YUKIMI&誕生!
「今日はどうかよろしくお願いします!」
マネージャー今野の車でスタジオに到着した雪見は、これからお世話になるスタッフ達に
真っ先に頭を下げて挨拶をした。
しかし、健人の彼女だという目で見られてるのが、空気を通して伝わってきたので、
恥ずかしさから伏し目がちになってしまう。
「こちらこそよろしく!あ、差し入れ頂いて済みませんね!後でみんなでご馳走になります。
今日はレコーディング、楽しんで下さいね。子供の頃の夢だったんでしょ?」
「えっ!?」
「こないだの打ち上げで、健人が力説してましたよ!『ゆき姉の夢は俺の夢だ!』って。
どんだけあなたの話を聞かされたことか!あいつがあんなに熱い奴だったとは意外でした。」
顔から火を噴くとはこの事だ。
「葉山さん」と今野が呼んだ三上の次に偉そうな人物の、着いて早々の先制攻撃に、
足元がふらつきそうになる。
「本当にごめんなさい!ご迷惑かけました!」
自分でも、何を謝っているのかよく解らなかったが、頭を下げた。
とにかくそれしか言葉が出てこなかったのだ。
隣の今野が雪見の肩をポン!と叩き、笑いをかみ殺してる。早く帰りたーい!
「じゃ、早速ウォーミングアップ代りに、さらっと歌ってみようか!」
「は、はいっ!」
ここから一刻も早く立ち去るには、とにかく完璧に歌ってOKをもらい
レコーディングを終了させるしかない!
出来ることなら録り直しなどせずに、一回で終らせたいくらいだ。
一生に一度しかない体験を楽しもう!などという当初の思いは、とうの昔に吹き飛んだ。
よーし!レコーディング最短記録で終らせてやる!
おかしな切っ掛けが、思わぬ集中力を生み出した。
雪見はウォーミングアップの声出しにもかかわらず、完璧な歌を披露する。
初めて雪見の歌を聴いたスタッフ一同は、思わず顔を見合わせた。
「三上さんの言ってた通りだ!こりゃ凄いCDになりそうだぞ!
もしかして、もう本番いってもいいぐらい?」
「ええ、大丈夫だと思います。どうせ私の歌なんて、こんなもんですから。」
間違っても早く帰りたいから、なんて事は言えなかった。
だが実際、数多く歌ったからといって、いい歌になるわけでもない。
それよりも、たった一回の歌にすべての気持ちを込めて歌ったならば、
それが一番聴く人の心に響く歌になるのではなかろうか。
「じゃあ、取りあえずはいってみよう!
もし失敗したとしても、何回でも録り直すから安心して歌って。本番いきまーす!」
シーンと静まり返った一人きりの空間。
『YUKIMI&』のデビュー曲、『君のとなりに』のイントロがヘッドフォンの中に流れ出す。
目を閉じて、この曲に歌詞を付けた時の気持ちを思い出していた。
大切な二人を想って作った詩。あの時よりも今の方が、もっともっと強く想ってる。
そう!大切な健人と当麻のために、私は歌おう!
「ふぅぅ…。」
全身全霊をかけて歌い切ったら、魂が抜けたかのように身体の力も抜けた。
「OKでーす!素晴らしかったよ!少し休憩挟んでもう一回録ってみよう。こっちに来て休んで!」
「あ、はい!」
何度録り直しても今以上の歌は歌えないと思ったが、もし万が一、機材のトラブルか何かが
あっても困るので、一回で終らせるのは諦めて素直に歌う事にしよう。
重い扉を押し開けてブースを出ると、期せずしてスタッフの間から拍手が起こった。
迎える今野もニコニコしてる。
「いやぁ、仕事を忘れて聞き入ったよ!久々に感動する歌に出会えた。
詞は君が書いたんだろ?特に二番の歌詞がいい!
『夢は強く願えば叶うから こわがらないで目をとじて
君のまぶたにうつった景色を どうか忘れないでいて
いつか同じ景色が見えたなら ためらわないで手を伸ばそう
君の夢は僕の夢 きっといつか叶えてあげる 記念の写真を二人で写そう
未来は誰にもわからないけど ひとつ確かに言えるのは 君のとなりに僕がいること
緑の風に二人でふかれて 今より遠くへ飛んで行けたら
きっとつないだ手の中に 夢のかけらが入っているはず』
これって、君と健人の事を歌ってるんだよね?いい歌詞だよ。」
「えっ!?あ、有り難うございます…。」
そんな、改めて歌詞をつらつらと読まれて、健人との仲を突っ込まれても
どんな顔をすればいいわけ?
しかも、仕事を忘れて聞き入ったって、だから録り直すんじゃないでしょうね?
みんなが、イケメンアイドル俳優と、一回りも年上のカメラマンとの恋愛に興味津々で、
あれこれ聞きたくてウズウズしてる感が漂ってる。
マジで早く帰ろう!いや、みずきが私の事を待ってるんだった!
「あのぅ、今の感覚を忘れないうちに、すぐ歌わせていただけますか?
あとたった一度でいいんです!それ以上は何回歌っても同じだと思いますから。」
「え?もう歌うの?そんなに慌てなくても時間はたっぷりあるんだよ?」
「いえ、結構です!早く歌いたくて仕方ないんですっ!」
雪見の考えてる事がすぐに解った今野が、またしても肩を震わせて笑ってる。
結局もう一度歌いはしたが、一回目に勝る歌には成り得なかった。
チェックの結果、全てがきちんと録音されていたのでOKが出され、
雪見の初レコーディングは、呆気ないほど簡単に終了してしまった。
「お疲れ様でした!本当にお世話になりました!有り難うございます。
後の作業も、どうかよろしくお願いします!」
深々と頭を下げたあとは長居は無用!そそくさとスタジオを退散しよう。
「うーん!終ったぁ〜!」
外に出て深呼吸をし開放感に浸ると、急にお腹が減ってきた。
「今野さん、これからご飯行きません?早く終ったことだし。」
「雪見ちゃんの集中力には恐れ入ったよ!うちの事務所の最短レコーディング記録だ。
けどそのお陰で、健人のロケに直行しろ!って常務からの指令が入っちゃった。
健人にも伝えておくよ。無事にゆき姉のレコーディングも終了したよって。
送れないけど気を付けて帰って。じゃ、お疲れ様!」
今野を見送ったあと、歩いてて見つけた可愛いカフェに入り、ひとりご飯。
エネルギー補給が完了したところで、みずきに連絡する。
「あ、もしもし、みずきさん?予定より早くレコーディング終ったよ。
もういつでも病院に行けるけど。うん、わかった。じゃ、ロビーで待ってる。」
いよいよ本日二つめの難関に立ち向かう。
今の私にブレはない。