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紳士なマスター

「いらっしゃ…いましたよ!絶対あれだ!やべぇ!こっち来る!」


マスターが、入り口で店内を見回している女性客を見て、一目でみずきだと判ったのだから、

いくら変装したところで、そのオーラは別格だった。


みずきにはメールで、『カウンターにいる宇崎竜童似の人がマスターだから、声を掛けて。』

と伝えてある。


『あ!あの人だ!』という顔をしてみずきは、微笑みながらカウンターに向かって歩いて来た。

だがマスターは、恥ずかしさから顔を上げられず、気付かない振りをしてる。


「マスター…ですよね?ほんと、雪見さんに聞いてた通り、宇崎竜童っぽい!」

そう言いながらみずきがコロコロと笑った。


「え?雪見ちゃんがそんな事を?あ、いや失礼!

いらっしゃいませ、お待ちしてました!どうぞこちらへ。」

マスターは、みずきにいきなり可愛い顔で話しかけられ、本当は嬉しくて仕方ないのだが、

顔がにやけそうになるのをグッと堪えて、雪見達の待つ部屋へと案内しようとした。


ところが!

近くでみずきの顔をマジマジと眺めていた男が、隣の連れにささやいた。

「おい!あれって華浦みずきじゃね?」


「マジ!?ヤバッ!化粧してねーけど絶対本物だって!早くつぶやけ!」


それを耳にしたマスターは、しまった!と焦ったが、すぐにみずきを先に追い立て、

機転を利かせてその二人組に声を掛けた。


「お客さーん!ツィッターは勘弁してねっ!

この前も酔ったお客さんに『どんべいにレディーガガが来てる!』って

つぶやかれて、大変な目に遭ったばっかなんだから!

ただのブッ飛んだ外人客だったのに、店にあっという間に人が押し寄せてパニック状態よ!

怖い世の中になったもんだ!って事で、さっきのお客さんは、ただの綺麗なお姉さんだから!

間違ってもつぶやかないでねっ!」

最後に笑顔を作りつつ、ギロッと二人に睨みを利かせてみずきの元へ歩み寄った。


「すみませんねぇ!ご心配かけました。あれで大丈夫だと思いますので。

もし懲りないようだったら、店からつまみ出すんでご安心を!」

不安げに通路の端に立っていたみずきに、マスターは笑顔で話しかける。


「私の方こそ、ごめんなさいね。お店にご迷惑かける所だったわ。

すっぴんだから、あんまり変装しなくてもバレないかと思って…。

雪見さん達に怒られちゃうわね。」

みずきは申し訳無さそうに下を向いた。


「いやいや!綺麗なことに罪はありません!

もし万が一にバレたとしても、この私が全力でお守りしますから!

では、こちらへどうぞ。皆様がお待ちかねです。」

しまいにマスターは、みずきを守るニヒルな執事にでも成り切っていたようだ。

話し方も違えば、歩き方さえいつもと違う。

綺麗なお姉さんに弱いという事だけは、いつもと変わりないけれど…。



「お客様をお連れしましたよ!」

マスターがよそ行きの声でふすまを開けると、中の三人が「お疲れー!」と

笑顔でみずきを歓迎した。


「みずきさん、なに飲む?ワインがいい?」


「うん、冷たい白ワインがいいな!」

雪見の問いかけに、コートを脱ぎながらみずきが答える。


「だって!マスター、大至急お願いねっ!あ、私もワインにしようかな?」


「君はまだビールでいいよ!自分で注いで来なさい!

みずきさん。今、大至急お持ちしますから!」

目尻を下げたマスターが、全速力で戻って行った。


「ちょっとぉ!さっきまで私のファンクラブ会長になる!とか言ってたくせにぃ!

どこまで綺麗な人に弱いんだか!

けど、みずきさんが来てくれて嬉しいな。今日はいい日だ!」


雪見が笑顔で「今日はいい日だ!」と言ったのを聞いて、みずきは少しホッとした。

本当はここへ来るまで、不安でしょうがなかったのだ。


病院での事を、雪見は憤慨してるのではないか?

しかもその上さらに頼み事だなんて、ずうずうしいにも程がある気がしてた。

だが、このお願いはオーナーたっての希望。どうしても雪見じゃなくては駄目なのだ。

どんな顔して会えばいいのか解らなかったが、一刻も早くに伝えなくてはと、

恥も外聞もなくお願いにやって来た。


「雪見さん。今日は本当にごめんなさい!」

いきなり両手をついて頭を下げたみずきに、雪見を始め健人や当麻も驚いて顔を見合わせる。


「みずきさん、ちょっと待って!私、謝られるような事、何にもないよ!やだ、頭を上げて!」

雪見が慌ててると、「入るよー!」とマスターの声がした。


「お待たせしました。冷たーく冷えた白ワインです!

こちらは鯛のカルパッチョと、北海道富良野産チーズの盛り合わせでございます。

どちらも白ワインにピッタリな組み合わせでございますので、どうぞご賞味下さい。」

マスターがすまし顔でみずきの前に料理を並べ、グラスにワインを注ぐ。


それを見た当麻が笑って言った。

「おいおい、いつからフレンチレストランの店長になったんだぁ?

焼き鳥の匂いがプンプンしてるけど。」


「当麻っ!夢を壊すようなこと言うんじゃないっ!じゃ、みずきさん、ごゆっくり!」

そそくさと退散するマスターの後ろ姿に、四人は爆笑した。


「まずは乾杯しよう。話はそれからゆっくりとねっ!じゃ、カンパーイ!

って、本当にマスター、一つしかワイングラス持ってこなかったんだね。ひっどーい!」

雪見がほっぺたを膨らませたが、みずきがマスターを擁護する。


「マスターって見た目はちょっと怖そうだけど、とってもいい人ね!

さっき私を助けてくれたもの。」

と、バレそうになった一部始終を三人に教えた。


「へぇーっ!マスターらしいや。それでみずきを救った紳士になり切ってんだ!納得!

…で、ゆき姉に頼みってなに?いや、その前に聞きたい事がある。

猫かふぇのオーナーって誰?」


「健人くん、ちょっと待って!みずきさんにだって、話せる事と話せない事があるでしょ!」

いきなりのストレートな健人の質問を、雪見が遮ろうとした。

だがみずきは、すべてを話すつもりで覚悟を決めてそこにいる。


「いいの、雪見さん。私、この三人にだけは本当の事を伝えようと思って、ここに来たんだから…。

オーナーは宇都宮勇治。そして私はオーナーの…。」



ワイングラスを見つめる瞳が、微かに揺らいでいた。


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