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引き受けた大仕事

「遺影って、そんな…。まだ早すぎるでしょ!

あははっ!宇都宮さんってドラマの役と同じで、せっかちさんなんだ!」

雪見は、その急な頼みが意図しているであろう事実を受け入れられず、

心が拒否反応を示して、笑いたくもないのに笑って誤魔化した。


「昨日お医者さんに呼ばれて、余命が短くなったと言われちゃった…。」

みずきは、すでに泣くにいいだけ泣いたのだろう。

淡々と現状を三人に伝えて、またグイッとワインを飲み干した。


「おい、みずき!ワインにしては、ちょっとペースが速すぎるぞ!」

当麻が心配顔で、みずきをたしなめる。


「大丈夫だよ。多分今はいくら飲んでも酔えないから…。」


どんな慰めも通用しない気がして、三人はそれ以上掛ける言葉が見つからない。

無言のまま、みずきの悲しい酒に付き合ってやるのが精一杯だった。



しんとしてた空間に、またしても嵐がやって来た!

マスターが、ワインとたくさんの料理を持って、この場違いな場面に

騒々しく入ってきたのだ。


「おいおい、なんだよ!この葬式帰りみたいにしんみりした飲み会は!

ほら、お前達の分もワイン持ってきてやったぞ!」


「マスターっ!!」


雪見にいきなり怒鳴られ、健人と当麻には怖い顔で睨まれ、うつむいたみずきの顔を目にして

初めてマスターは、もしかして…やっちゃった?と気がついた。


「ま、まぁ、ゆっくりしてってねー!お邪魔しましたぁ!」

脱兎の如く部屋を飛び出して行くマスターの後ろ姿を見て、クスクスと笑い出したのはみずきである。


「はははっ!あー、おっかしかったぁ!だってタイムリーに葬式帰りとか言うんだもん!

雪見さん達は凄い顔でマスターを睨んでるし、私も神妙な顔しなきゃいけないかなと思って

演技したけど、可笑しくて笑いを堪えるのに必死だったよ!

……可笑しすぎて涙が出てきちゃった…。

お父さんの時も…、笑って見送れるかな…。」


みずきの心の張りつめてた糸は、笑うことによってプツンと音を立てて切れ、

三人の前で子供のように、いつまでも泣きじゃくった。

そっと肩を抱き寄せる雪見の瞳からも、幾筋もの涙が溢れては落ちる。

健人と当麻の目にも、光るものがあった。



しばらく雪見の胸で泣いたみずきは落ち着きを取り戻し、「あー、スッキリした!」と涙を拭く。

「ごめんね、みんな。もう泣かないから。ここからは、さっきの話の続き。

父が雪見さんに、遺影の撮影をお願いしたいって言い出したのは、雪見さんがくれた

猫の写真集を見たからなの。」


「えっ?私が昼間持って行った写真集?」

なぜ猫の写真集を見て遺影の撮影を依頼してきたのか、その繋がりがまったく理解できない。


「そう!その中に、健人んちの猫を撮した写真集があったでしょ?

あの最後のページに写ってた、健人と妹さんを見て父が言ったのよ。

『雪見さんに撮ってもらいたい。少しでも笑えるうちに。』って…。」


「どういう事?」

どうやら事務所が用意した写真が気にいらなかったのが、事の発端だったようだ。


宇都宮は、自分の死期が近いとわかってから、葬儀の手はずを自分で整え出した。

人生最後の大舞台を自分で演出したいと、葬儀のプログラムから祭壇を飾る花の種類まで、

宇都宮勇治らしいと参列者が思ってくれるような葬儀を、自らプロデュースしたのだ。


だが、遺影に使う写真だけは、どうしても気に入ったのが見つからなかった。

事務所が持って来たのは、どれも元気な頃のスチール写真で、確かに誰もが知ってる

宇都宮勇治の顔なのだが、本人はそれが気に入らなかったらしい。


「父は、人生の締めくくりの顔はこんな顔じゃない、と言って…。

今現在の顔を遺影にしたいと言ってきかないの。で、事務所と揉めちゃって…。」

事務所にしてみれば、これぞ往年の名優 宇都宮勇治!というような写真を使いたいに決まってるが、

本人は、過去の顔ではなく今現在の、人生最後の顔でみんなとお別れがしたいと思ってるのだ。


「それで?どうして健人くんの写真を見て私に頼もうと?」


「雪見さんの写真には、内面を写し出す温かな目を感じる、と言って…。」


「それは、健人くんが被写体だったからだと思うんだけど…。」

雪見は困惑した。まだそれほどポートレートが得意になったわけではないのに…。


「私も、この人は雪見さんの彼氏なのよ、とは教えたの。あ、ごめんね、勝手に教えちゃった。

でも、絶対にそれだけじゃないって言うのよ。長年写真を撮られ続けてきたんだから、

俺の見る目は間違いない!って。

自分もこんな写真で、みんなとお別れがしたい、って…。

それと、宇都宮勇治の状態はマスコミにも内密だから、頼める人が限られて…。

ねぇ、父の最後のワガママを聞いてやってくれないかな。」


雪見はしばらく考え込んだ。

写すだけなら簡単だが、まだ一度しか会ったことのない人の本質を写す事など、

自分に出来るだろうか。

果たして、宇都宮が望むような写真を撮れるだろうか…と。


そして突然、『そうだっ!』とひらめいた。この方法でなら何とかなるかも知れない!


「わかった。私でいいならこの仕事、引き受けるよ。

宇都宮さんの望み通りのものが撮れるように、最善の努力をするから!」


「ほんとっ!?本当に撮ってくれるの!?ありがとう、雪見さん!」

みずきはこの夜、久しぶりに心の底からの笑顔を見せ、嬉しそうに隣の雪見に抱き付いた。


「できるだけ早いうちに撮りたいけど、あさっては私達のPV撮影が丸一日あるし…。」


「じゃ、明日は?明日じゃだめ?父も、ここ二、三日は顔色もいいし割と元気なの。

雪見さんは忙しい?」

みずきは、善は急げ!とばかりに早口で雪見にまくし立てる。


「明日ぁ!?うーん、明日かぁ…。そうだね、なるべく早いうちがいいもんね…。

よし、わかった!午前中は仕事があるけど、午後からならなんとかなるか!

それでね、明日撮影となったら大至急午前中に、みずきさんに手配してもらいたい物があるんだけど。

これが用意できなかったら、明日の撮影は無理かな…。

それと病院の許可を取って…。まぁ最悪、病院には内緒で決行しちゃうか!

どう?これから頼む物を、明日の午前中に準備出来る?」


「する、する!何が何でも、絶対準備するっ!」



こうして急遽、明日の午後からの撮影が決まり、雪見も機材の準備のため、

本日の飲み会はこれにてお開きとなった。


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