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大それた仕事

「おはようございます!今日はよろしくお願いします!」


『ヴィーナス』編集部の三人が大荷物を運び入れながら、先に乗っていた事務所チームに頭を下げる。

やっと明るさを増してきた穏やかな空に見送られ、いよいよロケバスは軽井沢に向けて出発した。


おおよそ八時には目的地に着くだろう。

始めの撮影は、スタジオでスタートするSJのPVだ。

その後、それに合成する分と雪見のPVを、外で撮影することになっていた。


十一月も後半になり、日没はあっという間にやって来る。

忙しい健人と当麻には、今日一日しか撮影時間を取れない。

その限られた時間の中で二本分の撮影をするという事は、かなりハードな仕事になることを

みんなは覚悟している。

だがバスの中は、大人の修学旅行のようにワイワイと賑やかだ。

それぞれが束の間の休息を、楽しんでいるように見えた。


「いやぁ、お天気で良かったよ!雨となったら折角の軽井沢ロケなのに

全面スタジオ撮影になっちゃうもんな。

今日の天気なら、イメージ通りの絵が撮れそうだ。」

最前列に座る映像監督の大谷が、満足そうに通路挟んで隣の夏美に話しかける。


「そうですね。私もお天気だけが心配でした。

『YUKIMI&』のイメージは、軽井沢の木立の中って思ってましたから。

まぁ、今時期あの衣装は寒いだろうけど…。」

鼻先でクスッと夏美が笑った。

今回の雪見のPVは、全面的に夏美がプロデュースすることになっている。言わば総監督だ。

何事もなく、スムーズに終ればいいのだけれど…。



「ねぇ。雪見ちゃんって、どこに座ってんの?」

大量の荷物と共にバス中頃に座った牧田が、斜め後ろに座った進藤に

ガムを手渡しながら話しかける。


「あそこあそこ!一番後ろの健人くんの横!

すでに寝てるって、どーゆーこと?どんだけ緊張してるかと思ったのに。

ひょっとして、とんでもない大物だったりする?」


「無いなー、それは。また昨日飲み過ぎて、二日酔いだとか?」


「だね!きっと。うわぁー、それじゃメイクに時間かかりそう!

初めての撮影前夜に大酒飲むんだから、ある意味大物か!」


「あははっ!言えてる!」

進藤と牧田に、二日酔いの汚名を着せられたとも知らず雪見は、

隣の健人にもたれかかり、幸せそうな顔で熟睡していた。




「着いたよ!ゆき姉、起きて!」

健人に叩き起こされ慌ててバスから降りると、先に降りてた監督の大谷が笑ってる。


「いやぁ、君がどんな大化けするのか、今から楽しみだよ!

まったく緊張もしてないようだから、ガンガン飛ばしていくよ!よろしく頼むね。」

それだけ言うと雪見の肩をぽん!と叩き、足早にスタジオの中へと消えて行った。


「なんか、めちゃめちゃ期待されてたりする?私。なんで?」

ボーッとした頭で考えてもよく判らない。


健人と当麻は顔を見合わせ笑いながら「気にしない!気にしない!さぁ、行くよ!」

と、雪見の背中を押してスタジオの扉を開けた。




「未知の世界だ…。どうしよう…。」


ロケーションのいい場所にひっそりと建つ撮影スタジオでは、すでに

先発隊のスタッフによって、準備が着々と進められていた。

今までのグラビア撮影とは訳の違うスタッフ、機材の多さ。

メイクの前に、ちらりと覗いてしまったのがいけなかった。

早くも弱気モード全開の雪見。


「ねぇ…。本当に私が演技するの?私のこと、誰だか知ってる?

猫カメラマンなんだよ?みんな忘れてない?」

鏡越しに、ヘアメイクの進藤に聞いてみる。


「そのセリフ、毎回言ってるよね、初めての仕事の時。

もうさ、三月までは自分が猫カメラマンだって事、忘れちゃえば?

猫カメラマンだと思ってるから、弱気になっちゃうんだよ!

私は女優よ!アーティスト『YUKIMI&』よ!って、自信を持って成り切りなさいよ!」


「そんな自信、どこから絞り出すの…。ムリ…。」

二人揃って「はぁぁ…。」と、意味の違うため息をつく。前途多難とはこの事だ。



最初は健人と当麻の、歌ってるシーンの撮影が行なわれる。

衣装に着替えてスタジオのセットに立った二人は、もはや俳優ではなく

アーティストSJであった。

準備の終った雪見も見ている中、リハーサルが始まる。


「さすがだなぁ!もうずっと前からSJって、いたんじゃね?って感じ。

やっぱ、凄いわ!あの二人。」

スタジオのあちこちから、そんな声が聞こえてくる。

完璧なダンスに色っぽいカメラ目線。

お互いの持ち味を存分に発揮して、見る者すべてを引きつけた。


ただの男の子に戻った健人と当麻ばかりを見ていると、この二人の凄さなど忘れがちだったが、

今、目の前で眩しく輝くオーラを見て思い出した。

この二人は、とんでもないほどの人気者だったんだ!と…。


そう気がついた途端、雪見はガタガタと震えだした。

『なんで引き受けちゃったんだろ…。私なんて、お呼びじゃないよ!』



そうこうするうちに本番もOKが出て、二人だけの撮影はすんなりと終ってしまった。

いよいよここからは、雪見も加わっての撮影だ。

監督に呼ばれ、映像の狙い目と演技指導を受けるが、緊張し過ぎて頭に入ってこない。

リハーサルもNGの連発だ。すでに雪見の顔から笑顔は消え去っていた。


「ちょっとマズイな。スタートからこれじゃ…。」

スタジオの隅で見守る今野と夏美も、段々と心配顔になってくる。


「時間も押してきてるし、仕方ない。奥の手を使うとするか…。」


「そうね。まさかこんな初っぱなから、私の出番が来るとは思わなかったわ。

じゃ、作戦通りに…。」

夏美と今野が何やら動きを見せた。


今野は足早にスタジオを出て行き、夏美は自慢の胸を強調するように、

タイトなスーツのボタンを閉める。

ふぅぅ…と深呼吸をしたあと、大きくパンパン!と手を叩いて険しい顔で前に進んだ。


「駄目じゃない!何回NG出せば気が済むの!みんなの迷惑よ!」

きつく雪見を叱る声に、スタジオ中が凍り付く。

健人と当麻もゴクッと息を呑んだ。

それから夏美は大きな胸の前で腕組みをし、おもむろに監督に近づいた。


「監督ぅ!ごめんなさいね、うちの雪見がエンジンかからなくて。

少しだけ私にお時間頂けるかしら。この子の気合いを入れ直して来ますから。」

夏美のセクシーな口元のホクロと胸元に気を取られ、監督は思わず

「どうぞどうぞ!」と雪見を差し出す。


「こっちへいらっしゃい!」

叱られるのを覚悟で夏美と共にスタジオを出た雪見だが、夏美はドアを閉めた途端、

ニコッと笑って「作戦成功!」と雪見を見た。



ぽかんとした顔の雪見に、作戦の意味などわかるはずもない。


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