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オーナーとの対面

「オーナー!雪見さんが来てくれましたよ!綺麗なお花を頂きました。

雪見さん、そんな所に立ってないで中に入って!どうぞ!」


ドキドキして足がなかなか前へ進まない。

一歩また一歩と恐る恐るベッドに近付き、横たわる顔を見て「あっ!」

と小さく声を上げてしまった。

そこにいたのは日本を代表する往年の名優、宇都宮勇治であった!


「し、失礼いたしました!私、フリーカメラマンの浅香雪見と申します!」

雪見は非礼を詫び、最敬礼で頭を下げる。

すると宇都宮はかすれた声で、「フリーカメラマンだと?」と弱々しく言った。


「あぁ、心配しないで下さい、オーナー。雪見さんは猫専門のカメラマンですから。

決して週刊誌なんかの、スキャンダルを追いかけるフリーカメラマンとは違いますよ!

ごめんなさいね、雪見さん。結構そういうカメラマンが、スクープ狙いにウロウロしてるの。」

みずきが申し訳なさそうに微笑んだ。


「私の方こそごめんなさい!あまりにも驚いてしまって…。

私なんかがお会い出来るような方じゃないから。もう一度、きちんとご挨拶させて下さい。

わたくし、全国の野良猫を写して歩いてる、カメラマンの浅香雪見と申します。

『秘密の猫かふぇ』には、知人の紹介で会員にならせていただきました。

本当に素晴らしいお店で、いつも利用させて頂いております。

あ、これ、今までに私が出版した猫の写真集です。

もしよろしければ、体調の良い時にでもご覧になって頂けますか?」

そう言って雪見は、鞄の中から取り出した七冊の写真集をみずきに手渡した。


「ええっ!これ全部くれるの?ありがとう!

オーナー、良かったですねっ!あとでゆっくり見ましょうね。

じゃ私、このお花がしおれないうちに花瓶に生けて来ますから。

雪見さん、立ってないでこの椅子に座って!」

みずきはベッドの横に椅子を置くと、花束を抱えて病室を出て行った。


二人きりの静まり返った部屋。


雪見は、オーナーが何か話しかけてくるのを緊張の面持ちで待ったが、

一向にその気配がない。

『私から何か話しかけなきゃ…。』

そうは思うものの、何を話せば良いのやら。早くみずきが戻ってくれる事を祈る。

と、その時、「見せてくれんか…。」と小さな声で、宇都宮がどこかを指差して言った。


「はい? あ、もしかして写真集ですか?」

とっさに判断した雪見は、ベッドサイドに積んであった写真集を一冊手に取り、

宇都宮の視線の先に掲げて見せる。すると彼は、コクンとゆっくりうなずいた。


少し嬉しくなった雪見は、七冊の中から大きな版の一冊を選び、たぶん

老眼であろう宇都宮が見やすそうな距離に、ページを開いて掲げてみた。

ゆっくりと一定の速度でページをめくってゆくが、宇都宮は無表情のままだ。

ところが、あるページに差し掛かったところで「あっ。」と声を漏らした。


雪見が、どの写真だろう?と覗き込むと、京都のお寺の境内で写した三毛猫の写真だった。

「あぁ、これは秋の京都で写した写真です。紅葉の落ち葉が綺麗でしょ?

お寺の境内に住み着いてた猫なんですけど、尻尾をどこかに挟んだのか

くの字に曲がってたんです。

だけど凄く元気な子で、カサカサ音がする落ち葉を、楽しそうに蹴散らして走り回ってました。」

猫の話をするとき、猫好きはみな笑顔になり饒舌になる。

雪見もすっかり心がほぐれて、その時の様子を昨日の光景のように喜んで話して聞かせた。

すると、あろう事か宇都宮がはっきりとした声で、「うちの猫。」と言うではないか!


「えっ!?うちの猫?」 

雪見は自分の聞き間違えかとも思った。

だが宇都宮が言うには、寺の境内で保護して家に連れて来たが、一ヶ月ほどで

また寺に戻ってしまった猫らしい。


聞けば晩年、宇都宮は京都に終の棲家を構え、仕事のある時だけ上京していたそうだ。

京都では、毎日近所の神社仏閣を散歩して歩くのが日課となり、散歩の途中で

尻尾をくの字にケガした三毛猫を保護したそう。

それがこの写真集の中の猫だと言うのだが、真意の程は猫に聞いてみなければ解らない。

雪見自身も、この寺が何と言う名の寺なのかは、すでに記憶にはない。

だが、あんなに喋る事さえも苦痛そうにしていた宇都宮が、この猫を目にした途端、

再会を喜ぶ笑顔も見せながらしっかりと話すのだから、きっとその通りなんだと雪見には思えた。

だとしたら、なんという偶然!なんという巡り合わせ!


雪見は結構こうした偶然を、運命の導きと思うことが多い。

健人と今一緒にいられるのも、真由子の家で偶然目にした写真集のお陰であり、

そこからすべてが始まった。

だから今も…この偶然を運命と感じてしまってる。


もうそろそろ、本題に入らなくてはならないだろう。


「あの…。『秘密の猫かふぇ』のお話なんですが…。」

と言いかけたところでみずきが、花瓶に生けた花とケーキの箱らしき物を持って病室に戻って来た。


「このケーキ、お隣の病室の社長さんに頂いちゃった!

食べきれないほどお見舞いに頂いたんだって。俺を殺す気か?って怒ってた。」

みずきは花瓶を窓際に置きながら、おかしそうに笑ってる。


「今、コーヒーを入れるねっ!」

そう言いながらコーヒーメーカーのスイッチを押した。

しばらくすると、部屋中にいい香りが漂い始める。


「オーナーはもう飲めないんだけど、コーヒーの香りが大好きでね。

ほら、病室っていかにも病院っぽい匂いがするでしょ?

それが嫌だって、コーヒーの匂いを芳香剤代りにしてるの。

あ、ちゃんと新しいのを落としてるから安心して!」

やたらとみずきが喋りまくるのが気になる。


「あのね、みずきさん。私…『秘密の猫かふぇ』の事、やってみ…。」


「失格だ…。」


「えっ?」

雪見が最後まで話し終らないうちに、宇都宮が失格を告げた。


「失格とは、どういうことでしょうか。私には務まらないと?」

断るつもりで来たはずなのに、なぜか断られて憤慨している自分がいる。



自分でも、自分の気持ちの矛先が見えなくなった…。


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