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昔の夢の実現

「ただいまぁ!ゆき姉、もう寝ちゃったのぉ?」

レコーディングを無事終えた健人は、上機嫌で打ち上げからご帰還だ。

時計の針は午前三時を示してる。もちろん雪見は眠ってた。


「ねぇ、聞いて聞いて!三上さんが俺のこと、めちゃめちゃ褒めてくれたよ!

忙しいのに良くここまで練習して上手くなったな!って。

当麻と対等になったって言われたのが、スッゲー嬉しかった!ねぇ、聞いてる?」


相当嬉しかったのだろう。

酔ってハイテンションな健人は、雪見の寝ているベッドサイドに腰掛けて、

一人であれこれ喋りまくってる。

が、一度眠りに落ちたら多少の事では起きない雪見には、すべてが夢の中の話に聞こえてた。


「起きてよぉ!みんな、ゆき姉の事も褒めてたよ!

美人だし仕事も出来るし歌も上手いなんて、健人の彼女にはもったいない!

とか言われちゃってさぁ。

で、料理もプロ級に美味いよ!って自慢したら、みんなにボコボコにされたし!

ゆき姉がレコーディングに来るの、楽しみだって言ってたよ!良かったねっ!」


夢うつつに聞いてた雪見だったが、これにはさすがに飛び起きた。

「今、なんて言ったの?健人の彼女がどうのこうのって、聞こえた気がしたんだけど…。」


「ゆき姉、会いたかったよぉ!」

酔っぱらいの健人が、やっと起きてくれた雪見にガシッ!と抱き付いた。


「ちょっとぉ!どんだけ飲んだのよ!ほんとに私達の事、みんなに喋っちゃったわけぇ!?」

抱き付いたまま離れない健人に、「嘘でしょ!?」と雪見が叫ぶ。


「嘘じゃないじゃん!だってみんな、ゆき姉が帰ったあと、綺麗なカメラマンだったとか、

次に会うのが楽しみとか言ってるんだよ?

『俺の彼女だから!』って言っとかないと、危なくて仕方ない!」


「はぁぁ…。どんな顔してレコーディング行けばいいのよ、まったく…。

取りあえず、今日はもう寝るよ!ほら、ジャケット脱いで!」


雪見に身体を預けた健人は、もう半ば目を閉じている。

無事レコーディングをクリアした達成感と、大好きな人の待つ家に帰って来た安堵感は、

健人に安らかな眠りを提供してくれるだろう。


雪見の隣りに身体を横たえた健人は、可愛い顔してすでに寝入ってる。

そっと頬にキスをして、今日の頑張りを褒めてあげよう。

「おやすみ、健人くん。愛してる。」




そして三日後。いよいよ雪見の番がやって来た!


「はぁぁ…、どうしよう。緊張しすぎて、今までどんな歌い方してたのか、わかんない。」

朝早くに目覚めた雪見はすでにドキドキがマックスで、健人が入れたコーヒーを

何杯もがぶ飲みした。


「ゆき姉、落ち着きなよ。レコーディングはお昼からでしょ?

今からそんなんで、どうすんのさ!」

健人は自分の時の事など綺麗さっぱり忘れた様子で、朝食のサンドイッチを頬張っている。


「健人くんはいいよねぇ!もう終ったんだもん。

レコーディングでこうなんだよ?全国ツアーなんてどうなっちゃうの?

私、心臓が爆発して、死んじゃうかもしれない。」


健人は半分、雪見の話を聞き流していた。いつも初めての時はこうなのだ。

グラビア撮影に記者会見、当麻のラジオ出演だって最初は大騒ぎだった。

しかし、一旦開き直ると雪見という人は、とてつもない力を発揮できる事を、

健人は経験上よく知っている。


「はいはい!もし心臓が破裂したら、俺が拾い集めて縫ってあげるから。

安心して爆発させなさい!

そんな事より、今日は猫かふぇのオーナーの面会に行く日だろ?

みずきとは何時に待ち合わせてんの?」


「みずきさん、今日は仕事ないらしいから、私のレコーディングが終ったら

連絡することになってるの。

けど、あんまり遅くに病院行くわけにはいかないし…。」


「明日じゃダメなの?時間気にしながらのレコーディングって、嫌じゃない?」


「私もそう思ったんだけど…。でも、どうしても今日会いたいらしい。

特別室に入ってるから何時になっても構わない、って…。」

雪見が少し憂鬱そうな顔をして、時計をチラッと見た。


「健人くん、もうそろそろ準備しないと。今日は晩ご飯、作れそうもないからごめんね。」


「いいよ。俺の事は気にしないで。納得行くまで歌って、納得行くまでみずきと話し合ってきて。

夜は事務所で当麻とSJの取材があるから、終ったら一緒に晩飯喰いに行くわ。

なんかあったら必ずメールしてよ!」


健人は仕事に出掛ける間際、玄関先でブーツを履きながらもう一度念を押す。

「なんかあったら、絶対にメールしてね!約束だよ!

レコーディングも、いつも通りに歌えば大丈夫。絶対上手く行く!

じゃ、ゆき姉が頑張れるおまじない。チュッ!行って来ます。」

早朝六時半、健人はロケへと出発した。


健人が出掛けたあとの部屋はシーンとしていて、なんだか寒々しい。

いかに健人が太陽のように温かで、かけがえのない存在なのかがよくわかった。

『そう、今の私は健人くんのために生きていたい。

一生懸命頑張って全国ツアーを成功させて、健人くんに喜んでもらいたい!

今見てる夢の実現なんて、どうでもいいの。』


雪見は自分自身の気持ちを再確認するために、みずきへの答えを声に出してみる。

「ごめんなさい。今はお引き受けできません…。」

それでいい。それでいいんだ…。



気を紛らわすため、時間いっぱいまで家中をピカピカに磨き上げる。

「よしっ、片づいた!でも健人くんが帰って来るまでだなっ。」

一人きりでクスクス笑ったら、なんだかすっきりした。


「さーてとっ!準備して、いよいよ出陣と行きますか!」

レコーディングスタッフに、健人の彼女だとバレてしまったからには、

健人にふさわしいと思われるよう、綺麗にして行かなくては!

雪見は久々に気合いを入れて準備した。

だが、あくまでも自分らしくナチュラルに、『YUKIMI&』のイメージを損なわぬよう。


「これで健人くんの彼女として、恥ずかしくないかな?」

何度も玄関の鏡の前でクルクル回ってチェックをし、「OK!行って来まーす!」と

めめ達に声を掛けて出発する。


ドキドキはしていても、決して逃げ出したくなるようなドキドキではない。

むしろ、遠い昔に離ればなれになった幼なじみに、再会でもしに行くかのような、

嬉しさと照れくささの入り交じったドキドキ感である。


子供の頃に見てた夢。『歌手になりたい!』

それが今日、思いがけずに実現する。



さぁ!はるか遠くに忘れた夢を、勇気を出して取りに戻ろう!


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