最期のお願い
「私はオーナーの…隠し子…。」
みずきの告白に、三人は言葉を失った。
雪見は、つい何時間か前に話していた人が、みずきの父親だったなんて…と、茫然としていた。
「あの宇都宮勇治の娘だって言うのか?みずきが?だって津山泰三の孫なんだろ?」
当麻が、訳わかんねぇ!と早口でまくし立てる。
「ごめんなさい、雪見さん。本当はさっき、きちんとお話しなきゃいけない事だったのに…。
父も後悔していたわ。随分と冷たい事を言ってしまったと…。
だから、どうしても今日中に謝って、全てを話しておきたかったの。
それと…。父からの最後のお願いも早く伝えなくちゃ、時間が無くなる…。」
みずきは淡々と冷静に、まずは自分と宇都宮、津山の関係を話して聞かせた。
「父は…56歳の時に23歳の母と出会い、誰にも秘密の恋に落ちたの。
今だったら、事務所の言いなりにならずに愛を貫き通したって言ってたけど、
当時の人気俳優 宇都宮勇治に、そんな年の差婚なんて事務所が許さなくて…。
母は私を産んで半年後に、交通事故で亡くなった…。」
「えっ!」
「それで私は父の親友、津山泰三の家に密かに引き取られ、津山の息子夫婦の養女になったの。
津山の家では子供が出来なかったから、実の子のように可愛がってくれたわ。」
「それで…。いつ本当のことを?」
雪見は、病室での二人の様子に少しずつ合点がいきだし、お酒を飲んでるにもかかわらず、
ひどく落ち着いてみずきの話を聞く事ができた。
「宇都宮が癌でもう助からないと判った時、おじいちゃんが教えてくれた。
ショックだったけど、親孝行する時間を与えてもらえて感謝してる。
けどね、宇都宮はずっと独身だったから、私が子供の頃からしょっちゅう家に来て、
うちの家族と一緒にご飯を食べてたんだ。
だから私にとっては、本当に第二のおじいちゃんだったの。
だって、うちのおじいちゃんと同い年なんだもん。
それがいきなり実のお父さんだって聞かされたら、『えぇーっ!?』ってなるでしょ?」
みずきはその時の様子を思い出したらしく、一人で可笑しそうにクスクスと笑っている。
聞いてる三人は笑えるはずもなく、複雑な顔でぬるいビールに口をつけた。
「…ってことで、『秘密の猫かふぇ』は私が継ぐことに決心しましたっ!
ごめんなさいっ、雪見さん!今まで散々振り回しておいて!!」
みずきはまた両手を畳に付き、深々と頭を下げて今までの非礼を謝り、事実を伝えた。
雪見に頼んだ時点では、みずきが継ぐのは仕事上不可能に近かったこと。
みずきが継ぐと決めた事を、もっと早く雪見に知らせるつもりだったが、
宇都宮がどうしても直接、雪見に会ってみたいと言い出したこと。
もしも雪見が継ぎたいと申し出たら、喜んで雪見に後を継がせるつもりだったこと…。
「そうだったの…。でも安心した!みずきさんが継ぐって聞いて。
なんか、すっごく嬉しい!これでまた、私達のオアシスが復活するんだね!
宇都宮さんも安心してるでしょ?」
雪見は、とてもすっきりした気分でみずきに聞いた。
「うん、まぁ…。でも安心半分、心配半分ってとこかな?
父は、私には女優業に専念して欲しかったみたいだから…。
自分の事で人に迷惑かけるのが、とにかく大嫌いな人なの。だから今日のことも、
早く雪見さんに謝っておいてくれ!って、そればっかり言ってた。」
「だけど、またゆき姉になんか頼みがあるんだろ?なんだよ、それって。
結局はまた迷惑かけるんじゃん!」
健人が少し強い口調でみずきに言い放つ。
「健人くん、やめて!私のことはいいんだって!ごめんね、みずきさん。
今度こそ、私が聞いてあげられるお願いだったらいいんだけど…。
あ、でもお願い聞く前に、ビール持って来てもいい?なんだか喉乾いちゃった!」
そう言って雪見は中座した。
残された三人の、なんだか気まずい空気をかき混ぜるように、当麻が一人でしゃべり出す。
「あー、ほら、みずきってさ、少しお嬢様的なとこあるじゃん!
なんつーか、世間知らずでおっとりしてる、みたいな?
そんな奴があんな凄い店のオーナーになるなんて、俺心配で夜も眠れないかも!
あ、心配なのはみずきじゃなくて店の方ね!すぐ潰しちゃうんじゃないかと…。」
「失礼ね!これでも一応、大学の経営学部出てるんですけど!
まぁ、だからと言って、なに出来るわけでもないんだけどね。
当分は支配人にお任せして、アメリカでの仕事が一段落ついたら、しばらくは
日本だけで仕事しようと思ってる。
冗談抜きに、あのお店はお父さんの夢の塊だもの。絶対に潰すわけにはいかない…。」
みずきはワインを一気に飲み干し、ワインクーラーからボトルを取り出して自分で注ごうとした。
が、横から手を伸ばした健人がボトルを奪い、みずきのグラスに静かに注いだ。
「あんまり…ゆき姉を悩ませないでやって…。」
健人の言葉がみずきの胸に突き刺さる。
「ゴメン…。本当に最後のお願いだから…。父からの…。」
その時、ふすまの向こうから雪見の声がした。
「誰か開けてぇ!」
四つの大ジョッキを「重かったぁ!」と言いながら、みんなの前に配る。
「もう、マスターがしつこくって!みずきさんの好きな食べ物はなんだ!とか、
ワインは美味しいって言ってるか?とか…。
だから、私が食べたい物をいっぱい注文して来ちゃった!
じゃ、もう一度乾杯しよう!『秘密の猫かふぇ』新オーナーの誕生にカンパーイ!
うーん、うまいっ!おめでたいお酒って、なんでこんなに美味しいんだろ!」
「おいおい!またゆき姉が、マックスモードに入ったんじゃね?
あんまり酔わないうちに、最後のお願いとやらをした方がいいぞ、みずき。」
勢いづいた雪見が、どれほど酒を飲むのかをよく知る当麻が、みずきにささやく。
「そうね…。そろそろお話しなきゃね。雪見さんに、父からの伝言。
雪見さん…。父が…遺影の撮影を頼みたい、って…。」
「えっ!?遺影の撮影…?」
雪見はまだそんなにも酔ってはいなかったが、聞き間違えかと耳を疑った。
なぜ宇都宮が、今日初めて会ったばかりの猫カメラマンに、そんなことを…。
雪見を始め健人や当麻でさえも、予想もつかなかった宇都宮の『最期のお願い』に
戸惑いを隠せなかった。