を見る。


「いい?よく聞いて。あなたは、緊張さえ解ければ凄い力を発揮出来るの。

お願いだから飲んでちょうだい。時間が無いの!当麻と健人には時間が無いのよっ!」

夏美がしまいには金切り声を上げた。


「わかりました…。そうですよね。私だけがネックなんだもん…。

みんなに迷惑はかけたくない。」

そう言うと雪見は、手にした大ぶりのグラスを少し眺めたあと、水でも飲むかのように

ゴクッゴクッとワインを一気飲みしてしまった。

その飲みっぷりの良さには、さすがの今野と夏美も唖然としてる。


「うわぁー!めっちゃ美味しいです、このワイン!

飲みやすいから、いくらでも飲めちゃいそう!もう一杯貰ってもいいですか?」


「お、おう、飲め!解禁になったばかりのボージョレ・ヌーボーだ!美味いだろ!」

いきなりスイッチの切り替わった雪見にたじろぎながらも、空いたグラスに今野が注ぐ。

が、その数秒後には、またしてもグラスが空になってしまった。

恐るべし、雪見!


「ふぅ…。あー、美味しかった!ごちそうさまでした。

なんだかすっごくやる気が出てきたぞー!よっしゃ!SJのために変身といきますか!

じゃ私、スタジオに戻りますねっ。」

雪見は、明らかに別人になって控え室を出て行った。


「なんか…上手く行きすぎて怖いんですけど…。

あ!私も早く戻って、さっきの芝居の続きをしなくちゃ!嫌われ役も仕事のうち。

今野さんは証拠隠滅をお願いね!じゃ、先に行きます。」

夏美が雪見の後を追って、小走りにスタジオに戻ってみると…。


雪見は真剣な顔をして、監督に再び演技指導を受けている。

「セリフは『大好き!』の一言だが、声は録音されない。

口の動きだけで言葉がわかるように、はっきりと頼む。

それと、ここは三人の表情がアップになるシーンだ。

君は心を込めて、二人にセリフを言ってくれ。いいな?」


「わかりました。やってみます。皆さんよろしくお願いします!」

どうやらエンジンがかかったようなので、夏美はスタジオの後ろから、

取りあえずは様子を伺うことにした。


雪見の立ち位置である健人と当麻の間に入り、「さっきはごめんね!私、頑張るから!」

と、にっこり笑う。


夏美にきつく叱られてるだろうと心配していた二人は、雪見の豹変ぶりと

微かに漂った香りに心当たりがあり、お互い顔を見合わせた。

「もしかして、いつものパターン?」 「…のような気がする。」



「じゃ、本番行きまーす!」

スタジオ中に緊張が走る。もちろん注目を集めているのは雪見だ。


「よぉーい、スタートッ!」

監督の声を合図に三人の演技が始まった。


大切な仲間との繋がりを歌ったSJのデビュー曲『キ・ズ・ナ』

PVのメインはこの三人だが、同じ事務所の若手俳優仲間たちもワンカットずつ

「大好き!」と言ってる表情が、友情出演的に使われる。

そしてこの三人の演技はというと…。


雪見が健人と当麻の首に腕を回し、グイッと二人の顔を引き寄せながら

「大好きっ!」と言うシーンなのだが、監督からNGが出されてしまったのだ。

雪見は自分に出されたNGだと思い、「ごめんなさーい!」と謝ったが、

監督が出したのは健人と当麻に対するNGだった。


「おいおい!せっかく雪見ちゃんがいい演技したのに、プロの俳優二人が、その表情はないだろっ!

大好きな仲間に対して言った『大好き!』なのに、なんで愛を告白された!

みたいな顔しちゃったわけ?」


二人は『しまったぁ!』とバツが悪い。

そんなつもりはなかったのだが、雪見の演技とは思えない迫真の「大好き!」に

ついつい胸がキュンとして、顔が勝手にそうなってしまったのだ。


「ごめんなさい!私の言い方が悪かったですね!気合いが入り過ぎました。

今度は『NG出しやがって!だけど好きだよ!』バージョンでいきますねっ!」

雪見が茶目っ気たっぷりに笑いながら言うと、周りからドッと笑いが巻き起こり、

張りつめた空気が一気にまろやかになった。


それをきっかけに撮影はスムーズに進み出し、スタジオの中庭に場所を移しての撮影も、

天気に恵まれていい絵が撮れたようだ。


「よしっ!SJのPV、オールアップだ!お疲れっ!」

監督の終了宣言に、みんなから拍手が湧き起こる。


「よっしゃあ!お疲れ様でしたぁ!ありがとうございまーす!」

健人もスタッフに向かって、ねぎらいの拍手を送る。


当麻は、「腹減ったぁ〜!メシにしよう!俺、手伝うよ。」と率先して中庭に弁当を運んだ。



小春日和の柔らかな空を見上げ雪見は、山を一つ乗り越えた心地良い疲労感に満足していた。


さぁ、次はいよいよ私の番!気合いを入れ直して頑張るぞっ!


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