寄り添う心
「チョーうまいです、この唐揚げ!このポテトグラタンも美味すぎる!」
ビールのお代わりを運んできたマスターが、健人の大絶賛に上機嫌。
もっとうまいもん食わせてやっから!と嬉々として障子を閉めた。
「気に入ってくれた?このお店。」
「うん、めちゃ気に入った!みんなにも教えてあげたい。
今度、俺の友達連れてきてもいい?」
「もちろん!マスターも喜ぶよ。」
「やった ♪ 今度、当麻を連れてこよう。」
「当麻って…三ッ橋当麻くんのこと?」
「そう。同じ事務所で仲いいんだ。
俺より一個下だけど、すごく気が合う。芸能界で一番の友達。」
「そうなんだ。良かった…。
ちゃんと近くに親友がいるんだね。安心した。
私ね、健人くんが俳優さんやってるって聞いて、本当はすごく心配だったんだ。
私の知ってる健人くんは、人見知りで恥ずかしがりやさんだったから…。
芸能界のことなんて何も知らないけど、きっと大変な世界だよなぁって。
うまくやっていけてるのかなぁって心配だった。
けど、昨日と今日で少し安心できたかな。
私の知らない間に、立派な大人になったなぁ…。」
「まーた、そんなこと言ってる。
ゆき姉は俺のこと、いっつも子供扱いすんだから。
俺こう見えても、酒だって強いんだよ?」
「あーら!お酒なら私だって負けないよ。キャリアが違うんだから。
お酒歴一年生に、負ける気は全くありません!」
「じゃあさ、明日の晩飯賭けて勝負ってのはどう?」
「望むところよ。負けないからね(笑)」
それから二人はビール片手に、明日からの打ち合わせを始めた。
「明日の撮影は、取りあえずドラマの撮影現場からスタートね。
二ヶ月の間には寝起きの顔だったり、お風呂入ってるとことかも撮るからね。」
「えー?そんなとこも撮すの ⁉︎」
「もちろん!ファンが知りたいのは、そういう日常の健人くんなんだから。
私はファンを代表して、みんなの知りたいを叶えてあげるの。」
「ゆき姉って、俺のファンなの?」
「え? も、もちろん!親戚一同、みんな健人くんファンに決まってるじゃない。」
「なんだ。それだけ?」
「それだけ、ってなによ。それじゃ、ご不満?」
「俺はさぁ、ゆき姉が俺の専属カメラマンになってくれて、めちゃ嬉しかったんだよ?
俺のこと、本当にわかってくれてんだなぁって。
俺さぁ、今日ゆき姉が今野さんに言ってくれたセリフ、一生忘れないと思う。
俺、この人のために、明日からも一生懸命働こう!と思ったもん。」
「さては結構お酒回ってきたでしょ。やっぱ私の勝ちかな?」
「まさか。ぜーんぜん酔ってないよー。」
それから二人で赤ワインを開け、改めて明日からよろしく! と乾杯した。
「俺、最近ワインが好きになってさぁ。
飲みながら、俺って大人だなぁーとか思うわけ。」
「そんなこと思いながら飲んでるうちは、まだまだ子供!」
「子供はお酒、飲んじゃいかんでしょ。だからオ・ト・ナ!」
「はいはい。健人くんは立派な大人です(笑)」
そんなくだらない話やお互いの猫の話、家族の話や夢の話など、夜が更けるのも忘れて語り合う。
二人とも、何も飾らず素でいられる時間を心地良く思った。
いつまでも話していたいと、お互いが感じてた。
「あ、そうだ!聞きたかったことがあるんだ。
昨日健人くん台湾から帰って来たとき、成田から私にメールくれたでしょ?
でも私あの時、羽田に健人くん迎えに行ってて、健人くんが到着ロビーに出てくるの見たんだよね。
あれって健人くんでしょ?成田にいるってメールは嘘だったの?」
「…え?羽田に行ったの?
ゆき姉が俺だって勘違いすんだから、完璧だわ俺の影武者(笑)」
「えーっ!影武者?そうなの?完全に健人くんだったけど??」
「騒ぎになりそうな時は、事務所がそっくりさんを用意してくれんの。
時間ある時は別にかまわないんだけど、急いで移動しなきゃなんない時に囲まれちゃうと次の現場に迷惑かけるから。」
「そうなんだ。背格好もそっくりだったから、てっきり健人くんかと…。
健人くんが私に嘘をついたのかと、ずっと気になってて…。」
「俺、ゆき姉に嘘なんてつかないよ。好きな人に嘘つく男は最低だと思う。」
「えっ?好きな人、って…。」
「い、いや、これは一般論であって、俺が、って意味じゃなくて…。」
二人とも、ビール五杯と赤ワイン一本空けたところで、急に酔いが回ってきた。
今日一日の、いや、ここ六時間ばかりの間に二人の距離は一気に縮まった。
明日からは二人、いつも一緒にいられる。
そう思うと心に安らぎが訪れて、昨日からの疲れも訪れて、眠気も訪れて…。
いつしか二人は寄り添うように、畳の上でスヤスヤと寝息をたてた。
……雪見ちゃん!
…雪見ちゃんっ!起きろー!雪見ちゃん!
「え?ええっ!ここ、どこ? え?マスター?
うっっそ!私たち、ここで寝ちゃったの??
なんで起こしてくれなかったのよぅ!」
「だって、あんまり二人が気持ち良さそに寝てたからさぁ。
もう少しだけ寝かしてやろうと思ってるうちに、俺もカウンターで寝ちゃった。」
「で、いま何時?」
「朝の五時。」
「ええーっ!五時?五時なの?大変っ!
健人くん起きてっ!!早く帰って準備しなきゃ!」
「いたた…。頭と身体が痛いんだけど。なんか気持ち悪いし…。」
「そんなこと言ってる場合じゃないっ!早く早く!
帰ってシャワーする時間あるかな?服もシワシワだしぃ!
カメラの点検もしてないよ!やばい!初日から遅刻はやだぁ〜!!」
まだ目覚める前の街中に、ドタバタと、でも楽しそうな声が響き渡る。
一足早く起こされた街路樹が、さわさわと朝の運動を始めた。
今日からの二人を祝福するように、オレンジ色の朝陽がビルの谷間に降り注いでる。
さぁ、ここからが私たちの第一歩。
もう迷うことはなにもない。