笑顔を心に焼き付けて…
カシャッ!カシャカシャカシャッ!
雪見は、宇都宮と愛猫の感動の対面を逃さず撮り切ろうと、夢中でシャッターを押す。
ファインダーの中で宇都宮は、泣き笑いをして二匹の猫に手を伸ばしていた。
「元気だったかい?もう会えないと思ってたよ…。」
みずきから手渡された二匹を胸に抱き、頬ずりする優しい瞳には、涙が光っている。
それを見守るみずきが、そっと涙を拭きながら宇都宮に説明した。
「雪見さんからの提案なの。突然の話だったから、朝から大慌てだったのよ!
一番に支配人に電話して、この子たちの里親の居場所を聞き出して…。
二匹とも都内にいてくれて助かったわ!地方に引き取られてたらアウトだった。
雪見さんがね、『お父さんが今一番会いたい人に会わせてあげよう。』って。
好きな女の人の事かと思って私、ドキドキしちゃった!」
みずきが、笑いながら雪見の方を振り向く。
「あははっ!さすがに女の人と一緒の遺影はまずいでしょ!
でも猫と一緒なら、一番宇都宮さんらしい表情が撮れるかなと思って…。」
雪見がカメラを下ろして宇都宮を見ると、穏やかな笑顔で雪見に礼を言った。
「ありがとう。本当にありがとう。この子たちは家で飼ってた猫なんだ。
入退院を繰り返すようになってから、店に移してね。
あそこだったらスタッフが世話してくれるから、心置きなく入院してられる…。」
そう言ったあと、宇都宮は急に表情を固くして、ぽつりぽつりと心の内を吐露した。
「きっと世の中には、私みたいな老人がたくさんいるんだよ。
身体が弱って犬猫の世話もままならなくなって、引き取り手も探せないから
泣く泣く保健所に殺処分を頼む年寄りがね…。
だが、言うことをきかないからだとか、飽きたからだとか、そんな理由で動物をゴミみたいに
保健所に持って行く奴は論外だ!人間を名乗る資格も無い!」
宇都宮は声を荒げ、興奮したせいで少し咳き込んだ。
「お父さん、落ち着いて!駄目よ、また酸素ボンベに繋がれるでしょ!」
みずきが慌てて宇都宮の背中をさすり、一口だけ水を飲ませる。
「すまない…。でもこれだけは知っておいて欲しいんだ。
長年我が子のように可愛がってきた犬猫を、やむを得ず手放さなければならない者の悲しみを…。
私はね、そういう理由で飼えなくなった犬や猫を引き取って、飼い主が好きな時に会いに来れる
ホームを作りたかったんだよ。ゆくゆくはね…。」
そう言って宇都宮は、寂しげな目をして膝の上の二匹を撫でた。
雪見には、それが宇都宮の遺言のように聞こえてしまった。
みずきと雪見に託す、最期の願いのように…。
「お、お父さん。少し横になって休みましょうか?」
「いや、大丈夫だ。すみませんね、雪見さん。
こんな顔してたんじゃ、写真も撮れやしないでしょう。何か楽しくなるような話はないかね?」
確かに、明るい顔をしてたのは最初のうちだけで、今の顔では遺影にもならない。
本当は猫との対面で、ずっと笑顔の写真が撮り続けられる予定だったのに…。
『うーん、困ったな!お笑いの才能なんて持ち合わせてないし…。
ん?そう言えば…鞄の中に使えそうな物が入ってたっけ!
笑いは取れないと思うけど、ちょっとだけ違う表情を見せてくれるかな?』
雪見は鞄の中から何やら取り出し、照れ笑いしながら宇都宮に手渡した。
「これ見てもらえますか?今日出来上がったばっかりの、私が撮った写真集なんですけど…。
えへへっ、彼氏です!」
「ほーっ!あの猫の写真集の彼かい!
みずきに聞いたが、今一番人気のある俳優だっていうじゃないか!
大したもんだ。どれどれ。」
「お父さん、私にも見せて!」
そう言いながらみずきもベッドに腰掛け、親子仲睦まじく頭を寄せ合って
健人の写真集に見入ってる。
雪見は、段々表情が和らいできたぞ!と再びカメラを構え、シャッターを切り続けた。
「おや?彼と一緒に写っているのは?」
宇都宮は、沖縄で撮影したページで手を止めた。
「あぁ、これ?三ツ橋当麻って言うの。雪見さんの彼氏と仲いいのよ。
三人とも猫かふぇの常連さんで、同じ事務所にいるの。
でね、彼の人気も凄いんだから!
今の若手俳優の中では、断トツに演技が上手いわね。
歌も上手いし舞台映えもするから、ミュージカルでも活躍してるのよ!
彼はきっと、これからの日本を背負って立つ俳優になるわ!」
あまりのみずきの力説に、雪見はシャッターを切りながら吹き出しそうになる。
宇都宮も呆気にとられて、みずきの顔をマジマジと見つめ、次第に笑顔へと変わっていった。
「お前…。もしかして、こいつを好きなのか?だったら父さんは嬉しいぞ!」
「な、なに言ってるのよ!好きなわけ無いでしょ?こんな優柔不断男!
第一、顔が好みじゃないわ!私の理想は、お父さんみたいな渋めな人だもん!」
みずきが膨らませた頬は、言葉に反して赤くなっている。
「だったら、こいつはいいぞ!お父さんの若い頃に、そっくりだからなっ!」
ニヤッと笑う父に、「えーっ!?」と驚き顔の娘。
そこから笑顔と会話が広がって、病室中が温かな空気に包まれた。
端から見ると、おじいちゃんと孫に見えるだろう。
だが、そこに居るのは紛れもなく、深い愛情で結ばれた父と娘以外の何者でも無かった。
仲の良い親子と愛猫二匹。
ファインダーの中の、この幸せそうな光景を、もう二度と撮せない時がやって来るなんて…。
ひとしきり娘とのお喋りを楽しんだ後、宇都宮は疲れからかベッドに寄り掛かり、
うつらうつらとし始めた。
「もう寝かせてあげよう。写真は充分撮れたから。」
そう言って雪見は、電動ベッドのスイッチを押して元に戻し、そっと布団を掛けてやる。
みずきは雪見の手を握り、涙を浮かべながらも笑顔を作った。
「ありがとうね、雪見さん。あんなに嬉しそうな父の顔、もう一生見れないと思ってた。
本当にありがとう!最期のお願い、聞いてくれて…。」
気を緩めると、二人で抱き合って泣き崩れそうだった。
だが、宇都宮の前ではもう泣かないと、心に誓ってる。
みずきは女優にスイッチを切り替えて、笑顔のままで雪見を見送った。