サプライズ撮影会
翌朝五時。睡眠不足ではあるが、午後からの撮影の準備を進めなくてはならない。
健人はあと一時間寝かしておくとして、そーっとベッドを降りる。
『みずきさん、午後までに間に合うかなぁ…。』
目覚めのコーヒーを飲みながら、雪見はそれだけが気がかりだった。
昨夜頼んだ物は、はたして撮影までに間に合うのか…。
一通り仕事の準備を整え、朝食に雑炊を作ってから健人を起こす。
「健人くん、起きて!朝ご飯出来たよ。」
「うーん…。朝飯はいいや…。もう少し寝てたい…。」
ドラマの撮影も終盤に入った上、SJの取材やら新年号の取材が立て込み、
健人の疲労度は日に日に増していった。
もう、遅い時間まで飲んでちゃいかんなぁ。反省…。
「わかった。じゃ、あと三十分だけね。おやすみ。」
頬にキスしてベッドの上の、めめとラッキーを連れ出し、雪見は寝室のドアをそっと閉めた。
猫たちに餌をやり、身支度を調えて仕事モードに入る。
今日の午前中は、いよいよ健人の写真集が完成して出来上がってくるので、
編集部にて最終チェックが行なわれるのだ。
そのあと、12月24日発売日に行なわれる出版記念握手会や、翌25日の限定ミニライブの打ち合わせがある。
来年1月5日のCDデビューに、25日から始まる全国ツアーと、これから年末年始に向かっては
健人も雪見も、目の回るような忙しさに突入する。
健人は、俳優業もこなしつつのアーティスト活動だ。
健康管理は雪見の仕事。疎かにするとみんなにも迷惑をかける、と気を引き締めた。
さぁ、そろそろ健人くんを起こさなくちゃ!
「忘れ物ない?今日一日頑張ったら、明日は三人一緒の仕事だからねっ。」
玄関先に腰を下ろし、ブーツを履く健人の後ろ姿に声を掛ける。
「うん、めっちゃ楽しみ!ゆき姉こそ、撮影頑張ってきてね。
あの宇都宮勇治直々のご指名なんだからさ…、自信持てよ!じゃ、行ってくる。」
スックと立ち上がり振り向いた健人は、今日一日雪見のエネルギーになるような、
輝くアイドルスマイルを作って笑ってくれた。
朝七時。健人は迎えの車に乗り込み、ドラマの撮影現場へと出勤だ。
今日も帰りは遅いだろう。頑張れ、健人!
午前八時半、『ヴィーナス』編集部に到着。すでに写真集がデスクの上に積んである。
朝の挨拶を交わしたあと、早速何人かで最終チェックに取りかかった。
「雪見さん、これで完成ですね!おめでとうございます!」
「どうもありがとう!本当に皆さんのお陰で、いい写真集に仕上がりました!
あとは、これが売れてくれるといいんだけど…。」
「大丈夫です!販促も私達に任せてください!て言うか、すでに予約は殺到してるんですよ。
やっぱ握手会に限定ライブの威力は凄いです!なんてったってクリスマスですからねー!
私達もお手伝い、楽しみにしてますから!」
すでにここにいるスタッフ全員が、写真集を通して健人の大ファンになっていた。
頼もしい限りだが、間違っても一緒に住んでるとは言えない。ごめんね、みんな。
その後、打ち合わせもスムーズに終了し、予定より早くに出版社を出ることができた。
駐車場の車の中から、みずきに電話を入れてみる。
「もしもし、みずきさん?今仕事が終ったとこなんだけど、準備はどう?
病院の許可はもらえた?あっそう!良かったぁ!
うん、じゃあ一時に病院行くね。あとのスタンバイはよろしく!」
どうやら準備は間に合ったようだ。一番気がかりだった病院も、特別室だと言う事で許してくれたらしい。
今日は天気も良いから明るさ的にも申し分ない。宇都宮も朝から楽しみにしていて、
久しぶりに笑顔が絶えないそうだ。
なんだかいい写真が撮れるような気がしてきた。よし!頑張るぞ!
約束の午後一時。
「こんにちはー!出張スタジオ浅香でーす!宇都宮さん、ご機嫌いかがですか?」
いつもよりワントーン高めの声で病室のドアを開け、機材を手早く運び入れる。
宇都宮はすでに、みずきが用意したお気に入りの私服に着替え、顔色がよく写るように
みずきの手によってメイクが施されていた。
「お父さん、メイクは嫌だって駄々こねたのよ!
でも、いくら今の自分を遺影にしたいからって、こんな土みたいな顔してたんじゃ
お葬式に来てくれる人に失礼よ!って叱ったの。
だから顔色修整しただけなんだけど、これでいいかしら?」
「大丈夫!今日はお天気がいいから、カーテン越しの柔らかい光で、良い感じに撮れると思う。
宇都宮さん。精一杯頑張りますので、今日はよろしくお願いします!」
ベッドに寝たままの宇都宮の顔を覗き込み、笑顔で話しかける。
雪見は今頃になって責任の重さをひしひしと感じ、機材を準備する手が微かに震えた。
だが、宇都宮に不安を与えてはいけないので、努めて自信ありげな態度を装う。
「雪見さん、昨日は本当にすまなかったね。それなのに、ずうずうしくもこんな事お願いして…。」
申し訳なさそうにしている宇都宮が、可哀想に思えた。
「何おっしゃってるんですか!私みたいな無名のカメラマンが、宇都宮さんの
こんな大切なお写真を撮らせて頂けるなんて…。身に余る光栄です!」
「そう言ってもらえると、私も気が楽になる。
どうか、かしこまった肖像画みたいな写真だけは勘弁してくれよ!」
「もちろんですとも!残念ながらそんな写真、撮りたくても私には撮れません!
と言うか、そういう写真が撮りたいなら、私になんか頼んでませんよねーっ?」
雪見が宇都宮の顔を覗き込みながら、茶目っ気たっぷりに笑って見せたら、
宇都宮も笑いながら答えた。「バレたか!」
病室の中が笑い声で包まれる。
一瞬、これから撮ろうとしてるのが『遺影』であることを、忘れてしまった。
夢だったら、どんなにか良かったのに…。
「じゃ、そろそろ始めましょうか?みずきさん、ベッドを起こして例の物、お願いね!」
「はい!」
みずきは電動ベッドのボタンを押し、宇都宮の上半身を起こした後、
部屋続きになってる家族室のドアを開け、中へと入って行く。
雪見は、キリッとしたカメラマンの顔に切り替わり、これから訪れる
シャッターチャンスを前に、カメラを身構えた。
宇都宮は『?』な表情をしていたが、次の瞬間、隣の部屋から出てきたみずきを見て、
驚きの表情と共に顔がほころんだ。
「蘭丸!小唄!どうしたんだ、お前達!」
みずきが隣りから連れて来たのは、宇都宮が『秘密の猫かふぇ』で一番可愛がっていた、
二匹の猫であった!